第31話 底辺冒険者の思わぬ負傷

 黒マントの弓から放たれた魔力の塊が、風を切る勢いでこちらに向かってくる。


「くっ……!」


 予想外のスキルによる攻撃に、ランの反応が一瞬遅れる。

 それでも器用に棍を操ってなんとか刃を重ねるが、競り合うことも叶わず弾かれてしまった。


「な、なぜ……」


 武器を失いたじろいだ様子のランに、男たちがマスクの下から隠しきれない笑みをちらつかせる。


「なぜあなた達がスキルを使えるのですか……? もしや、あなた達……」


「おっと待ちな、嬢ちゃん。まさか俺たちが冒険者だとでも言いてぇのか?」


 違うのか……?

 しかし、スキルは冒険者にならないと使えないはずだ。


「冒険者ではないとしたら何なのです? 今あなたたちが使ったスキルは”アーチャー”の職業特有のもの。それは神魔水晶の儀式によってでしか授かることができない力のはず」


 そうだ。スキルを使えるのはギルドが取り仕切る神魔水晶の儀式によって選ばれた者だけ。

 冒険者以外にスキルを使える人間など存在しない。


「クックックッ……」


 ランの返しがよほど滑稽だったのか、黒マントたちがこらえきれない笑みをうかべる。

 

「ひとつ教えてやろうか? ククッ、神魔水晶はなぁ――触れるだけが使い道じゃねえんだよ」


「なにッ!? それはどういう――」


「そしてッ!」


 黒マントがランの言葉を遮るように叫ぶ。


「そのギルドが大切に保管している神魔水晶……あれだけが全てだと思わないほうがいいぜぇ?」


 悪人にしか放てない邪悪な笑み。

 目を三日月にひん曲げ、下卑た顔つきになる。

 まさかあいつら!


「――闇ギルドの人間か!」


 あ、やばい。つい声に出してしまった。


「え!? なに今の鬼気迫る演技っ!? すごい、ナイスアドリブだよ! ユーヤって役者の才能あるんじゃない!?」


 エルがパチパチと拍手を送る。

 演技もなにも、現在進行形で鬼気迫る場面に巻き込まれてるんだが。


「クク。ギルドの連中は俺らのことをそう呼んでいるのか」


「なぜ闇ギルドの人間がこんなコソ泥のような真似をするのです?」


 ランの言葉に、黒マントの一人が眉根を寄せる。


「フン。これもボスの命令なんでな、仕方なくだ。なんでも”キラキラしたもの”が欲しいんだと。ったく、ガキの考えることはこれだから――」


「ア、アニキ! それ以上はいけませんで! あのガキ、どこで聞いてるかわかったもんじゃねえ。それに早く帰らねぇと……」


 もう一人の黒マントが急に身震いをして慌てだす。

 ボスという単語を耳にした途端、もう一方も体を縮こまらせた。


「そ、そうだったそうだった。帰りが遅いと駄々をこねられて面倒だからな。さっさと片づけるぞ」


 そう言って、今度は俺に矢の照準を合わせ始める。

 なぜだ、なぜ俺を狙う!?


「ユーヤ! あいつらは危険です! さあ早く私の後ろに隠れて!」


 そう言って、ランが地面に突き刺さっていた別の棍を引っこ抜いて構える。


「い、言われなくてもそうするッ!」


 俺はランの言う通りにサッと身を隠した。


「あくまで嬢ちゃんは俺たちの邪魔をするつもりか。いいだろう、まとめて地獄に送ってやらァ!」


 アニキと呼ばれていた方の黒マントが弦を引く。

 すると、空の弓に魔力の矢が生成される。

 またスキルを使う気だ。


「<<連射弓レンシャキュウ>>!!」


 黒マスクが叫ぶ。

 すると今度は、一度の射抜きによって3本の矢が放たれた。

 風を切る勢いでこちらに向かってくる。


「先ほどは不覚を取りましたが、次はそうはいきません。スキルにはスキルで対抗します!」


 棍を握るランの手に力が入るのがわかる。

 そして、矢が自分の間合いに入ってきた瞬間を見計らい、棍の先端に竜巻のように風を集めると、



「<<旋空センクウ>>!!」



 強風を巻き起こしながら一気に振り払った。


「あれはッ!」


 ファイター特有のスキル――旋空。

 主に相手の攻撃を防御するためのスキルだ。

 ランは見た目通りの近接戦闘職だった。


 ランが棍を真横に振り払うと、魔力の矢は豪風に巻き上げられる。

 軌道を捻じ曲げられるようにして弾かれた。


「ふぅ」


 棍を器用に回しながら、トンッと地面に立たせる。

 相手の攻撃なんてなんのその、ランは余裕の決め顔で仁王立ちしていた。


「この私がいる以上、仲間には指1本触れさせません!」


『お、おい……あれ、ヤバくね?』

『なんであのカンフー娘、あんなに堂々としてられるんだ……』


 場が再びざわつく。

 取り巻きの中からは、目の前の光景が信じられなといったように震え声があがる。

 しかしそれは、ランの技の華麗さに驚愕しているわけでも、凛とした立ち姿に見惚れているわけでもなく。


 ラン以外のこの場にいる人間の視線は全て――俺に注がれている。


「お、おい、嬢ちゃん? うしろうしろ」


 間の抜けた顔で俺を指差す黒マント。

 話しかけられたランはそれを鼻で笑って返す。


「そう言って私を油断させるつもりでしょう? 悪党の考えることなど全てお見通しです」


 ランは相手の攻撃を警戒してか、黒マントの言葉に応じない。

 だが、すでに黒マントたちはさっきまでランに向けていた弓をすでに下ろしてしまっている。

 そこに攻撃の意思は感じられない。

 敵であるランから目を離し、唖然として俺を見ているだけだ。


「いや、そうじゃなくてだな。その、カッコいいポーズを決めているとこ悪いんだが……」


「……?」


「嬢ちゃんのお仲間、串刺しになってるぜ?」


「へっ!?」


 ランが慌ててこちらを振り向く。

 そして俺の姿を視認するなり、先ほどの決め顔が嘘のように一気に青ざめた。


「ラン、お、お前……」


 固まるランに向けて、俺はパクパクと口を開く。

 言葉がうまく出てこない。

 状況を整理しようにも、心の動揺と体にはしる激痛が邪魔をしている。



 ただ一つ、これだけははっきりと認識できることは――



 ランが弾いたはずの3本の魔力の矢。

 その全てがこの俺に突き刺さっているという事実だけだった……。


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