第13話 星野さんはあざと可愛い

 昼休みになり、自販機でスポーツドリンクを買って教室に戻ると、見覚えのある小柄な女子生徒が、ひょっこりと教室を覗いているのが目に入った。

 

「すいませーん。この教室に織原くんは居ませんか?」


 その毛先のはねたミディアムボブの髪型に小動物らしい愛くるしさを感じた。


「うーん……あれ? B組で合ってる、よね?」


 反応がなかったのか、爪先立ちの背伸びをしてまで教室の中を覗いている。そういう仕草が可愛いというか、あざといというか。


 不覚にも、ちょっとこのまま天然記念物ガールの動向を観察していたいと思ってしまった。


「まだ教室に戻ってきてないのかな……あっ」


 天然記念物ガールこと星野さんと視線がぶつかると、ピコーンっと脳内から会敵エンカウントを報せるアナウンスが聞こえた気がした。


「あっ、あう。織原くん、そこにいたんだね……」


 恥ずかしいところを見られたと思ったのであろう星野さんはポッと顔を赤く染めた。うん。その反応、すごく可愛い。


「こんにちは星野さん。俺に何か用?」

「あ、あの……その。昨日のお返しというか、織原くんにお礼がしたいから、ちょっとだけ時間もらってもいい?」


 モジモジと気恥ずかしい様子の星野さん。そっちがモジモジすると、なんだかこっちまで気恥ずかしさがこみ上げてくる。


「出来たら場所を変えたいんだけど……」

「うん。良いけど、なんで?」

「ほら、人が見てるところでお金の受け渡しってあんまりいい行為じゃないから……」

「ああ、なるほど」


 どうやら星野さんは俺が思っている以上にしっかりした性格の持ち主みたいだ。

 それ以上に天然で初心うぶな一面もあるみたいだけど。


「ダメ、かな?」


 その潤んだ瞳で上目遣い気味に見上げられると胸の奥がキュッと苦しくなるのは……もはや気のせいではないと思う。


 なるほど、対人関係でトラブルが起きる理由がなんとなく分かった気がする。


 まだ確定ではないけど。これもうほぼ確定みたいなもんだろ。


 そういうお願いの仕方は男の子が勘違いしちゃうやつだから気をつけた方がいいよって言ってあげたいけど。


「……うん、いいよ」

「ほんと? ありがとう織原くん」


 にぱーと屈託のない笑顔を見せる星野さん。愛されオーラ全開の反応に俺は少しばかり胸がときめいた。


「じ、準備するから、ちょっと待ってて」


 そう言って教室に入ると、四方八方から好奇心と殺意の割合が半々の視線が飛んで来て俺の身体にブスリと突き刺さる。


 空気感で分かった。この威圧感プレッシャーは主に野郎どものやっかみだと。


 普通、可愛い女子に呼ばれただけでそこまで殺意がくか?

 よし、相手の立場になって考えてみよう。

 例えば、そう大神さんがイケメン俳優と親しそうに話してたら……。

 殺意しかない。

 ……うん、湧くな。モテ男は死ねばいいのに。

 そう考えるとクラス連中のあの反応は至極真っ当というわけだ。

 相手の立場に考えるのって大事だよね。

 じゃなくて。

 クラスの連中に変な勘繰りをされると後が面倒なんだよなぁ。


 しかも相手は転入生の星野さんだし。あの生徒名簿を見た感じ何か複雑な事情がありそうだから、対応には気を付けないと。


 星野さんのあの口振りだと遠回しに昼飯を一緒に食べようってことなのかな?


 なんか一人分にしては大きめな感じの弁当袋ランチバッグ持ってたし。


 自分の机でスクールバッグから荷物(昼飯)を取り出すとバタン! と物をぶつけた様な鈍い音がした。


 音の出所を頼りに原因を探ると隣の席がわずかに右斜めにズレているのが分かった。


 なんていうか八つ当たりで机を強く叩いた感じの音とズレ具合だった。


「…………っ」


 嫌な予感がして恐る恐る横目で隣の席をチラ見すると──そこには、この世の者とは思えないほど邪悪なオーラを放つ灰色の金髪アッシュブロンドの美少女がいた。


「……………………………… ………………………………」


 隣の席に座っている絶世の美少女は三点リーダー何個使ってるのってレベルの無言で俺を凝視していた。宝石の様なその綺麗な瞳からは確かな怒りの炎がメラメラと燃え盛って……いる様に見えた。


 原因は分からないけど大神さんが激おこだった。


「ねーねー。オオカミ姫ブチ切れしてんじゃん。なんなのあれ?」

「織原くんが何かやらかしたのかな? かわいそー」

「やだ、大神さんめっちゃ怖いんだけど」

「感じ悪。だから友達できないのよ、あの子」


 ザワザワと騒ぐクラスメートの喧騒けんそうを切り裂いて大神さんは教室の外に出て行った。


 大神さんが何に対してあそこまで怒っている(ブチ切れ?)という難問が俺には皆目見当がつかない。


 ……とりあえず後を追った方が良いよな?


 そう思って教室を出たら。


「……ちょっといい?」

「……はい。なんですか?」


 そこには廊下で対峙している大神さんと星野さんの姿があった。


「……私の方が好きだから」


 ポツリと呟く大神さん。


「えっと……」


 唐突なことに戸惑う星野さん。


 訳が分からずオロオロしている星野さんを尻目に大神さんはその場をスッと離れ、そのまま廊下の角に消えて行った。


 理解が追いつかない光景に俺はしばらく固まって動けなかった。


「……わたし、また何かやっちゃったのかな?」


 星野さんが発した、その言葉の真意を俺はこの後で本人の口から聞かされることになる。


「わたしって女の子に嫌われる性格らしいんだ」


 人目がない場所に行きたい。そう星野さんからの要望リクエストを受けて、俺が選んだ場所は本校舎の奥にある空き教室だった。


 三階の一番奥にある空き教室、通称『サボり部屋』には本来なら鍵がかかっており、授業中以外は中に入れないのだが……ここだけの話、後ろ側のドアだけ鍵が緩くなっていて、ちょっといじったりすると簡単に解錠できたりする。


 どうしてこんな事を知っているかはご想像にお任せして。


 複雑な諸事情もあり、俺は星野さんと昼食を交えて彼女の身の上話を聴取した。


「前の学校でもクラスメートの女の子から目の敵にされてたんだ……「男子にび売ってる」って。わたしはそんなつもり全然ないのに」

「…………」


 予想通りというか、悪い意味で期待を裏切らない内容だった。


 やはり人間関係のトラブルの根幹は『そこ』にあったのか。


 言い方が悪いけど、俺でも星野さんの“あざとさ”はタチが悪いと思った。


 天然の小悪魔気質はまず本人がその事を自覚してないから。


 あれを計算でやってるなら、それはそれで大問題だけど……たぶん星野さんの愛されオーラは生まれながらの素質なんだと思う。


 星野さんと接する男子はその距離感の近さで勘違いするし、女子もそんな星野さんを見ていてぶりっ子なんだと勘違いする。


 大神さんとは方向性が違うけど星野さんもまた『女子に嫌われるタイプの女子』の一人なのだろう。


 失礼だと分かっていても本人を目の前にしてこう思ってしまう。これはまた面倒な案件を任されたと。


「わたしは別に男の子にびてるつもりはないんだけど……」

「…………」


 もう事情聴取ヒアリングはこれくらいでいいよな。


 とりあえず、フォローを入れつつ言っても大丈夫な注意点を指摘して、本人に自分の『あざとさ』を自覚してもらおう。

 交渉はその後からでも遅くないはずだ。

 では、スイッチオン。

 はい、恥ずかしいけど今からイケメン(笑)モードに入ります。


「……それは星野さんが可愛いから勘違いされるんじゃないかな?」

「……ふぇ!?」


 俺の言動にビクリと震える星野さん。いきなり面と向かって“可愛い”と言われてそういう反応になるのは彼女の中に『乙女心』がある証拠なのだろう。


「か、可愛い? わたしって可愛いの?」

「うん。小っちゃい感じが小動物みたいで一緒にいると和む感じがするよ」

「…………は、はう」


 カーッと顔を赤らめる星野さん。ここまで初心な反応を見せるということは今まで一度も異性にそういう台詞を言われたことがないのだろうか。


「わ、わたし。男の子にそんなこと初めて言われた……」

「えっ、嘘? そんなに可愛いのに?」

「ひゃう。わたし、中学生は女子校だったから。それに小学校の時も男の子とほとんど話したことなかったんだ」

「へーそうなんだ」


 ああ、なるほど。箱入り娘なのか。通りで。


 きっと親が猫かわいがりしたからこんな天然の小悪魔が生まれたんだろうなぁ。


 なんていうか星野さんってうちの妹と似通った部分があるんだよなぁ。


「……もしかして、星野さんって末っ子だったりする?」

「う、うん。上に二個上のお兄ちゃんがいるけど」

「ああ、やっぱり。なんとなーくそんな感じするもん星野さんって」

「そんな感じ??」


 可愛い感じに首を傾げる星野さん。無自覚なんだろうけど、そういう何気ない仕草が火種の原因なんだよなぁ。


「男の俺に女子の気持ちはよく分からないけど。こういう感じで女の子から手料理を振る舞われると大概の男は勘違いすると思うんだ」


 そう言って俺は星野さんが昨日のお礼にと言って差し出したお洒落なホットサンドをパクリと食べた。

 もぐもぐガリッ。


「…………むぐっ」


 うん。何かガリガリと硬い物(卵の殻?)が口に当たるけど食えないほど不味くはないかな。

 味の方はギリギリだけど。


「ゴホン。こういう星野さんの『何気ない優しさ』に触れると男はこう思うんだ。「あれ? 星野さんってもしかして俺に気があるんじゃ?」ってさ」

「…………そ、そんなことは……はう」


 言い掛けて口を閉じる星野さん。どうやら少しくらいは自分のあざとさを自覚してくれた様だ。


「そういう思考が芽生えると、必然的に男は星野さんに対して過剰に優しい行動を取ったりするんだ。勘違いして。そして、その光景が女子の目から見ると『媚びを売っている様に見える』ってなるわけなんだ」

「………………」


 フッと星野さんの視線が机に落ちた。

 その表情は言われたこと自体は理解していても、どこか納得しかねている様子だった。


「……それって結局はみんなの勘違い、なんだよね?」

「そうだよ。誰が悪いかって言えば誰も悪くないし、もちろん星野さん自身も悪いことはしてないよ。だけど……」


 ただ不幸の連鎖がたまたま星野さんに重なっただけ。不幸がたまたま星野さんを選んだだけ。口で言えばそれだけのこと。

 だけど。


「それでも、誰かが星野さんに『何か良くない事』をやったのなら……それは間違いなく、その人が悪いと、俺は思うよ」

「……………」


 暫しの沈黙を挟んで、星野さんは自分の胸の内をそっと俺に打ち明けた。


「わたし、この学校でまだ友達が作れてないんだ」


 それは前の失敗を今でも引きずっているからなのだろうか。


「もしかして、転入した理由って対人関係だったりする?」

「…………」


 星野さんはコクリと首を振り肯定の意思を示す。今までの会話であの『特記事項』で書かれている内容の裏付けにはなったけど。


「友達だと思ってた人もわたしのこと、裏で色々と悪口言ってたみたいなんだ」

「…………」


 予想以上に重くて言葉に詰まってしまった。

 空気が重くなるのをひしひしと肌で感じる。

 まずい、フォロー入れないと。


「大丈夫だよ。星野さんは誠実だから分かる人にはちゃんと分かってもらえるよ。必ずね」

「……それは織原くんみたいに?」

「うん。だって星野さんは『良い人』だと思うから」

「…………そうかな?」


 微笑みを浮かべるものの、星野さんのまとう空気にどこか不安そうな気配を感じた。


 まるで無理して笑っている様なぎこちない笑顔だった。


「ごめんね織原くん。愚痴に付き合わせちゃって」

「ううん。良いよ、俺が勝手に訊いただけだから」

 実際のところこっちはヒアリング目的で話を振ったわけだから謝る必要はどこにも無いわけで。

 やっぱり星野さんは誠実な人だと思う。


「わたし、人とこんなに喋ったのすごく久しぶり。ほんと、織原くんが同じクラスだったら良かったのに……」

「……そうなんだ?」

「うん。何かクラスに上手く馴染めなくて」

「…………」


 例の件を交渉するなら、このタイミングだと思った。


「わたし、この学校で上手くやっていけるのかな……」

「そういえば」


 俺は星野さんのネガティブな発言に割り込んで、半ば強引に自分の要求をねじ込んだ。


 雑な勧誘の仕方だと自分でも思った。これだとある種の詐欺商法と大差ないだろ。


「星野さんって部活とかに入る気はある?」

「部活? うーん。良さそうなのが有れば入っても良いかなって思うけど……」

「実は俺、天文部に入ってるんだけど星野さんも天文部に入ってみない?」

「…………」


 星野さんの顔が訝しむ表情に変わった。

 まずい、怪しまれてる。

 ここは星野さんにプラスになるワードを並べて少しでも説得しないと。


「ほら、部活をしてれば『友達作り』の足掛かりにもなるし、最悪クラスで馴染めなくても学校に『居場所』が出来るから、悪いことはないと思うんだけど……どうかな?」

「……友達作り? 居場所?」

「うん。やらないよりはやった方がいいと思うんだ」


 星野さんは言う。


「それって織原くんと二人きりじゃ駄目?」


 潤んだ瞳で、俺にお願い事をする様なあざとい仕草で。


「……それは、どういう意味?」

「うん。わたし、ちょっと自分でも人間不信になってるって自覚があるから」

「……うん。それは何となくわかるけど……」

「だからね。わたし、織原くん以外の人は信用できる自信がないんだ。特に同い年の女子とかは」

「…………」


 その精神状態の中で“俺だけ”が信用出来る理由は分からないけど。

 うーん。

 交渉の仕方を間違えたか?

 女を口説くのと人との交渉ごとは同じだって爺ちゃんが言っていたけど。

 交渉に失敗するって事は俺の口説き方が下手だってことだよな?

 一石二鳥を狙ったのが裏目に出たのだろうか。

 ここで拒否られると後々が大変なんだけど。


「とりあえず、見学に来るだけでも良いから考えておいてくれないかな?」

「うん。考えておくね」


 言われてハッと気付いた。約束ごとの「考えておく」は十中八九でやらない人の常套句じょうとうくだと。


「ふふっ。織原くんって結構強引なところがあるよね。昨日の朝も「タクシー乗ろう」って言われた時はビックリしちゃった」

「そうかな? 強引なら無理矢理にでも星野さんを連れて行くと思うけど」

「そうだね。でも……」


 ゴニョゴニョと口籠る感じで星野さんは言う。


「時には強引な男の子って女子は割と好きなんだよ?」


 そのはにかんだ笑顔にうっかり勘違いしそうになった。


「そういうのっていわゆる『俺様系』でしょ?「俺の女になれよ」とか平然と言う感じのやつだよね?」

「それは男の子の偏見だよ。でも方向性はそんな感じだと思う」

「ええ、俺はそういうのは無理だな」


 だって恥ずかしいし。そういう台詞を言う自分を想像すると羞恥心でもだえ死ぬ。


「えー、織原くんなら成れると思うんだけどなぁ」

「いや、成らないよ。成りたくないし」


 そんな感じの雑談が続いて昼休みの時間が刻一刻と過ぎていく。

 スマホに鬼の様な着信履歴とトークアプリの通知(全て日向子)が来るのを素知らぬ顔でスルーしていると星野さんが唐突に一言だけ。


「そういえば、織原くんって彼女いるの?」


 俺はその質問に「いないよ」と返した。


「ふーん。そうなんだ」


 とりあえず目的の第一段階は達成クリアした。そう思って胸をで下ろすのは、少しばかり早計だったのかもしれない。


「じゃあ、わたしにもまだチャンスあるんだね」


 別れ際に言った星野さんの呟きが妙に俺の中で引っかかった。


「……卵の殻、口の中に刺さってなけりゃいいけど」

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