第三章 魔都旻稜
第一話 夢の中
子供が無事に七歳を迎えられたことを神獣に感謝し、今後の健やかな成長を祈願する――それは貴賤を問わずこの世界に広く流布する慣習のひとつである。もっとも大抵は最寄りの祭殿で済まされるものであるが、ことに信心深い
「いよいよ神獣とのご対面だ。気をつけろよ、
年が明けたばかりの
「気をつけるの? どうして?」
小さな身体をすっぽりと
「なにしろ神獣ってのはこの世界を創ったっていう、それはもうとんでもなく偉い奴だからな。もしちょっとでも失礼なことをしたら、お前みたいなちびっ子はひと口で食われちまうぞ」
「
「ああ、お前なんかひと呑みでぱくり、だ」
「
「いやあ、あんまり怯えるから、つい面白くて」
へらっと笑いながら釈明する
「泣くな、
「……
「食べられないよ。大丈夫だ」
「そんなに気になるなら、神官様に聞いてみたらいい。ここに祀られてる神獣ってもんが、いったいどういうものなのか」
なるほどと
慌てて追いかけようとする
「神獣とはそんな恐ろしいものではないよ」
どうやら
「神獣とはこの祭殿の奥深くで、
幼い
「
両手を頭の後ろに回しながらの
「むしろいつまでも神獣の安らかな眠りを妨げぬこと、それこそが儂らの務めよ」
「爺さんたち神官様はそうなんだろうけど、俺たちには関係ない話じゃ……」
「
いかにも高位の神官相手にさすがに度が過ぎると思ったのか、
「関係ないどころか大有りよ。なにしろ神獣が目を覚ませば、この世の全てが消えて無くなってしまうのだからな。
「……全部無くなっちゃうの?」
それまで黙って老神官の話に耳を傾けていた
彼女の問いに振り返った老神官は、今度は慈愛に満ちた視線で
「神獣が眠りについてから既に何百、何千年も経つと言われておる。滅多なことで起きることはない。だがあまりに世の中が騒がしくなれば、ひょっとすると目を覚ましてしまうかもしれん。だから儂らはこの世を平穏に保ち、神獣の夢が続くよう努めねばならんのだよ」
腰を屈めて視線を同じくしながら、老神官は諭すように語りかける。その言葉にいちいち真剣に頷く
「だからみんなで仲良くしろってか。昔のひとは上手いこと言うねえ」
わかったような顔を見せる
「したり顔するのも程々にせいよ。この世界にはまだまだ、おぬしの知らないことに満ち溢れているぞ」
再び
「嬢ちゃん。神獣はかように寝坊助だが、ひとつだけ気をつけねばならんことがある」
「何に気をつけるの?」
「神獣は
「真名?」
「神獣の本当の名前のことよ。その名はこの世の誰も、この儂も知らん。ただこの祭殿のどこかに、真名を記した書物があると伝わるだけだ」
皺だらけの手に黒髪をくしゃりと撫でられながら、老神官から告げられた言葉を、
「もし神獣の真名を知ることがあっても、決して口にしてはいかんよ。その名を口にすれば神獣は夢から覚めて、この世界も泡と消えてしまうのだから」
***
「私、神獣の真名、知ってるわ」
だからキムの告白を聞いたとき、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます