お題:しゅくけい【夙慧】 幼時から賢いこと。

 何十年後か未来の学校。

 その頃の子供は夙慧しゅくけいである。偏差値的に優秀であるとか知能が秀でているとかというよりもデジタル技術の進化と小型化の恩恵である。子供でもみな携帯やスマホを持ち、いつでも手軽に検索できる。どんな問題でもネットで答えを探せば載っている。誰もが正解にたどり着ける。あとは探し方とかスピードとかの勝負だ。


 昔は、学校では携帯ゲーム機や電話は禁止されていたのだが、保護者などPTAが『子供の安全のため』ということでスマホなどを子供に持たせることを許可するよう申し立て、学校側が折れた。

 なにかと凶悪な事件が多かったりするので、GPSで子供の現在地を常に把握していたいとか、いつでも連絡が取れる状態にしたいというのが理由だ。


 これに歓喜した子供たちとは対照的に困り果てたのが教師たちだ。

 例えば、授業中に『この問題わかる人?』などと教師が問うと、生徒全員がスマホで検索を始めるのだ。全員が同じ答えを書き全員が正解してしまうのだ。

 『考える』とか『解く』といった過程は存在せず『解答を探す』のが授業だと思っている。


 脳に入りきる記憶の容量は限られている。だったら全人類の叡智が集まったネット上の外部記憶に頼ったほうがよいというのが世の趨勢でもある。

 小学1~2年生くらいで習う初等漢字や九九くらいは覚えていたほうがよいがそれ以外は記憶する必要はないと考えられている。


 昔はテストの時間になったら机の上にはえんぴつと消しゴムだけだして、子供たちは自分の頭だけで考えて答えを導きだしていた。

 今はスマホOKになったせいで、教科書などを机の中に隠す意味がなくなった。つまり何を見てもいいという状態だ。まじめに調べればだれでも満点だ。テストの意味がない。


 ある新任教師は、それでも子供たちに『自分で考える力』をつけてもらいたいと思い、普通のテストではないテストを作ることに挑戦しようとした。

 まずはテスト問題に対する検索結果の操作をした。大手検索サイトは広告として納入する金額により検索結果が上位にくる仕組みだ。新任教師は金を積み、テスト期間の間だけ、間違った解答を載せているサイトを検索の一番上位に来るようにネット上の情報を操作した。


 例えば『1+1=?』の検索をすると『4』と出たりする。子供たちは皆、その検索結果を写し書きし全員誤答で0点だった。

 テスト後の総評で『みんなちゃんと自分で考えて答えを出せよ』と教師は言ったが、子供たちは


『問題のほうが間違っています』

『ネット上の解答がおかしいのでボクたちのせいではありません』

『先生が工作したんじゃないですか?そんなことに時間とお金を使うなんて無駄だと思いませんか?』


 と、悪びれる風もなく自分たちが正しいと信じて疑わない。

 PTAや学校側からも『問題が悪い』と責められ非難された。それでも新任教師はあきらめず頑張った。

 身体能力を競う格闘技やスポーツの分野ではスマホは役に立たない。かけっこや遠投、柔道、卓球などで勝った子供に得点を与えようとした。が誰も競わず努力もせず、極力引き分けになるように試合をした。

 子供たちからは、


『この小さな学校内で勝つことに意味はありますか?』

『オリンピック選手やプロ野球選手になるような人は、それで生活を立てていくので意味はありますがボクたちには無用です』


 子供たちのやる気を引き出そうとする試みは失敗に終わった。

 教師が小さかった頃の昔とは違って今の子供たちは他人より抜きん出てやろうという意志がないのだ。目立たず飛び抜けずおちこぼれず怒られず仲良くみんなで合格する。それが刷り込まれているのだ。


 新任教師はそれでもなおあの手この手で挑戦した。例えばこんなテストである。


『自分で数学の問題を作り、自分で解答しなさい』

『新しい漢字を一字作り、その読みと意味を書きなさい』

『現代の科学でまだ解明されていない事象に対し、理由をつけてその答えを推察してください』

『日本がより良くなるような法律を考えてみなさい』

『外国の映画の中で自分の好きなフレーズを一文書き、その意味を答えなさい』


 新任教師はどれも少しひねった良問だと思ったのだが、子供たちから帰ってくるのはやはりどこかで検索したような似たり寄ったりの答えばかりであった。


―――


 ホームルームで、上のような先生の長話が終わり、最後に宿題が出された。

 もし未来がこんな世の中で、なんでも検索で答えが出るような世界の先生になったとしたら、君たちはどんなテスト問題を考えますか?

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