ぼくの仕事のこと Ⅳ END

 ボーから事情を聞かされた後、必要な物を用意してから「とある場所」へ向かった。


 ブーモの麦畑の向こう、村の外れに立っている大樹。

 その根元近くに、僕は向かう。


 すると、村側から見えない所にうずくまっている人影があった。

 安心させるために、わざとらしく足音を鳴らしながら近付く。


 そこにいたのは、兵士だ。

 軽装の革鎧、幅広の片手剣を腰に下げ、所属を示す紋章入りの盾を身に付けていた。



「――お前は、誰だ」


 掠れた声を出す兵士は、酷く負傷していた。

 身体にはいくつもの生々しい傷があり、酷くやつれている。




「この村の狩人です、とりあえずこれを……」

 僕は背負ってきた荷袋からパンとワイン、いくつかの塗り薬と包帯を取り出す。

 兵士はそのままパンにがっつき、ワインボトルを傾ける。

 

 その最中、兵士の様相を確認した。

 彼はブーツを履いていなかった。血豆と傷だらけの足が、乾いた血で赤黒くなっている。

 そして、彼の鞄に無造作に突っ込まれた羊皮紙のロールが見えた。



「なぁ、アンタはどうして俺を……?」

 生気を取り戻しつつある兵士の問いにあえて答えないまま、僕は兵士に薬と包帯を手渡す。



「あなたは、伝令ですね?」


 すると、兵士は目を見開く。

 そして、彼の右手が盾の裏にある短剣に手が伸びていたのが見えた。



「落ち着いて、僕は村人から調査を頼まれたのです」


「――調査、だと?」

 兵士は警戒を解かないまま、僕の言葉の続きを待っているようだった。

 安全のために1歩引いてから、説明を始めた。













 昨晩、麦畑でボーは人影を見た。


 その人影というのは、麦畑の向こう側に立っていた。

 そして、反対側に立っているボーに向かって何かを叫んでいたらしい。


 だが、それはボーにとって耳障りだった。

 ボーは酔った帰りに麦畑の傍を歩き、涼んでから帰宅するという習慣がある。

 しかし、期待していた静寂をその人影が邪魔してしまった。


 ボーはその人影が発する言葉が、自分を嘲るような内容だと勘違いをして、人影に迫ろうと麦畑を突っ切ろうとした。


 この時、ボーは自身の体重が他の村人よりも重いということをすっかり失念していた。

 そして、麦畑の中で何度も足を取られつつ、その人影を追う。



 残念なことにその人影というのは、ボーが反対側へようやく渡りきった事には姿を消してしまっていたのだ。



 翌日、ボーは他の村人に昨晩見たという「人影」の話をするが、誰も取り合ってはくれず、挙げ句には「自作自演」と笑われてしまうほどだったという。

 そのせいで、自分が誰かの麦畑を荒らしたことをすっかり忘れてしまい、嗤われた腹いせに薪を叩ききっていたとのことだった。








 




「……なるほど、それはたしかに悪いことをした」


 兵士は装備を脱ぎながら、自身の身体に包帯を巻いていく。



「俺はただ、助けを求めただけだったんだがな」





 



 兵士は地方の要塞に配置されていた。

 だが、数日前。山賊の襲撃を受けてしまう。


 激しい戦闘が数日間続き、山賊を倒したと思えば、今度は敵軍の斥候との戦いになってしまった。


 戦闘の最中、指揮官は兵士に任務を与える。

 それは、敵中を突破して、最寄りの友軍の要塞から援護を呼ぶための「要請書」を届けることだった。


 たった1人の伝令。

 兵士は書類入った鞄を背負い、要塞に残った最後の馬と共に要塞から飛び出す。



 だが、兵士に待っていたのは……過酷な旅路だった。

 道中の食料は無く、貨幣も持たされていない。

 それ故に、近くの村や町で補給をすることもできない。


 敵中突破で負傷していただけでなく、乗っていた馬も道半ばで力尽きてしまう。


 最終的に辿り付いたのが、アナフング村だった。

 しかし、負傷しているだけでなく、遠い地で見知らぬ軍の紋章を見せびらかすことになれば、村人から警戒されるだけでなく、暴力的手段で排除されるかもしれない。


 幾重にも悩んだ末に、兵士は夜闇に紛れて村に接近し、村人の誰かと接触することを決意した。




 だが、兵士が接触したのは――酔っ払った大男、ボーだった。

 呼びかけはボーの怒りを買い、長い旅路と負傷で弱り切っていた彼はすっかり臆病になってしまっていた。


 そして、大樹の陰に身を隠し、身動きできるだけの体力を回復しようと努めていたということだった。









 兵士から話を聞いた後、僕は彼を鷹の目亭まで連れて行き、ガペラと共に書類を届けるために馬を走らせた。


 

 鷹の目亭の女給仕サリーは、ボーに樽ジョッキの持ち出し禁止と酒類の提供を制限することを伝える。



 ブーモは荒らされた麦畑を立て直し、その年では村で最も質の良い小麦を育てた。



 伝令の任を受けた兵士は元の要塞へと戻り、指揮官と領主から賞賛された。

 そして、受け取った報酬をブーモとボーに分配するために改めてアナフング村に訪れた。







 こうして、僕の仕事は終わった。

 

 明日も、明後日も、来年も、僕の仕事はたくさんある。

 たまに怠け者だと、村人から嗤われることがある。


 それでも、僕はこの仕事を続けていくだろう。


 そして、今日も……昼過ぎまでゆっくり眠ることにしよう。 

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