第16話 第十六話 ダンジョンを出た三人は同じ言葉を叫ぶって本当ですか?

「なんなの、これは!?」


 開け放たれて全て空になってる檻を見たコマチは驚きの声を上げる。


「ああ、ソリエ、ミズホ様! この檻で最後ですので少し待ってくださいね」


 縦に三つに積まれた檻の一番上に器用に登り、鍵を開けていた猫耳猫尻尾の胸の大きな獣人が三人に声をかけてくる。


「何者ですか? あの獣人は。檻に入っていた実験動物ではないのですか?」

「姫様! 彼女は獣人ですが、姫様を助けに来た私たちの仲間です! 決して実験動物なんかではありません!!」


 それまでコマチに敬意を持って話していたソリエが声を荒げたため、その小さな姫は体をびくりと震わせた。


「ご、ごめんなさい。わたくし、そんなつもりでは……」


 ミズホの肩の上で思わず、謝罪の言葉を口にする。


「どうかしましたか?」


 最後の檻の鍵を開けたクロフェはしなやかに降りて来た。


「コマチ姫が見つかったわよ。姫様、こっちは私たちの仲間のクロフェです」

「クロフェさん、こんな格好で申し訳ありませんが、救出感謝します」

「姫様、ご無事でよかった。さあ、みんなで街に帰りましょう」


 クロフェは大きな黒い瞳をキラキラさせていた。

 ミズホの肩の上でクロフェの胸を見てコマチはつぶやいた。


「……チッ、やっぱり胸が大きい方がいいのか」

「何か言いましたか?」

「いえ、そこの壁に色の違う石があるでしょう。それを押してみてください」


 言われた通り押すと、ミズホ達がいるところの床に魔法陣が浮かび上がってきた。

 クロフェも慌てて魔法陣の中に入りソリエの手を取ると、ミズホはその魔法陣に描かれている術式を読み取った。


「我がマナにて我らを外へ運べ」


 ミズホの詠唱に応じて魔法陣が光り始め、四人を眩い光が包む。光の渦に目を閉じたクロフェは繋いだ手を強く握りしめる。まぶた越しでもわかる光は、幾ばくかの時間の後に収まった。

 クロフェはほんのり暖かな風を頬に受け、目を恐る恐る開ける。

 ダンジョンとは違う太陽の明るい自然な光が久しぶりにクロフェの瞳に差し込む。

 森の、木の匂いが鼻腔をつく。

 人が十人は乗れそうな石畳が土に埋め込めら、草で偽装されている。そこには魔法陣が浮かんでいたが、しばらくすると消えてしまった。

 ダンジョン最奥への隠し転移魔法陣は高い木々に囲まれて周りから隠されていた。

 つないだ手の先に緑の長いウエーブのかかった髪、ほんのり丸い顔の女性はピンクのタレ目でニッコリとクロフェを見つめていた。

 その向こうには美しい女性のような顔のミズホが幼い体のコマチを肩に抱えて立っていた。

 みんなでダンジョンから無事に脱出できたのだ。

 新緑まぶしい山の中でクロフェはホッとしていると、遠くに人の声が聞こえて来る。


「ミズホ様、あちらから人の声が聞こえます。行ってみましょう」


 声の方へ少し歩くと開けた崖に出た。

 崖下をみると人が数十人規模で集まっていた。

 お揃いの金属の鎧を付け、剣や槍で装備した正規の軍隊のようだ。


「ミズホ様、姫様、あそこはダンジョンの入口ですよ」

「ああ、ミフユ姫がいる!」


 コマチが指を差した先には全身を金属の鎧に包まれ、青い長い髪を三つ編みにした、きりりとした女性が兜を脇に抱え、指揮を取っているように見える。


「あそこに連れて行ってください。隣街のリネコ家の姫が助けに来てくれています」

「ミズホ様、下に降りる道を探しましょう」


 ミズホはコマチをかかえたまま下を見る。


「このまま降りる。捕まって」

「へ!?」

「降りるって?」

「まさか!」


 ミズホはそのまま崖の方へ歩いて行く。


「ちょっと待ってください」


 クロフェは右からミズホに抱きつく。


「置いていかないでください」


 ソリエは左からミズホに抱きつく。


「我の契約においてアネモイ来たりて風の加護を与え給え」


 ミズホは風の上位精霊を呼び出し、何もない空間に足を踏み出した四人は風に包まれゆっくりと落下する。

 ふんわりと空中を漂うよう降下する。

 軍隊の一人がこちらに気がついたようで、指を差すとそれに呼応して次々とクロフェたちを見上げる。

 姫騎士らしいミフユも気がついた。


「ミフユ姫~。わたくしたちが降りるところを空けてくださ~い」


 その声に答えて背の高い、姫騎士は周りに指示を出し、降りられる空間を開ける。

 風巻く四人は砂や小石を巻き上げながら地上に降り立った。

 ミズホはコマチを下ろすとコマチはミフユのもとへ駆け寄る。

 ミフユも駆け寄り二人は固く抱き合った。

 長身の男性のようにきりりとしたミフユと小さな少女のコマチが抱き合うとまるで恋人同士が抱き合っているようだ。


「コマチ姫、あの人たちは?」

「誘拐犯を倒して、わたくしを助けてくれた人たちですわ」


 少し離れたところからミフユは三人を見る。

 落ち着いてコマチたちを見ているソリエと正反対に大勢に囲まれてオロオロとしているクロフェ。興味がないように空を見上げているミズホがいた。


「あの人は!?」


 ミフユはミズホに近づき、それをコマチが追いかける。


「ミフユ姫、この方はわたくしを助けた褒美に、わたくしの夫にしてあげようと思っておりますのよ」

「え! 夫って!? ミズホ様はあたしの恋人になるんです!」

「何を勝手に決めているのですか? ミズホ様は私のご主人様になるんですよ!」


 コマチの言葉にクロフェとソリエが同時に抗議の声を上げる。


「やはり、ミズホ様! ミズホ・モリタ。伝説の魔法剣士、カズヨシ・モリタの養子にして唯一の弟子! あなたたち好き勝手に言ってるけど、この人がどういった人が分かって言ってるの!?」


 ミフユはコマチと同じ赤い瞳を大きく開いて三人に問いかける。


「ミフユ姫はこの人を知っていますの?」

「半年ほど前にこの方は私たちの領土にも現れて、その当時に頭を悩ませていた山賊団を壊滅してくれたのよ。その姿に私もあなたたちと同じように、私のお姉様になってもらうようにお願いしたの」


 ミフユ姫は苦い思い出を語るように渋い顔をしていた。


「ミフユ姫、ちょっとまって、この方は男でしょう。確かにこの美貌から女性と間違えてもおかしくはないですが」

「ええ、それは私の間違いだったのよ。でもそれはいいの。それより、この人は何のために世界を回っているかあなたたちは知っているの?」

「武芸の腕を上げるために、強い人と戦う旅に出ているのでしょう」


 クロフェは何を当たり前のことを聞いているのだろうと、答えた。


「はぁ~、あなたたちもそう思うでしょう。違うのよ。この人は自分より強い人に無理やり犯されたいのよ。師匠のカズヨシにされていたように」


 呆れたように言うミフユ姫を三人は口をあんぐりと開けて見ていた。


「嘘でしょう! ミズホ様、ミフユ姫の言っていることは本当ですか?」


 クロフェの言葉にミズホは黙って頷く。

 三人は膝から崩れ落ち、同時に空に向かって叫ぶ。


「なんじゃ! そりゃ~!」



 ~ 完 ~

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