魔法剣士は師匠の夢を見る  ~黒猫獣人の甘い誘惑~

三原みぱぱ

第1話 第一話 ダンジョンを進む二人にとってリザードマンって強敵なの?

 暗闇が続く地面の中には誰が作ったのか、ダンジョンが広がる。

 ひんやりとした湿り気のある空気がどこからか流れている。

 光の球に照らされ、ボウっと光る岩の壁。

 ところどころ水たまりを作る地面を踏みしめ、奥へ奥へと進む影が二つ。

 一人はがっしりとして、いかつい体型に髭を蓄えた浅黒い顔には、歴戦の冒険者の皺と傷が彫り込まれている。

 身長は程よく高いくせに機敏にそして静かに歩みを進める。

 金属のヘルメットを被り、胸と腕には厚い皮の防具をつけ、底の厚いブーツを履き、手には自分の背丈より頭一つ大きいな槍を水平に構えたまま進む。


「一休みするぞ」


 通路から広場に出たところで男はもう一つの影に声をかける。


「はい、ご主人様」


 野太い男の声に返事をするのは、女性の高い声。

 女性としても小柄で、男性の胸程度しかないが、その背中には自分の体の倍以上はあるのではないかという大きなリュックを背負っている。

 女性はかぶっていた厚手のローブのフードを取ると、ストレートの長い黒髪。その頭には大きな猫耳。お尻にも黒く長い尻尾が生えている。

 まだ若い猫の獣人は、荷物から枯木を取り出す。


「我がマナより炎よ出でよ」


 男が詠唱を終えると枯木が燃え始めた。

 それを確認した男はそれまで宙に浮いていた光の球を消す。

 広場の光量が急に減り、薄暗く感じるが、猫の獣人には何の影響もないようにお湯を沸かす準備をする。

 その間、男は自分のリュックから取り出した紙にこれまでの地図を書き出す。


「流石に第十二階層は誰もいねえな。これなら高値がつくぜ」


 男は誰に言うでもなく呟く。

 男の仕事は冒険者の中でも「先駆者(パイオニア)」と呼ばれ、まだ誰も到達していないダンジョンの下層へ行き、情報を集めては地図を作成する。それを他の冒険者に売ったり、道案内をして報酬を受け取る。

 基本的に逃げ足と記憶力の良い者がなる職業だ。


「どうぞ、ご主人様」


 獣人の娘は一杯だけ入れたコーヒーを男に渡す。

 男は紙に地図を書き込みながら、木でできたカップを受け取る。


「あちっ! なにしやがるこのクソ猫!」


 男は口をつけるとその熱さに声を上げる。


「火傷しちまうじゃねえか! バカヤロウ」


 そう言って男は獣人の娘を力一杯蹴り飛ばす。


「申し訳ありません」


 蹴られて、ぬめりけの有る石の床に倒れた娘はすぐに立ち上がり、頭を下げる。

 男はその獣人の娘の柔らかな腹をもう一度蹴る。


「いつまでたってもコーヒー、一つ入れられないのか! 力が強いってだけでこいつを買ったのは失敗だったか。また同じことをしやがったら、今度こそ奴隷商に売っちまうからな!」


 そう言って男は厚いブーツで再度、蹴る。


「それだけはご勘弁ください。うっぐ、申し訳ありません」


 泣いて許しを乞う獣人の娘を無視して男は座りこむ。


「何でこんなことになっちまったんだ」


 男の名はガース。数年前までは一線を張ってた冒険者だった。仲間とダンジョンに潜り、「前衛剣士(ブルファイター)」としてパーティーを守り戦い、モンスターから稀少な素材を集めたり、古代の宝物を見つけて気楽なその日暮らしをしていた。

 しかし、年をとったせいか、元からなのか、ガースの偏屈で暴力的な性格は度々仲間と問題を起こし、とうとうパーティーを追い出された。その後、他の冒険者のパーティーに参加したが、どこも同じようなもので長く続かなかった。

 仕方なく半年前になけなしの金で獣人の娘クロフェを買って、少人数の方が有利な「先駆者(パイオニア)」になったのだ。


「力が強いって言うのと若いって言うだけで買っちまったが、こんなにグズだったなんて俺はなんてついてないんだ……まあ、他にも使い道があるからまだ我慢できるがな」


 地図を書きながら、濃い目のコーヒーをすする。

 ここに来るまで魔法で出していた光の球(ライト)で消耗したマナが、回復するのを待ってガースは立ち上がる。


「行くぞ! グズ!」


 ガースは火のついた太い枯木を一本手に取り、奥へと進む。


 明かりにしていた枯木が燃え尽きそうになる頃、ガースは足音に気がついた。

 身を隠せそうな枝道を見つけると、慌てて火を消し、身をひそめる。

 足音なのか? ずり、ずりと何かを引きずる音が聞こえる。ガースはこの音に聞き覚えがあった。


 リザードマン。


 人よりも一回り背に高い爬虫類人間。

 トカゲのような体つきは硬いウロコにおおわれ、硬く太い爪を持っているにも関わらず、人間と同じように防具と武器を使う。魔法はほとんど使わないにしても太い尻尾も恐るべき武器となる。ずりずりとした音はその太い尻尾を引きずっている音だ。

 知能も決して低くなく、群れで行動する性質を持つ。

 現に今も三匹で行動をしている。

 非常に弱い光の球(ライト)を頼りにリザードマンの三匹は辺りを警戒しながら歩いていた。


 先駆者(パイオニア)の仕事は「情報」を持ち帰ることで決して戦うことではない。


 ガースは何事もなくリザードマンが、立ち去るのを息を潜めて待っていた。


 ピチョン!


 天井から落ちた水滴が獣人の娘のフードに落ちる。

 思わず見上げると何か黒いものがその顔に落ちた。

 黒い八本の足が獣人の娘の顔一杯にカサカサと動く。


「きゃ!」


 顔についた大きな蜘蛛に驚き、思わず声を出す。

 娘は慌てて口を塞いだが、リザードマンはその声に反応して警戒レベルが跳ね上がった。


 ガースは苦々しい顔で娘を睨みながら、戦闘態勢を取る。

 幸いなことにリザードマンたちはガースたちの位置を掴みかねていた。

 ガースの冒険者としての本能が叫ぶ。


 先手必勝!


 ガースはリザードマンと初めて対峙するわけではない。硬いウロコと防具があっても、可動域が大きい首にはウロコがなく無防備であることを知っていた。

 隠れている枝道近くに一匹のリザードマンが近づいたとき、真っ直ぐ槍を首に突き、横に払う。

 青い血を噴き出して、ばたりと倒れる。

 その音にもう二匹が気付き、ガースに向かってくる。

 距離にして約八メートル。


「我がマナより風よ出でよ!」


 ガースは槍投げの要領で真っ直ぐリザードマンに向かって投げる。突風に乗って飛んでいく槍は、先頭の一匹の皮の防具を突き抜け、硬いウロコもものにせず腹に刺さると上下に揺れる。


「我がマナより光よ出でよ!」


 槍が刺さった一匹が倒れるのを確認もせず、ガースは光の球(ライト)を最後の一匹の目の前に出現させ、腰の剣を抜きながら低い体勢で近づく。


 殺った!


 ガースは四魔法の内、一番威力の弱いマナ魔法のみしか使えないが、魔法と武器を組み合わせて戦う事を得意とする。

 もう一歩で間合いに入るという時に、リザードマンがその場でくるりと一回転しようとするのが見える。


 来る!


 リザードマンの尻尾。

 筋肉質で太い尻尾を勢いよく横殴りにする。

 マトモに食らえばガースの体重でも、体ごと吹き飛ばされる。


 尻尾は左から!


 ガースは刃をしっぽに向けて地面に剣を突き立て、剣を支えに尻尾を飛び越すように大きくジャンプする。

 直後に尻尾が剣に刺さり、切り落とされる。


「ギャン!」


 リザードマンは悲鳴をあげる。

 ガースは着地と同時に両足につけている短剣を抜くと、リザードマンにタックルをして覆い被さる。


 反撃の糸口は与えない。


 リザードマンの首に二本の短剣を突き立てると左右に引き、青い血が吹き出す前に飛び退く。

 リザードマンの青い血には微量の毒があり、目に入ると痛みでしばらく目が開けられなくなる。下手をすると失明することをガースは知っていた。

 ガースは地面に刺したままの剣を引き抜くと、槍を抜こうと暴れているリザードマンに近づき、その首を切り落とす。


「クソ猫! 水だ! 早くしろ!」

「は、はい」


 ガースの戦闘を見ていたクロフェは、畳んでいた大きな猫耳をぴょんと立てながら、慌ててリュックより取り出した水袋をガースに渡す。

 ガースはそれを奪い取ると自分の顔に水をかけ、念のため返り血を洗う。


「何してやがる! タオルもよこしやがれ! クソ猫は一つ一つ言わなきゃわからねえのかよ!」


 慌ててタオルを差し出すと、それを奪い取られると同時に蹴られた。


「ゲフ、ゲフ」

「このバカ猫が! ろくに仕事も出来ねえ上に、危険に晒しやがって! 本当に使えねえクズだな」


 ガースはタオルで顔を拭きながら、自分の不幸を呪った。

 濡れたタオルを倒れている娘に投げつけ、水を一口飲む。


「本当は酒でも飲みたい気分だぜ。胸糞悪い」


 ガースはそう言いながら、動かなくなったリザードマンに近づく。

 リザードマン自体、その硬い鱗のついた皮をなめして防具の材料にするのだが、皮を剥ぐ時間も短くない。

 程度がよさそうな爪と牙をいくつか切り取り、後は何か持っていないか探る。

 リザードマンはキラキラしたものを集める習慣があるため、たまに宝石や金貨を持っている奴もいることをガースは経験上、知っていた。


「けっ! しけてやがる。外れだ。やっぱり俺はついてねえぜ」


 ガースは毒づきながらあさり続けるが、価値の無い石しかもっていなかった。

 防具や武器にしてもろくに整備がされておらず、この第十二階層から持って帰る手間を考えると割が合わない。


「いつまで寝そべってんだ! 行くぞ!」


 太陽の無い地面の底、時間の感覚は自分の体内時計だけだが、そろそろ夜のはずだ。安全な場所を見つけてひと眠りしたい、そうガースは考えていた。

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