第6話「活動記録:ヘリオス歴 四九五年」


 ヘリオス歴 四九五年 八月八日


 ミーナとの生活を始めてから、四八二七日が経過。

 

 本日、私達はセキュリティに捕捉されて以降、二一回目の移住を行った。

 当初は月に一度程度で十分だった移住頻度は、今日時点で週に一度となっている。


 原因は、私が追跡部隊十一名を排除したからだ。


 私達を捜索しているのは、セキュリティの捜索隊だけではなかった。

 自壊を拒否した私を破壊する為、プライマリーネットワークがコロニー軍部の追跡部隊を第六セクターに派遣したのだ。


 本日、その部隊と遭遇した。

 幸い小規模部隊だったので処理は容易だったが、これにより私の危険レベルが最優先破壊対象まで上昇したことは間違いない。


 今後はさらに大きな部隊や最新型の戦闘機体が投入されると予想される。セキュリティと連携することも考えられる。

 そして、敵は私の陽電子頭脳に組み込まれている識別信号を辿って、確実に追跡して来る。

 通信網の監視結果によれば、次の作戦までは十数日開く。


 それでも、月を跨ぐほど悠長ではない。

 私一機ならば、あと半年は逃亡することが可能だろう。


 だが私にはミーナがいる。


 ミーナと共に逃走すれば、ミーナに危険が及ぶ。

 それは看過出来ない。許してはならない。

 私と共に居てはならない。

 

 ミーナは、この二年で見違えるほど成長した。

 わずか十四歳でありながら、どの様な環境でも生きて行けるだけの知識と術を身に付けた。

 体も大きくなり、細身ながらしっかりとした肉体に成長した。

 ミーナだけでも、一人で安全な場所に避難する事が出来る。

 その後もセキュリティに見つからず、セクター内で生活する事が出来るだろう。

 私が居なくともミーナは生きて行ける。


 ミーナは自立したのだ。


 思考処理に複数のエラーを検知。

 このエラーが終息するまでは、ミーナの傍にいることに決めた。

 次の作戦開始まで、それぐらいの猶予はあるだろうから。


 本日の活動:活動領域哨戒、アクティブドールのアップデート

 特筆事項:ミーナが好物のパンケーキの作り方を覚えた 以上






 * 






 ヘリオス暦 四九五年 八月十七日


 ミーナとの生活を始めてから、四八三六日が経過。


 今日、ミーナに別れを告げた。


 軍部が私の位置を捕捉し、隣接セクターに部隊を投入したのだ。

 遅くとも明朝には、部隊が射程圏内まで進行するだろう。

 私はそれを迎え撃つ。

 部隊の注意を私に引き付け、破壊させ、作戦を早々に切り上げさせる為だ。

 作戦が終了すれば部隊は速やかに撤退し、即座にミーナが捜索されることはない。

 セキュリティも、大規模な戦闘が発生した地区の捜査には時間が掛かる。

 その隙にミーナは外のセクターに避難出来る。


 ミーナとの別れ際、ミーナは私の手を掴んで離そうとしなかった。

 涙を流し、「パパ、行かないで」と私に何度も訴えた。

 ミーナには今日の別れのことを、何度も説明していた。

 それについてミーナも理解しているはずだ。

 だから、その訴えを聞くわけにはいかない。


 私は人間ではない。


 血の繋がりどころか、ロボットと人間が親子の真似事をしていただけの仮初の関係だ。

 だから私の事など忘れて、今度こそ人間と共に生きればいい。

 それこそがミーナの幸せ。普通の人間の在り方なのだから。

 そう伝えれば、ミーナは私を離してくれるだろう。

 

 そう、私の陽電子頭脳は処理しているはずなのに、私はそれらの思考を音声に出力することはなかった。


 ただミーナの頭をそっと撫でて、謝罪の言葉を発することしか出来なかった。


 私が贈ったアクティブドールを、私の代わりだと思って大事にしてほしい。

 人間にもロボットにも平等に接する、優しい人間になってほしい。

 そして、強く生き続けてほしい。

 それが私の願い。

 そう伝えて、私は私達の最後の家を去った。


 背後から私を呼ぶミーナの声が何度も聞こえたが、私は走り続けた。

 走り続けなければ、足を止めてしまいそうだったから。


 思考処理エラーは、溢れて止まらなかった。


 本日の活動:アクティブドールのアップデート、武装のメンテナンス 以上






 *






 ヘリオス暦 四九五年 八月十八日


 活動記録、四八六一日目。


 周囲千メートルの範囲に一個大隊規模の兵隊と戦闘ロボットを確認。

 既に包囲網が構築され、逃走経路は存在しない。

 あと三〇分もしないうちに戦闘開始となるだろう。

 私は確実に破壊される。敵の何体かは排除出来るだろうが、それまでだ。

 

 この記録を収めたメモリーが運良く破壊されないことを期待して、この記録を閲覧している人間、あるいはロボットに、次のメッセージを残す。






『もしもあなたがミーナを見つけたら、どうか、どうか、


 ミーナは一人でも生きられる強い子だ。


 だから無責任な興味であの子に触れないでほしい。


 ミーナは優しくて立派な子だ。


 だから境遇に同情せず、哀れな子だと思わないでほしい。


 でも、もしもあなたが私の願いを叶えてくれる心優しき人間かロボットなら、


 その時は、


 美味しいパンケーキの店を教えてあげてほしい。


 それだけで十分だ』

 





 思考処理にエラーを感知。

 この状況においても、私の陽電子頭脳は異常処理を発生させている。


「生き残りたい」などと、人間の様な望みを抱いている。

 生き残って、またミーナと共に暮らしたいと願っている。


 私の望みが叶う確率は、天文学的数値だと容易に予測出来るというのに。


 しかし、私が足掻くことでその確率が僅かでも上がるというのなら、私は戦おう。

 迫る全てを薙ぎ倒し、あの子の元へ帰ろう。

 



 思考処理の異常が止まらないので、自己の再定義を行う。

 この再定義をもって、本記録は終了とする。




 私はライフ・セレクター。機体番号『〇三七』


 私はミーナを守護する者。


 ミーナを守る為に戦うことを選んだ者。






 私は、ミーナの父親だ。











 ――全活動記録終了。

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