第4話 新世界が開きそうです。

紅い瞳の輝きが増す。

アンドラが叫ぶと私の真っ赤なルビーのような瞳がさらに燃えた。

私の顔に笑みが浮かんでいた。


「姉上、止めて!」


もっと聞かせて!


 ◇◇◇


ビシィン!

私は鞭をはじめて振った。

戻ってきたアンドラの頬に赤い筋が走る。

何が起こったのか?

まったく判らない様子で私を見つめている。


ビシィン!

いやぁ、喘ぐ姿まで可愛い。

小動物のようなブラウンの瞳が揺れている。

戸惑い、不安、それとも恐怖。


アンドラのブラウンの瞳に何が映っているの?


優しいと思った姉が豹変する。

アンドラを打つことでトラウマを抉り出す。

私の手の鞭が振られる。


ビシィン!

反対の頬にも赤い筋を走らせた。

私は顔色を一つも変えず、冷徹の紅い瞳でアンドラを見つめ続ける。

勢いのままに腕を振った。


ビシィン、ビシィン、ビシィン、ビシィン!

鞭が腫れた傷を抉り、頬が裂けて血が飛び散った。

痛みから逃れるように顔の前に手をクロスするがお構いなしだ。

腕のシャツを引き裂いても鞭を緩めない。

一歩、二歩と腰の引けたアンドラが後ろに下がり、躓くように転がった。


「アンドラ、立ち上がりなさい」

「止めて! ごめんなさい、謝ります。許して下さい。どうか僕を許して下さい」


ザ・土下座!

アンドラは私の前で跪いて頭を下げた。

私は呆れるように息は吐いた。

言った通りだ。

ヴァルテルに言われた通りに無言で鞭を打った。

すると、アンドラが屈服した。

村人に育てられたアンドラは頭を下げることに抵抗がなく、元実家の正妻やその息子に謝ることで許されてきたのだろう。

これでは駄目だ!


「アンドラ、私は立ちなさいと言いました。謝りなさいなどと言っていません」

「お許し下さい」

「何を許すのです。貴方は何故、叩かれているのか聞かないのです」

「ごめんなさい、ごめんなさい」


ビシィン!

肉が裂けて血が飛び散ってゆく。

その結晶まで美しい。


「貴族は謝ってはなりません」

「許して下さい」

「許しません。貴方は自分が犯した罰の数だけ打たれないといけないのです」

「…………」

「言っている意味が判らないという顔ですね。では、説明しましょう。貴族が謝るということは、その者に屈服することになります。王以外に仕えるということは王に対する反逆罪です。一族郎党が処分されます。貴方が安易に首を下げたことで、父上、母上、わたくし、一族300人の命が奪われるのです。貴方はそういう身分になったことを自覚しなさい」

「僕の為に?」

「そうです。しかも300人で済みません。家臣3,000人、領民1万人が路頭に迷うことになります。1万人の命を預かっていることを心に刻みなさい」

「知りませんでした」

「そうでしょうね。私はアンドラが謝った数だけ、鞭で打たなければなりません。あと何回、私は鞭を振わなければならないのかしら?」

「あと20回でございます」

「ですって!」


アンドラの顔が血の気が引き、「ごめ……」という言葉が途切れ、首を横に振って嫌々をする。

言葉に出さなかったことだけ褒めて上げよう。


アンドラの心の中に謝った数だけ鞭を打たれるなんて不条理だ。

そんな心が芽生えていればいい。

でも、どうすればいいのか判らない。

首を横に振る以外に何も思い付かなかったようだ。


「立ち上がりなさい」


恐る恐ると立ち上がる。

私はアンドラが何か言うのを待った。

何でもいいの!


『止めろ!』、『他の罰を!』、『何が悪かったのか?』、『不条理だ!』


アンドラの口がもぐもぐと動いた。

しかし、言葉が出て来ない。

そのままで何も言わずに目を合わせずに俯いてしまった。

まだ、無理か。

アンドラは言葉を諦めた。


「顔を上げなさい」


ゆっくりと上げる。

その顔は助けを求める兎のようだ。

哀願する瞳が愛らしい。


ビシィン!

私は再び、アンドラの頬を打った。

私の目とアンドラの目が錯綜する。

ブラウンの瞳が揺れた。

あぁ~ん、悲鳴まで可愛い。

もう駄目です。

アンドラ、可愛すぎる!


ビシィン!

私に助けを求めているような顔付きが堪らない。

ツブラな瞳が心を奮えさせる。

可愛い鳴き声が未知の世界の小さな扉を開こうとする。

私は笑っていた。


凄く興奮している。

どうして?

アンドラの悶える顔をもっと見てみたい!

そうか、そういう事か。

駄目よ、駄目よ、駄目よ、禁断の扉を開いちゃ駄目。

アンドラと禁断の愛のルートに入ってしまうわ。


それは駄目!


我慢よ、エリザベート!

私は震えながら握りしめた鞭を従者に返した。

扉を強引に閉めた。


「今日は何も知らなかったという理由で、ここまでにしてあげましょう」

「ありがとうございます」

「頭を下げるな! たれたいのか!」


ぶんぶんと首を横に振った。


「シャルロッテ」

「はい、お嬢様」


シャルロッテが軽くアンドラを抱きしめて、『エフェアブスト(状態異常回復)』と呟いた。

ぼわぁっとした青い光の粒がアンドラを包み、痛みを緩和してくれる。

アンドラの目から恐怖が消えた。


「シャルロッテは貴方の従者・侍女を束ねる侍長です。判らないことがあれば、シャルロッテに訪ねなさい」

「………………」

「返事をしなさい」

「はい、判りました」

「よろしい」


ボタンの掛け違いを失くしておこう。

エリザベートは言葉足らずでアンドラとの関係を壊してしまった。

同じ轍は踏まない。


「よくお聞きなさい。何故、鞭で打たれたのか? 最初に服装です。襟が曲がっていました。裾が乱れていました。馬車を出る前に整えなさい」

「はい」

「次期当主なら馬車を一人で降りなさい。歩くときに背中を丸めてはなりません。あいさつをするときに父上の影に隠れましたね。あれもいけません。他にも沢山あります。シャルロッテ、明日までにやってはいけないことをすべて教えておきなさい」

「畏まりました」

「アンドラ、明日は私に鞭を持たせないでね」

「は、はい」


アンドラはやっと終わったと安心したようだ。

シャルロッテの『エフェアブスト(状態異常回復)』には、状態異常を回復するだけでなく、精神的な不安を解消してくれる。

しかも効果が継続する。


戦闘の時は痛みでの気絶を防ぎ、衝撃でショック死を防ぐ効果もある。


レベルの低い冒険者はこの魔法を掛けてからクエストに出る。

そうしないと、低レベルのゴブリンなどの戦いに恐怖して気絶すれば、その先は死しか待っていない。

女の子なら恥ずかしい死に目に遭ったりする。

それを防ぐ効果がある。

初心者向けの便利な魔法なのだ。


その意味を理解できる?


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