商人(怪)リアン・ハーンと(騎士じゃないはず)リシル・アディ

 もう誰も私に話しかけないので、温かい食事がとれる。

 ロイは相変わらず、私とは別の席に座って食事をとる。

 私が何かしでかして、ロイが奇行に走るのはよくないと、私もロイを避けていた。

 

 ここ最近は、一人で出来る日帰りの仕事ばかりしていた。

 夜な夜な灯の下に集まって騒いでいる若者たちを諫めてくるのとか、蜂の巣駆除とか、地味にキツかった。

 まあ、ハチの巣に関しては依頼したおばちゃんが、お土産に焼き菓子をたくさんくれたので満足だ。

 報告書類を作ってギルドに出して、また新しい仕事をもらう。

 次の仕事は、要人警護、か。

 一日中偉い人の後について回るだけの楽なやつだ。

 市場に、広場に、教会、レストラン? 

 ギルドの近くをうろつくだけみたい。

 身分の高い人の酔狂についていくのかなー。

 まぁ、明日は本屋に頼んでいた本が届くし、それまでの我慢だ。

 取り寄せまで時間がかかった『図解・猫ちゃん大集合』!

 私が一人暮らしを諦めたと思っては困る。




 次の日、私はギルドのカウンター裏の応接室で、軽く頭痛を覚えていた。

「えーと、これは二人仕事だったわけですか?」

 ロイがいる。

 慎重に一人仕事だけを選んでいたのに、気まずい。

 確かに仕事は断らないとは言っていたけど、こんなに直ぐ二人仕事になるものだろうか。

 私はまだ何にも答えを探せていないのに。

「いや、俺がついて行くのは、あくまでもギルドの上の方の判断だ」

 なら、なぜこの仕事、私に割り振った。



「リシル・アディと、リアン・ハーンだ。

 よろしく頼む」

 身なりの良い紳士と、体格の良い紳士が優雅な礼をする。

 貴族感が出過ぎていて、どこに行っても浮きそうだ。

「もっと、こう、市井に馴染む格好とか、雰囲気とか、努力とかはなかったんですか?」

 ロイに小声で言うと、どうにかする、と眉間を揉む。


 一通りの決まり事として、行動の確認や警護の範囲を取り決めた書類の読み合わせをする。

「ここからは個人的なお願いなのですが……お二人は身分を明かさずに行動していただきたいのです」

「無論だ」

 背の高い紳士が即座に答える。

 だが、そういう意味ではない。

「私たちにもです。

 私は商人リアン・ハーン殿と、その護衛リシル・アディ殿に随行するという内容の依頼を受けています。

 それ以上の対応は依頼外とさせていただきます」

 これは私個人の面倒を避けるための要望だ。

「というと?」

「ざっくばらんに言うと、あなた方に本来の身分⋯⋯というものがあるかどうか知らないですけど……もし仮に偉い人だったと後でわかっても、警備中の無礼は謝りませんからね、という事ですので」

「……理解した」

 身分を隠さずに依頼されるなら、まだそれらしく対応するが、どう見ても偽名での依頼だ。

 気を使って体力を奪われたくない。

「せめて、どちらか偉くなさそうな顔の人にしてもらえれば良かったんですけど」

 もう、宣言したので、偉そうな商人と、強そうなおじさんに対する対応をすることにする。

「うちの若いものが私の代わりに行くときかなかったんだが、うるさいので置いてきたのだ」

 強そうなおじさんは腕を組んで誰かを思い浮かべているようだ。

 あ、なんか、勘だけど、それは置いてきてもらって良かったような気がする。


「さて、とりあえず、着替えてもらいましょうか。

 お二人の格好はその辺を歩くには、だいぶ派手です。

 物盗りに狙われます」

 市場はそれなりに安全だが、金銭を狙った犯罪はそこそこ起きる。

 狙ってくださいという格好をさせなければ今日の警護は楽々だ。

「なるほど、ル……アデルア君、私達が市井を見て回ってもおかしくないように、整えてもらってもいいかね。

 ……やはり、ニコラ・モーリスを連れて来れば良かったかな。

 彼は市井について詳しいから」

 ……うすうす気がついていたが、あのキラキラ騎士様の知り合いだ。

 名前を聞いて背筋がぞわわとした。

 今の話は徹底的に無視しよう。

「あんなクソ騎士連れて来ないでください。

 仕事の邪魔です」

 あわあわと、ロイの口を塞ぐ。

「ロイ・アデルア、そのおじさんが個人情報を垂れ流すきっかけを与えないでください。

 その人が誰でも、誰と知り合いでも、今回の依頼には無関係です」

 わざわざ口を滑らせて身分を明かされるきっかけを作りたくない。

「まぁ、そうだな」

「それと、ロイ・アデルア、口が悪いですよ。

 どうせ偉い人達なんだから。

 後で本当に苦情が来ちゃいますよ。

 その時はそちらで書類作ってくださいよね」

 揉めるなら、今日の仕事が終わってからにしてほしい。



 ギルドには衣装部屋がある。

 任務によっては様々な衣装が貸し出される。

 祭りの時に着せられた着ぐるみ、暑かったな。

 臭かったし。

 そんな事を考えているうちにそこそこの商人らしい服を着せられた二人が出てくる。

「君は着替えないのかね?」

 騎士のおじさん……もとい、がたいのいいおじさんが言う。

「え? 私ですか?」

「この人数で三人も武装していたら物々しくないかね?」

「まあ、確かにちょっと怪しいですね」

 人数が多くなったので、用心棒らしいのが多く付くと物々しい。

「タリム君、君は街娘の格好にしよう。

 私の娘という事にすれば不自然ではないだろう?」

 ロイが何かに咽せる。

「私の娘でもいいが、どちらがいい?」

 リアン・ハーンも参戦して来る。


 あ、なんか今、すごく、すごく面倒な事に巻き込まれてる。


「……ぶっちゃけ、どっちでもいいですけど、近すぎると警備しにくいんで、もう少し遠い関係性でお願いします」

 剣を抜いた時にうっかりおじさん達が切れちゃったら怖いし。

「では私の姪でどうかな?」

 絶対に騎士じゃないおじさんが言う。

「リシルおじさんって呼べばいいですか?」

「名前は呼ばないでくれたまえ」

 覚えづらいので、それは願ったり叶ったりだ。

「はい、ではなんと?」

「おじさま、と」

 ロイがガタンと立ち上がる。

「リシル・アディ殿、少々確認してもらいたい書類があるのですが、こちらに来ていただけますか?」

 二人が部屋から出て行き、私とリアン・ハーンが残される。


 リアン・ハーンは、おじさんとは言いづらい紳士だ。

 皮膚の張りも若々しいし、鳶色の髪も艶々している。

 リラックスした様子で椅子に深く腰掛けて、肘掛に肘をつき頬杖をついている。

「君は髪が短いのだね」

 あ、しゃべった。

 ずっと黙っているので、喋らないのかと思って油断していたが、リアン・ハーンが唐突に口を開く。

「冬はなかなか乾かないので、この方が野宿したりするのに丁度いいんです」

 髪の短い女性がめずらしいのだろう。

 感心したように頷くと、次から次へと質問が飛んでくる。

「野宿か。

 君はとても健康そうだね。

 剣が得意なのかね?」

「はい。

 あまり風邪も引いたことがありません。

 剣はギルドで仕事ができるくらいには」

「誰に習ったの?」

 まだ質問が来る。

 意外と社交的?

「義父に習いました」

 訓練の時だけはめっちゃくちゃ厳しい義父に習いました、とまでは言わない。

「義父? 本当のご家族は?」

「母は死んだようです」

 なかなか重い話題なのに、ひるんでくれない。

「そうなのかい。では、お父上は?」

「誰とも知れませんので、なんとも」

 そういえば、実の父については考えたこともなかった。

 そうか、実の父、あれかな?

 貴族と一般人の、身分違いの許されざる恋的なやつかな?

 もしや騎士?

 騎士と姫とかありそうだよね。

 一瞬あの騎士が浮かんでしまう……。

 産みの母、趣味わっる。

「そうか。養子先で苦労は無かったかい?」

 養子先で意地悪されるのはセオリーだが、私に限っては当てはまらない。

「ないです」

「何も?」

「はい、なにも」

 あったかな? あったとしても、特に思い浮かばないな。

「ふーん。君はどんな子供時代を過ごしたんだい?」

 どんなって?

「まあ、普通に……」

「普通かい?」

「はい、普通です」

 そこでお茶を啜る。

 リアン・ハーンもお茶を啜る、優雅に。

「……」

 そして話すことはなくなった。


「私の娘で、リシル・アディの姪っていう設定にしようか?」

 気怠げに指を振り振り、不必要な設定を足さないでほしい。

「もう決まったので、元の設定でいきましょう」

 めんどうだし。

「じゃあ、私のことはリアンと呼んでくれないか?」

 そういうの、めんどうだし。

「年上の人を呼び捨てにするわけには……」

「じゃぁ、二人の時だけ」

「それって意味あります?」

「さぁ、どうかな」

 そういって、私を隣の椅子に呼ぶと、私の頭を撫でる。

 ずっと撫でる。

 撫でるだけにとどまらず、頬を挟み込み、瞳を覗かれる。

 当然、私もリアンの目も覗きこむことになる。

 なんか、見覚えの……。



 バンとドアが開き、ロイが部屋に帰って来たので、何か閃きかけていたものが霧散する。

 リアンは私からパッと手を離し、ロイに向けて両手を上げて見せる。

「タリム! 早く着替えてこい!」

 あ、ロイは明らかに機嫌が悪い。

 イライラと部屋の外に摘み出される。


「……何か変なことされなかったか?」

 おお! そうだった、ロイはそういうのを気にするロイになってしまったんだった。

こそばゆい。

「んー、頭を撫でられたくらい?」

「知らないおっさんに頭を撫でさせるな! 普通に避けろよ」

 呆れたようにため息をつく。

「そりゃ……そうだよね」

 なんとなく、リアンのあのリラックスした感じが避けようが無かったのだ。

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