イノシシさんは走りました、そして……

 イノシシさんのおじさんは昔この森にやって来て、キノコをたくさん食べていました。








 その森でのんびりとすごしていたおじさんでしたが、おじさんが言うにはそこにいきなり幽霊がやって来たと言うのです。


「カエレ……カエレ……キケン……カエレ……」


 不気味な声を出すその幽霊は、どんなにおじさんが逃げても追いかけて来たそうです。

 その内におじさんは走り疲れて倒れてしまい、なんとか目を覚まして森から逃げかえって来たもののそれからすっかり弱ってしまい、そのまま死んでしまいました。







 イノシシさん自身、それほどネズミくんに対して思い入れがある訳でもありません。

 でもネズミくんを自分のおじさんのようにしてはいけないと言う思いだけは目一杯持っています。


「ネズミくん、待っててくれよ、ネズミくん!必ず助けてやるからな!」


 イノシシさんは大好物のキノコにもわき目もふらず、ただただ走りました。


 自分が助けなければいけない。今頃幽霊に追いかけられて怖い思いをしているのかもしれない。


 下手をすると幽霊に食べられているのかもしれない。そう思うと、キノコなど食べる気にはなりませんでした。


 しかし、ネズミくんは寝ています。ネズミくんが寝ると言う事は、もう夜です。

 

 夜ですから森はいっそう暗くなっています。ほとんど真っ暗な中を走り回っているだけのイノシシさんが、ネズミくんにたどり着けるはずもありません。


「ネズミくん!ネズミくん!」


 大声でイノシシさんは叫びながら森の中を駆けずり回りますが、ネズミくんはすっかりおねむの時間。

 イノシシさんの声など聞こえるはずもありません。ネズミくんはずーっと、鳥さんと夢の中でお話しているだけです。


 なんとかしてあげなければ、なんとかしてあげなければ。イノシシさんはそのつもりで必死に走ります。




 逃げろ、逃げろ、逃げろ……幽霊には私だって勝てない。


 でもなんとかネズミくんだけは逃がしてあげなければいけない。必死にイノシシさんは走ります。


「ハァ、ハァ……」


 どこにどんな目印があるかもわからないような森の中をずっと走っていたイノシシさん、だんだん足がにぶって来ました。でも走るのをやめることはできません。


(ネズミくん、今助けてあげるから!)


 イノシシさんは、ただただ走り続けました。ネズミくん、ネズミくんと叫びながら。




 だんだん声は小さくなりますが、それでも叫ぶことも走る事もやめません。上に何かがいる事が分かっても、夜がだんだんと薄くなっても。


「ネズ、ミ、く……ん、逃げ……ろ……逃げ………………」







 そしてついに力尽きてイノシシさんが倒れてしまった頃、ネズミくんはイノシシさんとまったく遠い場所で目を覚ましました。


「ああおいしかった。そうだ、みんなに教えてあげなきゃ」


 ネズミくんはきれいな顔をして、みんなのためにおいしいキノコがいっぱい生えてることとゆうれいなんかいなかった事を言うべく森を出る事にしました。













「お前な」


 だけど森の入口で、キツネに見つかってしまいました。


 キツネは両方の眉毛を吊り上げて、ネズミくんを強くにらみました。


「いなかったよ、ゆうれいなんか」

「たまたま出くわさなかっただけだ、二度と来るな!」


 キツネにはげしくどなりつけられたネズミくんは、すごく不満そうな顔をしながら走って行きました。





「ったくよ……本当にどうしようもねえ強欲だな。っつーかあんなに心配してたはずのイノシシの事なんかぜんぜん気にしちゃいねえ。ちょっとぐらいイノシシについて聞いてやった方が良かったのかもな、ああどうせムダかもな」


 キツネはあきれ果てたようにため息を吐きながら、看板の横にぐったりと倒れ込んでしまいました。

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