第23話 底辺冒険者、泣く


『らっしゃい、らっしゃい!! モモンの実は今が旬!! お買い得だよぉ〜、さあ買った買った!!』


『武器防具、どれも品揃え豊富!! 今なら新人冒険者割引も実施中!! いつでもバイトは募集中!!』


『さあ寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 今大注目、ニーナ王女も愛顧なされているあの”ネコ”が特別に入荷しているよ~!』


 ラストリア東地区。

 大通りの両端に列挙する出店の数々。商人特有の遠くまで響く大きな声。そしてその声に引き寄せられていく買い物客。

 ラストリア中央のギルドハウスを冒険者の拠点とするならば、ここは商人たちの拠点とでも言ったところか。


「う……人に酔いそうだ……」


 今日は月に1度の大市場。

 この日になると、東に位置する商いの都・リシェーズから大勢の行商人たちがラストリアへとやってくる。

 そのため、いつも以上に人通りも多く、普段の賑わいがさらに上塗りされたように感じる。


「本日も大盛況、大盛り上がり! ……ってか」


 しかし、俺の心はそんな活気あふれる光景とは程遠く陰鬱なものだった。


「わぁーっ!? このステッキ、カッコいい!! カッコいい……けど、うーん……色がなぁー。あ! おじさん! このステッキの赤白バージョンってありますか? マントとお揃いの色にしたいんですけど!」


 ピョンピョンと跳ねるブロンドの髪。

 その隣で緑色のフードが気難しそうに揺れる。


「う~ん……『氷結魔法指南書』、『吐血しがちなあなたへ』、『エテ公でもわかる4大魔法』ですか。なかなかピンとくるものがありませんね……」


「ん? なんか今、アリシアに読んでほしい内容の本があった気がするんだが」


 大通りの一角、楽しそうに品定めをする2人の少女。

 それを後ろから恨めしそうに見る男が1人。

 言わずもがなこの俺だ。


「死に物狂いで頑張った結果がこれか……」


 先日のクエストで、ラパン20匹という割と多めな討伐数をあげた俺たち。

 見たことがない金額の報酬に目が眩みそうになったのも束の間、当初の約束通り、その報酬はエルとアリシアの2人で山分けとなった。


 なので俺は今、いつも通りのすっからかんな財布を握りしめながら、2人が楽しそうに買い物に興じる様子を見させられているというわけだ。


「いいか? もう一度言っておくが、あくまで冒険に役立つ物を買うって約束だからな? 余計なもん買ったらただじゃ置かないぞ!」


 エルとアリシアはそんな俺の忠告を聞いてか聞かずか、一方は魔道具、もう一方は魔導書を夢中で漁っている。


「折り畳み式マジックボックス!? こ、これくださいっ!!」


「おいこら、値段を見ろ値段を! どう考えても予算オーバーだろうが! というかそんなでかいの何に使うんだよ!?」


「え!? 2個買うと1個タダなの!? 迷うなぁ~」


「……」


「『バリー・ボッタクリーと賢者の石』……こ、これは名作の予感がします!!」


「えーっと、アリシア? それは本当に魔導書なのか……?」


「なになに……バリーがあらゆる手段を使って賢者の石をぼったくるお話、ですか。面白そうですね……買っちゃいましょうか……」


「……」


 このとおり、俺のツッコミすら届かない。

 もはや冒険に役立つ買い物というよりも、ただの趣味全開のショッピングになりつつある。


「なあおい、別に俺が同伴しなくてもいいだろ。東門前の広場で待ってていいか?」


 さっきから店主が『おや? 君は買わないのかい?』と言わんばかりに手もみをしてこちらを見つめてきている。

 早くこのばつの悪さから逃れたい。

 しかし、エルとアリシアは俺の言葉を無視して品定めを続ける。


「こ、これはッ!? あの伝説のマジシャン、ヴィーデが使ってた”不思議のトランプ”!? まさかこんなところでお目にかかれるなんて」


「『魔女の配達屋』!? こちらも捨てがたい、ですっ!」


「おい聞いて――」


「あーっ!? あっちにもお店いっぱいあるじゃん! 行こーよ、アリシアちゃん!」


「ですね! 掘り出し物があるかもしれませんし!」


「なあ、おい――」


「「ちょっと静かにして(ください)!」」


「えぇ……」


 立ち尽くす俺。

 ショックで一瞬立ち眩みのように視界がぼやけたが、すぐに持ち直す。


「おいこらいい加減にッ!」


 再び顔を上げる。


「しろ……よな……」

 

 だが、その時にはもうエルとアリシアの姿はどこにも見当たらなかった。

 あとには、客がいなくなってちょっと寂しそうな店主と俺だけが残される。


「そこの兄ちゃんはなんか買っていくかい?」


「…………」


「おーい、兄ちゃん……?」


 俺の目の前で手を振る店主に背を向け、ふらふらと東門に向かって歩き出す。

 その足取りは不安定でおぼつかない。

 楽しそうな声があたりから聞こえてくるたび、周囲の色がかすんでいくのがわかる。

 

「あれ、なんか急に視界がぼやけてきたな……」


 暑くもないのに頬を一筋の汗が伝う。

 お、おっかしいなー……。

 べ、べつに無視されたくらいどうってことないのにな~……。

 あはは、あは……。


「うぅ……」


 心の中では笑っていても、口から漏れるのは嗚咽だけだった。


「汗がこぼれないように、上を向いて歩こう……」


 俺は賑わい行き交う人々にぶつかりながら、失意の中とぼとぼと大通りをあとにするのだった。


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