第11話 底辺冒険者の勧誘(誘拐)術③

 何はともあれ、ダメ元でやった勧誘作戦によって予想以上の大物を釣り上げることに成功した。

 あとはアリシアと正式に契約を結ぶだけだ。


「もう少し……もう少しで……上級冒険者が我がもとに……」


「ユーヤさん? 今なにかおっしゃいました?」


「え!? いやいや何でもない何でもない! ……ただの独り言だ」


 この誘拐……じゃなかった、勧誘作戦が本人にバレてしまっては元も子もない。

 無論、エルにもだ。

 エルはこの勧誘作戦に最初は反対していたのだが、新しい魔道具を買ってやるとうそぶいたらまんまと話に乗ってきた。


 もちろん魔道具を買う金なんて用意していないがな!


 


「とりあえずここにいれば安心だから、ゆっくりしていくといい」


「ユーヤ! 勝手に俺の店を私物化するな!」

 

 ライナーが俺の手を払いのけて突っかかってくる。


「別にいいだろ、減るもんじゃないし」


「客足が減るんだよ! もうすでに誘拐事件と流血沙汰に巻き込まれてるんだぞ!」


「流血沙汰は俺と関係ないだろ! ……あ、言うまでもなく誘拐事件とも無関係だ」


「あくまでシラを切るつもりなんだな……。どうせまたエルちゃんを焚きつけて利用したんだろ!」


「エル? 誰だそいつ? 俺はずっと一人で冒険者をやってきたが?」


「コイツ……ほんと救えねぇな……」


 エルには引き続き冒険者探索をするように言ってある。

 ここでエルとアリシアが出くわすのはライナーもいる手前非常に面倒だからな。


 何を隠そう、エルが誘拐犯として逮捕され、俺とアリシアで悠々自適な冒険者ライフを送る――これが、”新人冒険者融解作戦”の全貌だからだ。

 まさに一石二鳥の素晴らしい作戦に、我ながら感心してしまう。


「さあさあアリシア、こんな堅物は置いといて、とりあえず俺とパーティーを組むための契約書にサインしてくれ」


 俺は懐から1枚の紙を取り出す。


「なッ!? お前そんなもんまで用意してるのか!?」


 俺が手にしているのは、各国に遍在する冒険者ギルドが発行している契約書。


 元は、冒険者の他国へこ流出を防ぐ目的で王国が導入した物である。俺やエルが先日行った冒険者契約もその一種だ。

 魔王討伐以降、冒険者と依頼人との間でトラブルが多発した。約束を反故にしたり、相手を騙したりといった悪辣な行為が目立つようになったのだ。

 それらを未然に防ぐための契約書。もし契約を破るようなことがあれば、厳罰に処される。


「今の時代、コレ無しで冒険者家業は務まらないぞ」


「それはお前みたいな悪人が増えたからだろうが。役人にしょっ引かれる側が使ってどうする」


「大丈夫だ。超えてはならない一線はちゃんとわきまえてある」


「そうか。お前の中では誘拐が悪事に入らないことがわかった」


 魔王討伐以前は、契約による堅苦しい縛りなどなく口約束のみでパーティを組むこともあったらしい。

 今でも基本的には口約束ではあるのだが、一方で、同業者によるメンバー引き抜きを恐れて事前に契約を交わす冒険者も増えてきた。

 世の中は契約社会へと転換しつつあるのだ。


「えっと……。とにかく、パーティーを組むには契約が必要なんですね……! 知らなかったです!」


 ポンと手を叩き、アリシアが納得したように頷く。


「アリシアちゃん、別にパーティー組むのに契約なんて必要ないからね。アリシアちゃんに逃げられないようにこいつが勝手に書かせようとしているだけだから。だいたい、こんな底辺冒険者と組んだら後が大変だぞ」


 ライナーがそう言って俺を指さす。


「ていへん、ぼうけんしゃ?」


 アリシアがくりっと首を傾げる。


「そうそう、底辺冒険者。その名のとおり、ダメダメ冒険者のことだ」

 

「おい、余計なことを言うな!」


 俺が底辺冒険者であることは契約したあとでやんわりと伝えるつもりだったのに!

 これじゃアリシアが心変わりしてしまう!

 俺は頭を抱えてうなだれる。

 しかし、アリシアの返答は意外なものだった。


「いえ、全然大丈夫です。むしろ……私は嬉しいんです!」


「はぁッ!? うれ、しい……?」


 予想外のアリシアの言葉に、ライナーがキョトンと目を丸くする。俺も耳を疑う。

 俺みたいな底辺と組むのが、嬉しいだって……?

 アリシアはその白い頬に少し熱を持たせて微笑む。


「はい、嬉しいです。病弱で、気が弱くて、何にも取り柄が無かった私をこんなに必要としてくれるなんて……」


「そ、それはッ! アリシアちゃんが上級職だからユーヤが利用しようとしてるだけだ!」


「もし……もし万が一そうだったとしても、私は嬉しいんです。これまでの人生で、私が必要とされたことなんてなかったから」


「うっ……アリシアちゃん……」


 汚れを知らない少女の、純粋で、それでいて儚げな笑顔。

 その眩しさにあてられて、ライナーは言葉を詰まらせる。

 よし、今がチャンスだ。


「ま、まあとにかくそういうこった。部外者は引っ込んでるがいい」


「ぐっ、てめぇ……」


 シッシッ、とライナーを手で追い払う。


「アリシア。さっそくだが、この契約書にサインを頼む」


「はいっ!」


 アリシアは俺から大事そうに契約書を受け取ると、冒険者生活をスタートさせる喜びを噛みしめるように、ゆっくり、そして丁寧に自分の名前を書いていく。


「アリシアーナ……フローレス……っと。はい、書けました! あとはここに血判を――ゴフッ!?」


 アリシアが具合の悪そうな咳をすると、一瞬にして契約書が赤く染まった。

 もちろん魔法などではない。

 アリシアの口から勢いよく吐き出された血液によるものだ。

 机に再び血しぶきが舞う。


「アリシアちゃん、やっぱり施療院に行ったほうが……」


「だ、大丈夫です。血なら吐き慣れてますので……!」


 アリシアが生気のほとんど残っていない顔を無理に引きつらせて笑う。

 2度目ともなると吐血にも慣れるものだが、吐血した本人がニコニコしているのは何度見ても慣れない。


「えっと……血判……これで、足りますか……?」


 俺は不気味に朗らかなアリシアの笑顔に少々引き気味になりながらも、契約書を受け取る。


「あ、ああ、十分すぎるくらいだ……。文字も見えないくらいに真っ赤だしな……」


 血がついてない部分をつまんで持ち上げると、紙に染みきらなかった血が机にヒタヒタと滴り落ちた。

 契約書の文字はおろか、アリシアの名前さえ判別不可能だが、一応ギルドハウスの方に持っていこう。


「俺は今からこの契約書をギルドハウスに届けてくる」


 血がべっとりとついた契約書をヒラヒラと乾かしながら俺が立ち上がると、


「あ、私も行きま……うぷっ」


 アリシアも立ち上がろうとするが、口に手を当てて座りこんでしまった。

 あの様子では連れて行くのは難しそうだ。


「アリシアはここで休んでいてくれ。ライナー、アリシアを頼む」


「偉そうに命令するんじゃねえ……と言いたいところだが、この状態のアリシアちゃんをほっとけないしな。今回だけは頼まれてやる。だが、早めにエルちゃんに詫び入れておかないと痛い目を見るぞ」


「フッ、だからさっきから言ってるエルってのは誰なんだ? 俺はそんなやつ全く存じ上げないんだが」


 俺は上機嫌なスキップで出口へと向かう。


「きっと今ごろ、アリシアを誘拐した天使とやらは、新人冒険者誘拐容疑かなんかで逮捕されている頃だろう。はっはっはっ、いい気味だ!」


 わざとらしく高笑いをあげながら、勢いよく扉を開け放った。

 


 これから始まるのだ! 俺とアリシアの輝かしい冒険者生活が!!



「ふーん……そういう事だったんだ」


「え――」


 聞き覚えのある声に思わず息を呑む。

 逆光に照らされて、一人の少女が俺の行く手を遮るように立っていた。


「あっ、天使さん!」


 アリシアがその姿を見て反応する。

 白い上下服に金色の髪。そして体に纏った特徴的な赤白マント。

 天使――などではもちろんない。

 新人冒険者誘拐作戦の実行犯にして、ラストリア随一の天才……何とかマジシャン――エルその人であった。

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