エピローグ 異世界転移で指から唐揚げが出るようになった俺が唐揚げを作って食べた日のこと

 なんだかふわふわとした気持ちになって、俺は油の鍋を竃の上に戻すと、また唐揚げを揚げ始めた。なにせ、量が多い。どんどん揚げないといけない。

 マコトと俺は唐揚げのにおいに耐え切れず、端から摘み食いをしていった。それでも食べ切れないほど唐揚げが揚がる。


 摘み食いついでに、冷やしていたガジュ酒とエールも開けた。マコトが家から器を持ってきてくれた。エールは香りが良くて、ふんわりと甘い。唐揚げの油をエールの泡で流し込んで、はぁっと息をつく。


 山盛りの唐揚げを前にして、アルコールの高揚感も手伝って、俺はなんだか無性に楽しくなってきて、声を上げて笑った。だって次々に唐揚げが揚がってしまう。マコトも油でべとべとの指を舐めながら、アルコールで赤く染まった頰でくすくすと笑った。


 唐揚げを揚げているうちに、ミノリさんとオーエンさんも戻ってきた。

 二人は言っていた通り、ジグナの実を持ってきた。二人とも指先だけじゃなく唇が赤くなっているので、戻ってくるまでの間に摘んで食べたのだろう。


 意外なことに、ジグナの酸味は唐揚げによく合った。見た目が全然違うから気付かなかったけれど、レモンの代わりになりそうだった。ただ、ジグナを潰して掛けると唐揚げがまだらに赤く染まって、それがやけに生々しい肉感を醸し出し、絶妙にグロい見た目になってしまったため、諦めた。あまり食欲の湧くものではなかった。

 ジグナの酸味だけうまく取り出したりできるだろうか。何か方法があるかもしれない。


 ミノリさんは早速唐揚げを食べたけど、一口食べて複雑な顔をしていた。


「思っていた味と違う。唐揚げっぽいけど、えー、唐揚げって、もっと、こう」

「コンビニとかでいろんな味の唐揚げを売ってたんですよ。ニンニクと醤油ベースのもあったし、こんな感じのハーブ系のもあったし、カレー味とか、あ、唐辛子を使ってスパイシーなのもあったかな。ミノリさんの知ってる唐揚げってどんな味でした?」

「え、えーと……うーん、なんか、もうちょっとこう……」


 ミノリさんはそのまま考え込んで、絶望した顔をしている。


「わからない……思い出せない……食べたの二十年以上前だよ、レシピだって知らないし、わかんない……えーショック、食べたら絶対懐かしい気持ちになると思ったのに……微妙じゃん!」

「無理に食べなくて良いんですよ」

「ううん、食べる」


 なんだかんだ言いながら、ミノリさんは唐揚げを食べた。食べながら、日本の食べ物について思い出しては語っていて、なんだかんだ楽しそうに見える。

 オーエンさんもガジュ酒を片手に唐揚げを食べながら、そんなミノリさんの話を聞いてるだけで上機嫌だ。この人はきっと、例えミノリさんがオーエンさんの悪口を言っていたとしても機嫌が良いに違いない。


 ミノリさんはもしかしたら俺の未練を知って、だから唐揚げを作ってなんて言い出したのだろうか。

 不意にそんなことに思い至ったけど、俺はすぐに答えを出すのを諦めた。

 だって、意味がない。唐揚げを作って食べて気持ちが整理できてしまったのは事実で、それはミノリさんが唐揚げを食べたいって言い出したからというのも事実で、その意図がどこにあったとしてもそれは変わらない。考えても仕方ないのだ。


 食卓にも行かず、炊事場で、お喋りをしながらだらだらと唐揚げをつまんで、お酒を飲んで。

 なんだかすごく楽しい。あのスーパーの帰り道に楽しみにしていたことが、ここでようやくできた気がする。


「シンイチ、『カラアゲ』食べきれないよね、残ったのどうしようか」

「スープに入れると肉と油の旨味が出て美味しいんだよ」

「そうだ、昼間作ったスープもあったね。あとは、お母さんとお父さんにも持って帰ってもらおう」


 マコトは何が面白いのかくすくすと笑っている。きっと酔っ払っているんだと思う。そして上機嫌な顔のまま、俺に笑いかける。


「シンイチはね、すごく頑張ってて、すごいと思う」


 俺も酔った勢いで返事をする。


「俺は……マコトが褒めてくれるのがすごく嬉しくて、だから頑張れるんだ」


 酔ってなければ、多分、こんなことは言えなかった。そして言ってしまってから、酔った頭の片隅のほんの少しの冷静な部分が、恥ずかしさを訴える。

 俺は唐揚げを摘んで口に放り込むと、恥ずかしさと一緒に飲み込んだ。そして全部まとめてエールで胃に流し込む。


「わたしが褒めるのはシンイチがほんとにすごいからだよ。まあ、だから、明日からも頑張ってやっていこうね、見習いくん」

「精進いたしますので明日からもよろしくお願いします、師匠」


 珍しくマコトがふざけるのに合わせて応えると、二人で顔を見合わせて、笑った。

 唐揚げは山盛りで、二人とも酔っていて、無性に楽しくて、俺はこの先ここで暮らしていけると確信していた。マコトが大丈夫と言ってくれるから。

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