9.変調

ATW84年、3月。

ここが変調の始まりだった。

それまではまだ平穏といって良かった。

俺は頻繁にどこかしらの住人の厄介ごとに対処していたので、そう言っていいのか迷うが。


報告によれば。

シュンはキリのいい時期で学校に入ったわけではなかったが、取り立てて問題はないという。

とはいえ内容によってはほかの種族も参加しているため、文化のすり合わせにも苦労している……。

クラスで浮かないわけにはいかないようだった。

友人がいるのでフォローができている状態、だという。

ひととおり読んだ俺の感想はこうだ。

(こいつは上澄みだ。実態はどうだろうか)



並行して、シュンから少しずつ、ゼーラールに来る前の状況について聞くことができた。

彼の記憶は大まかに二つの場面に分ける事ができる。

一つは移民船に乗る前の、日本でごく典型的な子どもとして暮らしていた時期。

もう一つは、宇宙空間を漂う船の中で暮らしていた時期だ。

前者について俺が想像する限りでは、21世紀前後の時代であるように思えた。

もっとも、それはわかったような事を言っているだけにすぎず、俺は日本はおろか、地球すら見たことがない。

前時代の記録を追認しているだけなのだが。


いくらインタビューをしたところで、「ゼーラール移住計画と、それを可能にした技術革新の理由」という、決定的な欠落を埋めることができなかった。

自身、一通りやっておいて、答えが出ない確信を持っていたのも事実だ。

馬鹿げてすらいる。

他の奴が教えてくれなかった技術力の飛躍の説明を、10代の子供に求めてどうするというのだろう。

俺は、このように職務であれこれ聞きださなければいけない事でシュンに同情を覚えた。

覚えた?たぶん、覚え続けていた、という方が正しい。

周囲の調査に比べてインタビューは不毛だったし、どんなに強要に気をつけたところで、「いかにも重要な事を話せ」というやりとりは、大抵の人には負荷だと思う。

とはいえ、なかなかスケジュールなしでは顔が合わせられなかった。

住居を用意するくらい彼の人生に踏み込んだ、にもかかわらず、だ。


妙に出動が増えていたからだ。


出動基準が何も変わらないのに、件数が目に見えて増加していた。

その増加ぶりは熟練したメンバーにも堪えるほどで、リック達もよく愚痴をこぼすようになっていた。

俺もうんざりしていたことは言うまでもない。

愚痴話に付き合い、休暇どころか、映画を見る時間(俺にとっては優先事項の一つ)すら取れそうにない、と言ったものだった。


ブロンズバックに連絡を取ってみると、民間でも仕事が相当に増えているらしい。

季節変動で済みそうなラインはとっくに超えている。

次の統計報告を見たくない、と思ったのは今回が初めてだった。


そんな疲弊した状況でも、通常の仕事なら取り組める。

だが、とりわけ堪えた一件があった。



俺は、船舶火災に駆けつけることになった。

現状出火原因が不明で、モンスターのせいではないか、という。

コロニアルとプルームだけで組まれたチームで先行する計画になった。


気落ちがしやすい質なのは認めるが、こういう現場は苦手だ。

立ち位置上、まさに消防などが抑え込もうとしている傍らで進める事になる。救助には入れない事が多いが、その場には居ないといけない。

例外はいくらかあるものの、IRGには別途しなければならない事があるからだ。


そこにどうしてもジレンマを感じた。

こんなに葛藤していたら、きっとハンター紛いも偵察も向いていないのだろう。

こんどこそ救助部隊に転属願を出そうか、と思った。



「クソッ、ひどいな」

「ヤバいわね。しかも変なにおい」

現場が視界に迫っていた。思わず言った言葉に、同じように空から接近していたペネロペが、無線で反応した。


海上は、地獄と言っていい状況だった。

激しい黒煙をあげて燃え立つのは船だけではない。海面もまた広範囲に火がつき、波があってもお構いなしだ。

あたりの空気が焦げ臭く、強い油のにおいがした。

すでに懸命な消火が行われていたが、それを上空から邪魔するものがあった。


明らかに人型ではない翼のある生物が、群れを作って飛び回っている。

「海コウモリだ」


海コウモリ。

沿岸の崖に巣を作り、飛び回って獲物をとる。翼を除いた体長がオートバイと同程度あり、なおかつ泳ぐこともできる。

襲撃されれば危ないのは確かで、モンスターとして下位の種にリストアップはされている。

集団で現れた場合、プロのハンターにお呼びがかかる事はままある。


だが、火災とは繋がりが見えなかった。

こいつらは、火災救助が始まった後から乗り込んで来ているという。

となると、大局としては救助を中断するか、海上から可能な限り続けるか、という選択になる。

現状はこちらが抑えられている限りは続行とのこと。

混乱した指揮ではないものの、厳しい選択を迫られていたに違いない。


「海コウモリが油まみれの火を吐くのか?聞いてないぜ」

被害を受けているのは大型漁船で、これから港へ戻るはずだった。

自ら爆発するようなモンスターを誤って水揚げしてしまったのだろうか?

思い当たらない。そんなものなら、業者はともあれ、俺たちは既に知ってなければおかしかった。

もうひとつ可能性があるとすれば、俺たちのような種族のテロリストがいるとか……。

にしては、やり口がスマートではない。

一体どこから大量の油を、バレずに引っ張ってくるというのだ。

全く感知されないように船で近づいて、あるいはあらかじめ潜入して放火するくらいだろうが、わざわざそんな計画をするのも不気味で危険だ。


「最悪だな」

俺は事前の情報が信じがたくなった。

「本当に大型漁船か。タンカーの偽装じゃ?」

「残念ですが……」ミスティーから反証を聞く事は出来なかった。

「とにかく、撃退していこうよ!」

ペネロペの促しには、全くの同感だ。

考える時間などない―少なくとも、動きながら考えなければならない。



この件は手こずるという予想を裏切らなかった。

さすがコウモリと呼ばれるだけの飛びっぷりだ。

個々が接近しては離れを繰り返す。

それが無数にいる。


例えば、海際の町でエサを目当てに飛び回るカモメの集団を全て撃ち落とす事を想像してほしい。

空振りを誘発させてから襲い掛かる戦法を本能的にとっているのかも知れなかった。


そもそも船舶があるので、動き回っても射線に入れた状態で攻撃するのはまずい。

明らかにこちらのスキになってしまうが、そのタイミングを突くだけの賢さが奴らにはあった。

突進してきて、腕や肩口に噛み付くのだ。

俺の皮膚にはそう簡単に刺さるものではないので、振り払って撃退した。

しかし、フェイントが激しい。どの個体が仕掛けてくるかすぐにはわからなかった。


そのうち俺をターゲットにするのは非効率だと学ぶはずだった。

地球で言う、哺乳類相当の知能というのは馬鹿にできない。


さて、どうするか?

正攻法に頼らない方がいいのだろう。



「こんなの……シーカーガンを使う?」

「厳しいな」

「なんでよ、鎮静をかけてこんななのよ。それくらいしかまともに当たらないでしょ」

ペネロペの言う通り、一見して効率の良さそうな武器ではある。

シーカーガンの自動追尾弾なら外すことはほぼ無い。数も足りている。

火災現場に誤射する可能性も無さそうだ。しかし万能ではなかった。

「あれは次弾準備までの隙が大きい。

全員で撃ったとしてもトータルで相応の時間がかかるはずだ」

相手の素早さを加味すると、弾に追尾されながらこちらに突っ込んでくることもあり得る。

ペネロペも分かっていて、苦し紛れに言っているのだろう。


「予測よりバカみたいに数が多いからな……」

俺はもう一匹突っこんできたコウモリをいなしながら言葉を続けた。

「個体数が減らない限りシーカーガンでは余裕がない。

一掃できるまでに俺たちも10回は噛まれることになるな!」

「嫌すぎ……」

「プラン変更になりそうだな。増援待ちか。それまでは目の前の事をやるしかない」


しかも、放火犯は別にいるのだ。

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