第二十二話 鳥の羽を毟らないと捌けない

 この話の後半から、鳥の羽を毟る描写があります。捌く描写は具体的にはまだありません。苦手な方がいたら申し訳ないと思ったので、念の為。

(鳥を捌くのは料理の範疇で「残酷描写あり」には当たらないと判断しています)


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 薪割りを再開して疲れた頃、またちょっと座って休憩して、それから、いつもより少し早いけど夕食の支度をはじめた。

 マコトが戻ったらセマルを捌いて下処理をしないといけない。セマルを捌いているうちに日が沈んでしまうかもしれない。暗くなってからだと何をするのも大変なので、明るいうちに夕食を用意しておきたかった。


 夕食は大抵、簡単なスープで、もう手慣れたものだ。竃の近くに立てかけてある木のまな板を洗って、燻製肉と野菜を切る。明日の昼にはミノリさんとオーエンさんが来る。だから量はいつもよりずっと多めだ。

 そこから火を起こして、鍋で燻製肉を炒めて油を出した後、野菜を入れてそれも少し炒める。それから水を入れて、塩と香草で味付けをしたら後は煮込むだけだ。

 野菜に火が通ったら、鍋を火からおろして、火の面倒を見ながらマコトを待った。


 マコトがセマルを持って戻ってきた時には、日が傾き始めていた。

 足を縛ったセマルが二羽。マコトはそれを炊事場の軒先に吊るす。


「血抜きはすぐにしておいたよ」

「わかった、今からお湯沸かすから、もうちょっと待って」

「先にちょっとだけ水もらうね」


 マコトは水を汲み上げて、汚れを落としに一度家に戻る。戻って手伝うから、と言い置いていった。

 俺も水を汲み上げて大鍋に入れると、それを竃にかける。竃の火を見て、薪をべる。

 お湯が沸くまでの間に、地面に大きなバスタオルくらいの布を敷いた。鳥の羽を毟る時に使っている布だ。


 お湯が沸くよりも先にマコトが戻ってきた。


「二羽も獲ってくると思わなかった。日が暮れるまでに終わるかな」

「一羽はわたしやるから。大丈夫。スープ、作ってあるんだね」


 マコトが、脇に避けてあった鍋の蓋を持ち上げて、その中を覗き込む。


「先に作っておいたら、落ち着いてセマルが捌けると思って」

「ありがと。それなら、心配することないよ。日がこのくらいなら、じゅうぶん間に合うよ、大丈夫」


 火の面倒を見ている俺の脇にしゃがんで、マコトは俺の顔を覗き込む。

 俺は手を止めて、マコトを見返した。俺と目が合うと、マコトは目を細めた。


「ついこないだまで、何にもできなかったのにね。もう一人で料理できるんだから、すごいよ」

「いや、別に……これでようやく人並みくらいだよね」


 マコトはとにかく、俺が何かできるようになることを褒めてくれる。恥ずかしいくらいに。

 褒めてもらえるのは結構嬉しかったりするのだけど、いつも上手い返しができない。


 お湯は沸き始めくらいの温度で良い。大鍋を地面に降ろす。

 マコトが軒先からセマルを持ってきて、片方を俺に渡す。俺はその脚を掴んで、逆さまのまま鍋の中に入れる。湯気の温度で手が少し熱いが、掴んだ脚を離さないままゆっくりと二百数える。

 数え終わったらセマルを鍋から引き上げて、そのセマルをさっき広げた布の上に置く。お湯が広がって、布の色が濃くなる。

 もう一羽のセマルもお湯に入れている間に、マコトは先にお湯に入れたセマルの羽をむしり始めた。


 二羽目のセマルをお湯から引き上げて、それも布の上に置くと、俺も羽を毟り始める。

 毟った羽は後で洗って使うので、布の上に置くようにする。初めて羽を毟った時は、羽毛布団に入ってる羽毛に似てるなんて馬鹿みたいなことを考えたりもした。考えたら羽毛布団の中身は鳥の羽だった。

 羽を毟るのは、思ってたよりも時間がかかる。二人でとりとめなく喋りながら、とはいえ俺はあまり余裕がないので基本的にはマコトが喋るのを聴きながら、ひたすらに羽を毟る。引っくり返して、手羽や脚を持ち上げて。

 マーグンは、立派なものが狩れたと言っていた。集落で捌くのと取り分けはオーエンさんに任せてきたそうだ。


「お母さんは、結局まだセマル捌けないんだよ」


 シンイチはできるようになったんだから、すごいよ、と褒められた。


「全部お父さんがやっちゃうんだよね。お父さんはさ、わたしには全部一人でできるようになれって言うのに。お母さんは一人でできなくて良いのって小さい頃聞いたことがあるんだけどね。あの時のお父さんの言葉は、はっきり覚えてる」


 マコトが不意に手を止めた。俺もつられて手を止めて、マコトを見る。マコトは変に真剣な顔で俺を見ていた。


「『ミノリには俺がいるから、俺がいないと生きていけないくらいで丁度良いんだ』って……あの時は意味がわからなかったけど……正直今はどうかと思ってる、アレ」


 この前会った時にも、独占欲が強い人だなとは思った。心配性で過保護なのは、ミノリさんが日本から突然現れたことが影響しているんだろうなと考えていた。でも、それだけじゃなくて、ちょっとヤンデレっぽい気質がありそうだと感じることがある。今の話みたいに。

 そしてすぐに、余計なお世話だな、と思い直す。子供もいるし、なんだかんだ仲は良さそうだったし、部外者の俺の勝手な心配なんか不要なはずだ、きっと。

 返答に困っていると、マコトはまた羽を毟り始めた。ほっと息をついて、俺も羽を毟る作業に戻った。


 マコトはさすが慣れているからか、仕事が手早い。だいたいの羽を毟って引っくり返して眺めた後、脚と首を持って竃の火に近付けた。こうやってあぶって、毟りきれなかった羽を焼く。

 皮の油が火に落ちて、ぱちぱちと音を立てる。


 俺はまだ時間がかかっている。仕事の速さは後から付いてくるから、まずは丁寧に間違いなくやる方が良い、と前にマコトに言われたことがある。少し焦りそうになる気持ちを抑えて、丁寧に羽を毟る。

 時間をかけて羽を毟り終わった頃には、マコトはもうどんどん進んでいた。


 マコトは鳥を捌き始める前に、大鍋のお湯を持って、炊事場の裏手にある平たく削った石の上に中身のお湯をかける。布で石の上を拭いたあと、今度は井戸から汲み上げた水を掛ける。この石は、セマルを捌くときのまな板だ。

 セマルみたいに肉とか、少し大きなものを切る時は、この石をまな板として使う。


 セマルの皮を炙ると、俺もセマルを石の上に置いた。それから一度竃の前に戻って、地面に広げていた布を羽を包むように畳んで、縛ってまとめた。羽の処理は後で時間があるときにやるので、とりあえず置いておく。

 竃の火の様子を見て、薪を何本か焚べる。


 すっかりと夕焼け空になってしまった。焦らない方が良いとはわかっているけど、どうしても気持ちが焦ってしまう。夕暮れ時の日は足が早い。そして、夜は洒落にならないほどに暗いのだ。

 暗い中鳥を捌くのは、手元が危ない。日があるうちに終わらせてしまいたい。


 マコトの方はもうだいぶ進んでいて、大まかに捌き終わっていた。後はそれぞれ骨を取り除いたり、細かな部位に分けたりするだけだ。

 俺はマコトの隣に立って、ナイフを持った。


「そっちもわたしやろうか?」


 マコトの申し出に、俺は首を振る。焦ってはいるけど、唐揚げのためにこれは自分でやるべきことだと思っている。自分でやりたい。


「頑張って。大丈夫だよ、上手くなってるんだから」


 上手くなっていると言われて、俺は照れくさい気持ちになる。鳥を捌くのはまだそんなに上手くないし、手際もよくないのは自分でもわかってる。

 でも、マコトが大丈夫と言ってくれたこと、料理をいろいろと任せてくれることが嬉しくて、俺は小さな声で「頑張る」と返した。

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