第三話 『天覧記』
「内海の和を乱す賊の討伐には、内海に関わる諸国が共にして当たるべし。そう天女は申されております」
「島主殿は賊を討つのに
海賊討伐のために
対して
「
当の
「ご安心召されよ、
含みを持たせるというにはあからさまな言い回しだったが、お陰でというべきか、
こうして海賊討伐軍には
討伐軍結成の道筋がつくと、
内海の実力者たちがそれぞれの思惑を抱えつつも、ひとつの目的に向けて俄かに動き出す――
「そこを行くのは、天女様のお付きの下女ではないか」
両手に書物を抱えながら屋形の回廊を歩いていた
「これは
海賊討伐に向けて、屋形の主立った面々は一斉に慌ただしくしていた。
そんな中でただひとり、
彼は
「ちょうど良かった。天女様はいずこにいらっしゃる?」
「申し訳ございません。天女様はただいま、島主様と会談中でございます」
「そなた、その本はいったいなんだ?」
「これですか?」
抱えていた書物の中から
「
「ご存知なんですか?」
驚いた
「
「この本は島主様の書庫にあったものを、私が許しを得て借り受けているのです」
「ああ、島主殿は以前に都に上られたことがあったな。そのときに入手されたということか」
その折には
「いずれにせよ、その本はあまり見せびらかしてくれるな。儂にはどうにも気分が悪い」
「……それはいったいどういう意味か、伺ってもよろしいでしょうか。もしかして内容が禁忌に触れるとか? まだ全部読んだわけではないんですけど」
「いや、安心せい。そういう意味ではない」
心配そうに眉根をひそめる
「『天覧記』がどうこうというわけではない。ただ儂はその作者の名を見ると、胸がむかむかする」
「作者の
そう言い捨てると
「そんなわけないでしょう!」
両手にそれぞれ書物を手にしながら、両足を踏ん張るような格好で、
「
「ローランって、『
背後からの不意の声に、
「ごめん、そんなにびっくりさせるつもりはなかったんだけど」
「ああ、キムか。良かった」
「ほかの人だったらどうしようかと思った」
「何か、聞かれちゃいけないようなことだった?」
キムにそう尋ねられて、
「
「宰師……ヘンショー様の?」
「宰師の側近とか、参謀とかってことよね。そんな登場人物、『大洋伝』に書いたっけなあ」
細い顎に指を当てながらの彼女の台詞は、彼女が書いた『大洋伝』の記憶と照らし合わせてのことだろう。訝しげなキムの呟きに、
「そうでしょう、いるわけないのよ」
そこまで言い切る
だが
「あんまり恥ずかしいから言い出せなかったんだけど」
床から拾い上げた本を両手で握り締めながら、
「
「筆名って、ええ? じゃあローランって、本当はスイのことなの?」
耳まで真っ赤にしながら、
「『
想像もしなかった告白に今度はキムが目を丸くしながら、だが彼女には当然もうひとつの疑問が湧く。
「えっ、じゃあ、でも『天覧記』は? これもスイが?」
「こんなの知らない。『天覧記』なんて書いたことない」
手の内の『天覧記』に視線を落として、
「その上に今は宰師様の側近だなんて。もう、わけわかんないよ」
『天覧記』を抱きかかえたまま、
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