死と後悔

次の日、教室に行くと稲葉の席にはドラマでしか見たことがないような落書きがされ、花瓶に生けられた花が1輪置かれていた。

クラスの誰かがやったのだろうが、よくもまあこんな古典的なやり方をしたものだ。

そして誰も落書きを消そうとか、花を退けようとかはしない。

それは当然だろう。

そんなことをすれば稲葉の味方と見なされ、標的になることは目に見えている。

稲葉はこの状況を見て、どんな顔をするだろうか。

少し楽しみだ。


しかし、稲葉はその日学校に来なかった。

昨日のことが流石に堪えたのだろうか。

もうどうでもいいことだ。

アレとはもう、何でもないのだから。


一昨日から降り続く雨は今日も勢いを増し、ものすごい音を叩きつけながら降り続く。

気圧はこの3日間で最も低いようで、頭痛を訴える生徒が数人出た。

そんな不穏なシチュエーションにピッタリな情報が、帰りのホームルームで担任から伝えられた。


稲葉が死んだ。


家の風呂で手首を切ったそうだ。

私は思わず血の気が引いた。


私は稲葉が刻々と追い詰められる様をどこか楽しんでいた。

その結果、稲葉は自殺した。


詩織と同じじゃないか。


私は稲葉と同じじゃないか?


私は昨日、稲葉にかなり酷い言葉を浴びせた。

その自覚はある。

LINEのグループを追放されても、SNSで叩かれているのに気づいても何もせず、ざまあみろとまで思っていた。


しかしどうだ。

客観的に見たら私がしたことは稲葉と大して変わらないのではないだろうか。


私は加害者になってしまった。


多分そんなことないとか、考えすぎとか言う人もいるだろう。

でも私はとてつもない罪悪感に苛まれずにはいられない。


傘を差す。

土砂降りの雨はまさに「バケツをひっくり返した」よう、という表現がピッタリだ。

雨が傘に当たる音がうるさくて、他の音はほとんど聞こえない。

詩織の血も、稲葉の罪も、これだけ土砂降りの雨に降られれば、洗い流されて行くのだろうか。


とりあえず帰ろう。

もうこんなことは考えたくない。





















プーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






















大きな音。

右を見る。

巨大なトラック。


衝撃が体中を走る。


嗚呼!因果応報!

地獄に堕ちろ!


痛みを感じる前に、私の意識は途絶えた。






















気づいたら白い部屋の白いベッドで仰向けになっていた。

病院の個室のようだ。

私は死んでいなかった。

全身が少しずつ痛むが、体調は悪くない。

外は明るいが雨が降っている。

なんだ、雨が降るのは3日間じゃなかったのか。


あまり時間を置かずに、両親が病室にやってきた。

どうやら私は信号を無視してしまい、雨の音で接近してくるトラックに気づかず、そのまま接触してしまったようだ。

死ななかったのは運が良かったと。

両親にはこっぴどく叱られた。


私は2日も眠っていたそうだ。

昨日は晴れていたが、今日はまた1日雨らしい。

どうりでまだ雨が降っていたわけだ。


稲葉の葬式は身内だけで済ませるそうだ。

稲葉の家族は私に線香だけでもあげてくれないかと両親に言ってきたそうだ。

両親はどうするか聞いてくれたが、とりあえず行くと答えた。

行くべきじゃないのかもしれないが、運良く生き延びたのだからせめて謝りたい。

もちろん稲葉が詩織にしたことは許さない。

当たり前だ。

でも、私が稲葉にしたことも許されることではないと思う。

だから私はあの時私が稲葉に言ったように、一生かけて罪を償おうと思う。


ハッピーエンド?

まさか。

ここからが本当の地獄だ。

私は友達を1人見殺しにした罪を、この一身に背負ってこれから生きて行くのだから。

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