7.外周
「もう一回言うけど、ルームシェアってマジかよ?」
エレベーターに乗ったところで、すかさずシュンが口を開いた。
今回は司令室の外、見張りの視界からも外れたところで聞いてきているのは、ありがたいというべきか。
「恩人でもいやだな」
「理由を聞いても?」
「いちいちキザっぽいな」
だが、口は悪い。
シュンは適応力がある方だ。理由を聞けばそれなりに一理あるのが分かってきていた。
「一回りくらい年が離れてるし、なにより別の生き物じゃん。何にもおれにはわかんないんだけど」
「遺伝子レベルの所を嫌といわれるとレスのしようがないな…。」
「…種族は別にいいか」
「いいのか」配慮だろうか、これは。
「年の差一回りって微妙だよ、距離感がさ。親なの?兄弟なの?どっちにしても突然すぎるだろ」
(一理はあるが、こいつは棚に上げる癖があるな。
こっちも全部突然降りかかってきてるのに…)
俺は自身の顎を撫でつつ答えた。
「別に家族にしようってわけじゃあない。非常に心配だが。」
頼み込んだ事項は、あくまで「選択肢として挙げられるか」という事だけで、シュンが拒否すると言えばおそらくそれも受諾される。
ルーツが不明、重要度も不明なので、監視が入ることは避けられないと思われるが…。表向きは自由で、本人にはそれほど制限も入るまい。
自由と言えば自由だが、深く首を突っ込んでくれる機会にも乏しいという事でもある。
(先々を考えたら、俺の部屋でほぼ一択だと思う。
しかし、流石に粘着質な気もするな)
監視しておきたいが、自由にもさせたい。葛藤を自覚していた。
「ふーん」シュンは壁面に寄りかかっている。
「エレベーターすぐ着くぞ」
「公立の部屋ってそんなにダメなの?」
「選択肢としてはあるんだが…」
口頭で説明するのは、あまりにも遠回りにすぎる。
俺はその方角を視線で指し示しながら言った。
「見比べるか?」
俺たちはIRGの施設から地球人の居住区に向かうことにした。
時刻は夜。地区を二つまたぐので距離がそこそこあるのだが、あえて徒歩と交通機関で行く。
シュンはいまだ全てが興味津々なようで、カードキーを出して入出場記録を付けているところやら、諸々の手続き、何でも凝視する。
落ち着きがないなと思うものの、興味を持ってくれるというのは、そう気分が悪い事でもなかった。
「要人警護か?」すれ違う同僚の一人に冗談を投げられた。
「いや」相手につられ、少しニヤッとして答える。「ちょっとしたプレゼンテーションかな」
ゲートを出てしばらく歩くと、オフィス街の寒々しい青の外壁の隙間にはまり込むように、地下鉄駅への入り口がいくつか開いている。俺はその一つを指さした。
「いつも地下鉄なの?」
「バイクだ、職場に置いてる。呼び出されたら全速力で飛ぶ羽目になるが…。
サイドカーつけてないし、あったとしても、お前乗りたくないだろ」
「確かに…、て、彼女いないの?」
「失礼だな」
知っている限りでは、地下鉄の構造は21世紀ころの地球とそれほど変わらないはずだ。
電子切符を買って乗車すれば、町の外周部まで1時間半ほどで行けるようになっている。
ぞろぞろとプラットフォームを通勤客が流れる中、足早に車内に滑り込む。
当然乗り合わせた人々は4種族が入り混じっている。
とはいえ、コロニアルとプルームは閉所をあまり好まない傾向がある。多いのは地球人と獣人たちだ。
シュンは人込みから突き出ている誰かのとがり耳を目で追って、睨み返される。あわてて視線を外したようだ。
「どのくらいで着くの?」
「12駅先だ」
「遠いなぁ…。」
退屈がるのも道理だった。
いくつか駅を過ぎた所で、地下鉄は地上区間に入った。
混雑しすぎた電車では特にできる事もない。
人込み越しの窓から、飛び切り目立つ観覧車が見える。
あとはあまり変わり映えのしない街並みが映った。商店のサイン、看板を持って飛ぶ人々の姿が風景に滑り込み、そして過ぎ去っていく。
それらも乗っているうちに減った。
「だいぶ町の外れだよね」
「一番外側ってわけじゃない。けど、そうだな」
代わりに木々と工場とが混じった地帯に置き換わる。
その奥に迫っているのは分厚い外壁だ。
あんなに混雑していたのに、いつの間にか乗客が半分近くなっていた。
「降りるぞ」
「ひえ」
少年は、柄にもなく間の抜けた声を上げた。
降りたそばから、外がとてつもなく暗く感じる。
先ほどいた中央地区の方角では、ビル街が煌々と輝いていた。
だから、余計にこのあたりとの差が目立つ。
シュンはおそらく暗さに驚いているというより、中央部との落差がきついのだ。
駅の付近は小規模な繁華街だった。地区内の工場労働者が主な客で、目につくのは酒場の看板ばかり。
それが悪いという事ではないのだが。
「見るの苦手か?こういう町」
「そんなわけじゃないけど」
道端にぽつぽつと男女が立ち続け、通行人を見張っていた。
立ち続けているのは仕事のせいでもあるが、見慣れない人間がいたら注意しなければならない、という文化の表れでもある。
一人、コロニアルの女がこちらを見ていた。羽に貼り付けているステンドグラスのような装飾が、胸元の外皮と、その瞳と同じようにギラと光る。
「マシなルートなんだ。聞いたより良くないな」歩調を速めたくなった。「さっさと通り抜けよう」
工業地帯とは逆方向へ繁華街から出ると、住宅街になっている。
…一応なっているのだが、人口密度は低い。空き地だとか、ジャンク置き場が結構目立つエリアだ。
アルマムースを追い回した荒野の方角とは違い、こちらの方角は森林に近い。
水の供給に事欠かない反面、こちら側は市街地にも草木が良く生える。
草木と言えば聞こえはいい。切り開いて何か建てていない限りはうっそうとしてしまうのだ。
道路際もあまり手入れをしないので、草の背丈が高い。
見ると嫌な想像がよぎってしまうのは悪い癖だ。
そんな地帯に地球人の居住区域があった。
お世辞にも良いつくりとは言えない。
4階建てのコンクリート造りの棟はどれも老朽化していた。
黒ずんだ壁には崩れと落書きが目立つ。入り口の手すりは錆び切っていて、その辺に廃タイヤや壊れた家電が放られていたりする。
一応共有部分なのだが、指摘しても解決に至らないのだろう。
外壁と近くの林も相まって、闇の中に建っているという印象だった。
「いくつかある区域で、かろうじて空きがあるのがここなんだ。他は入居待ち、というか空くかどうか」
聞かれる前に先に説明したくなってしまった。
「風情あるね」
シュンが言葉を濁した。
すでに住民の視線を感じる。
「中も見るか」
「…危なくない?」
「住人に寄りけりだとは思うが…俺がいればまあ大丈夫だろう。管理に連絡は入れてあるし」
コロニアルに準備ナシで仕掛けてくるような悪漢は、仮にいたとしても無謀だ。
「よっ、無敵」
「茶化すなよ」
具体的な危険の予感はないにもかかわらず、ぴりっとした空気を感じ続けていた。
この地域。長く住んでいれば銃声の一つや二つ聞きそうで、実際事件記録もある。
結論から言うと、人から勧められる感じではない。
分厚い鉄板のような扉は、極力静かに開けても微かに音を立てた。
狭いワンルームの部屋だった。燻されたような壁紙にはかろうじて花柄が見える。パイプベッドが面積にも関わらず2台置いてあって、これは壊れないかぎり搬出できない。
床は塗りなおしているようだが、別の塗料こぼれらしき跡が重なったワックスの中に封印されていた。
建物自体は少なくとも7、80年はビクともしていない。頑丈さだけはアピールできる。
「えっと」
「いいんだ、取り繕わなくても。戻ろう」
低所得者向けのアパート、と直接言うのは避けた。
いや、後ろめたく感じて、言えなかったというのが正しい。
…それはそれで失礼な気もする。
敷地にいる間、常に住人の気配を気にせざるを得ない。
それが俺の罪悪感に化ける前に、足早に公営住宅を後にした。
俺の家のドアを開けた時も、微かに後ろめたさは続いていた。
比較にならないからだ。
「あー…さっきの見た後だと、すげー広いな…」
集合住宅にひとりで住んでいる。
「3部屋のうち、1つ物置になって実質使ってない。だから、いてもいいって話だ」
3部屋構成で、キッチンなどの基本的な設備はさておき、ソファーを置いた居間と、寝床を置いている部屋があれば十分事足りた。
「もっと意味不明な部屋なんじゃないかと思ってた。階数高いのに階段ないとかさ」
「そういう趣味の奴もいそうだが」言いながら、つい頭をかいている。「たまたまこんな感じなんだ」
国柄はどうかわからないが、かなり地球に近い様式だった。少なくとも出入りするのに自力で重力に逆らう必要はない。
「結局、任務で出てる事が多いから、いないも同然だし。もったいなくてな」
シュンは腕を組んで聞いている。
「なんだろ?
なんか…ズルくね?」
(突かれると痛いな、そこは。)
文脈に関わらずクリティカルな質問だ。
真顔で答えるべき所な気がした。
「格差ってやつを感じる。地球人はみんな貧乏なの?」
「そうでもない。
ただ、地球人は世代を重ねてるだろ…。そのうち、とどまり続けている住人と、出ていった連中との溝が広がった」
プロジェクトが収束傾向なので、新しく住宅が建つわけでもない。
そこまでスラム化していない場所なら、居続けても問題が少ない。結果空きにくくなるのだった。
「俺にも自覚がある。この申し出はかなり卑怯だと思う。
理由がエゴなのはわかってるんだ。
俺は体張った役所仕事だから、そこそこな給料がもらえてる。
ここに住んでおいて、あの公営住宅に行けって言う勇気はなかったし…
そんな残酷な事をする勇気はほしくない」
「んだよ。情が移りすぎだって」
「そうか?」
「見た目の2倍はめんどくさい性格だなぁ。
ケイドさんの給料使いつぶしだもんな。一方的に言ってくるのはズルい」
(格差どうこうというより、恩着せがましいってことか)
わからなくもない。ため息をつきそうになった。
「確かに、あっちは暗かったしぼろかったな」
「シュン。親がいないっていうのは、おおごとだろう」
「あーでも、このでっかいモニターいいなぁ」
「聞いてるのか」
「聞いてるよ。…ちょっと考えさせてよ。ところでさ…」
モニターの裏を覗きながら、こちらを向かずにシュンは次の質問を投げ返してきた。
「ケイドさんは親いるの?もしかしてめちゃくちゃ兄弟いるとか?」
「えっ?」不意を突かれた。「兄弟…別にそういう仕様の生物じゃない。親は、まあ元気にやってるだろ。
なんでそんなこと聞くんだ」
「親居ないって、心当たりあるのかと思った」
なんとも答えづらかった。
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