4/Gray Forest

 俺が住む街は、この世界ではちょっとした名所というか、特異な場所として知られていた。人々はこの街を指して『灰色の街』と呼ぶ。

 街自体が灰色、というわけではなく街の由来と周囲を囲む環境にその要因がある。

 この死にゆく大地に、唯一そびえる生命が根付く最後の砦。死した獣の灰を苗床として育つ灰色の森。

 その森が防護壁のように街の周囲を囲んでいることから、いつしか皆がそう呼ぶようになった。


 ◇


 いつものように、俺は今日も天使羽虫狩りへと足を運ぶ。

 いつもと違うのは、謎の少女が見送りをしてくれることだろうか。


 他数人の同業者と共にくたびれたトラックの荷台に乗せられて街を抜け。到着したのは灰色の森の近隣にある集落だった。

  肝心の仕事の内容は集落に天使が現れて手当たり次第に人間を襲っているので、その天使を狩って欲しい。とのことだった。

 現に空を見上げれば、繁殖期の蚊の如く群れた翼の白い影が飛翔している。

 飛び交う翼を観ていると、なぜだか危険だからと穴倉においてきた少女の姿が脳裏に浮かんだ。

 

「おっしゃ、狩りの時間だぁッ!」


 同業者の雄叫びと一斉に銃声が響いて、それを合図に天使狩りの火蓋は切って落とされた。

 途端に紅い火線が空を駆け、物言わぬ羽根と肉塊となった天使が墜ちてくる。


 俺はいつものように、特に気張ることもなく流れるように銃を構えて引き金を引く。


墜ちろFlamma


 俺の魔力を燃料に銃身に刻まれた術式が励起し、銃声とともに青色の燐光が爆ぜる。

 放たれた蒼い星団散弾は、瞬きほどの間に中空を舞う天使たちを捉えて炸裂する。

一度の爆破は大気中の魔塵と天使自身が羽から撒き散らす魔塵と連鎖反応を起こし、凄まじい勢いで光の波が空を覆った。

 そうして光が収まった頃には、周囲一帯に焼け焦げて炭化した天使の骸がと灰が積み上がっていた。


 勝ち目がないと羽虫なりに判断したのか、生き残って天使の群れは尻尾を撒いて逃げ去っていく。

俺はそれを遠目に睨みながら、灰のの積もった地面を横断する。

 撃ち落とした骸を数えていると、エセ魔術仕掛けのマシンガンを脇に携えた蜥蜴混じりの同業者が、こちらに手を振りながら陽気に声を掛けてきた


「随分と手慣れてるな、アンタ。おかげでこっちの稼ぎが減る一方だ」

「そりゃ、悪いな」

「しかし、蒼い魔術使いの狼男、ひょっとするとアンタ“黒い流星”じゃないか?」

 蜥蜴混じりの男は俺の顔と構えた銃を見て、ニヤリと口許を曲げる。


「だったら何だ、そんなくだらない渾名で呼びやがって」

「へへ、アンタほどの腕なら引く手数多だろ?どうして金にもならねぇ小物の天使狩りなんて」

「ちょっとした面倒をな。あんまり街から離れるわけにはいかないんで近場の仕事をしてんだ。幸い、今はカネには困ってないからな。

 だからこれは、退屈凌ぎついでの日課みたいなものだ」

 少女が穴倉に住み着いてはや二週間。少女の安全の確保と監視のために、俺は出来るだけ穴倉の近場の仕事を選んでいた。

 ——それに、俺にはどうしてあの羽虫が悠々と空を飛んでいる姿が目障りで仕方がないのだ。

 

「しかし、また最近増えたな、奴ら」

「稼ぎ時だぜ、いくら小物とはいえど、さすがにこれだけ数がかさめばそれなりに稼ぎになる」

「狩りに熱心なのはいいが、死んだら元も子もないだろう」

「おれはまだ死なんさ、女房の忘形見のガキがいるからな。あいつが一丁前になる前には死ねんのよ」

 男はどこか遠いモノを見るような目で、静かにそう言った。


「そういや気をつけろよ。最近魔導教の連中がアンタのことを嗅ぎ回ってるぜ」

「——魔導教が俺を?なっだってそんなこと」


 魔導教。巷で最近よく聞く新手のカルト集団。確か、魔法の力でもって人類を救済し、新たな世界へと旅立とうとか宣う、胡散臭い最近流行りの新興宗教だったはずだ。


「なんでも、聖女がどうとか。俺にはなんのことだかさっぱりだけどな」

 そういうと、男はおもむろに懐から葉巻を取り出して、口に咥えて火をつける。


「アンタもいるかい、拾いもんだがなかなか上物だぜ」

男は古ぼけた箱から太い葉巻を一本取り出して、俺に差し出してくる。俺はそれを断る旨をジェスチャーでそれとなく伝える。

「そうかい、勿体ねぇな旨いのに」

 男が吹かす葉巻の香りが、天使の焦げた肉に腥く汚染された空気を甘く塗りつぶす。

 その香りが知った匂いに似ていて、俺は懐かしいような、少し淋しい気持ちになった。

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