底辺冒険者ライフを戦力外娘とともに! ~パーティー組んだらますます弱くなった件~

ゆ♨

パーティー結成編

第1話 底辺冒険者の朝は早い

 暖かな日差しが街を照らす。

 子供たちは元気に外を駆け回り、市場の方からは商人の売り文句が風に乗って聞こえてくる。

 今日も街は賑やかだ。

 しかし、そんな活気からは取り残されている人間がここに1人。


「皆のもの席につけ。これから緊急会議を始める」


 両手を顔の前で組み、厳おごそかな雰囲気を漂わせる。

 全身汗まみれのまま椅子に腰かけた。


「「皆のもの』って、わたしとユーヤしかいないけどね。ていうか、ユーヤはなんでそんなに汗だくなの?」


「俺のことはいいからさっさと席につけ、エル」


 エルはふわぁと1つあくびをすると、向かいの椅子に座った。

 ここは街外れに位置する木造小屋。

 ベットが両隅に2つ。それ以外には机と椅子が2脚置かれただけの簡素な小屋だ。

 その机を挟むようにして俺とエルは向かい合う。


「では、会議を始める。議題は――」


「お金でしょー」


「うむ。そのとおりだ」


 緊迫した空気を弛緩させるように、エルがまた1つあくびをする。

 能天気なやつだ。


「我がパーティは今、厳冬の時期を迎えている」


「外はこんなにポカポカなのにね〜」


 外から差し込む日の光を浴びながら、気持ちよさそうにエルが微笑む。

 肩の高さで整えられた金髪がサラサラとなびいている。

 暖かな陽気にあてられて、エルのまぶたは今にも閉じそうだ。


「おい! 寝るんじゃない!」


 どうやらエルは俺たちが危機的状況下にあることを理解していないらしい。

 俺はコホンと1つ咳払いして、呆けているエルの意識をこちらに戻す。


「それで、今回の議題なのだが、我がパーティが……」


「ねえ」


「なんだ? エルよ」


「その変テコな喋り方やめてよ。なんか、その、気持ち悪いよ?」


「キモッ!?」


 エルはそう言ったっきり、枝毛をいじり始める。

 つまんなそうにしている顔も、見てくれが良いせいでサマになっているのが腹立つ。

 黙ってつっ立っていれば、スタイル抜群金髪美少女で通るものを……。


「いい加減にしろよ。これはまさしく俺たちの冒険者生活にとって重大な局面であるから、こうして会議を開いて――」


「とか何とか言って! どうせまた、お金が足りなくなったらどーしよーってやつでしょ。いまは別に借金してるわけじゃないんだから、会議なんてしなくていーじゃん! ブーブー!」


 エルが子供みたく口を尖らせて不満を漏らす。

 今日はやけに不機嫌なご様子。朝早く起こされたのがよほど気に食わなかったらしい。


「はぁ……。このどアホが。『お金が足りなくなったら〜』なんて悠長なこと言ってる場合か。現に今ッ! 金が足りない状況に陥おちいっているのがわからないのか」


「ふぇ!? なにそれどゆこと!?」


 エルの寝ぼけ眼が一瞬にしてカッと見開く。

 こいつ、やはり知らなかったか。

 俺は額の汗を拭いながらエルに問いかける。


「エル。この時期、冒険者ギルドで行われているイベントと言えば何だ?」


「え? えっとね~……あっ! 新人冒険者の募集でしょ!? いや~懐かしいな~。去年の今頃、あたふたしながらギルドハウスの前に並んだもんだよ〜」


 そう言ってエルがしみじみとした表情で頷く。


「そうだ。この年始めの春、冒険者ギルドが新人冒険者の募集を行う。お前が並んだというのは、神魔水晶しんますいしょうによる覚醒の儀式のためだな」


 冒険者はなりたくてなれるような職業ではない。

 モンスターと命のやり取りをする危険な仕事ゆえ、その選別が神魔水晶によって行われる。

 言うなれば適性試験のようなもの。

 水晶によって能力が開花しなければ冒険者にはなれないのだ。

 およそ1年前、俺とエルは神魔水晶による儀式を受け、冒険者としての資格と能力を獲得した……のだが。


「それでだ、エル。お前、その儀式の終わりに金を払ったのを覚えてるか?」


 俺の質問に対し、エルが嫌なことを思い出したように顔をしかめる。


「もちろんだよっ! 冒険者登録料が必要だとかなんとか言われて、故郷のみんなから貰ったおかねもぜーんぶギルドに取られちゃった……。『これが都会のきびしさか……』って途方に暮れたよ〜」


 昔の記憶を心の傷と共に掘り起こし、エルがその大きな目を潤うるませる。

 エルはここから遠く離れた村出身の田舎娘いなかむすめ。

 冒険者になることを夢見て、アストラ王国のお膝元ひざもと――ここラストリアに上京してきたのだった。


「それで? その冒険者……なんちゃらがどうかしたの? わたしちゃんと払ったよ?」


「あーそれな。厳密に言うと、冒・険・者・登・録・料・だ・け・で・は・な・い・んだ」


「うん?」


「お前が去年払ったその金、冒険者登録料と冒険者契約料が一括になっている」


「へぇー、そぉなんだー」


「そしてお前が払った冒険者契約料は1年分だ。これがどういう意味かわかるか?」


 俺からの問いかけにエルは一瞬首を傾げるが、意外にもすんなりと答えを導きだした。


「それくらいアホのわたしでもわかるよ。わたしが払った冒険者けいやくりょー、だっけ? それが1年分しか払われてないってことは~……」


 大きく息を吸い込む。 


「登録から1年たったらその契約が切れる、ってことでしょ!」


 どうだと言わんばかりに鼻を鳴らした。

 いや、合ってるんだけどリアクションが間違っているというか……。

 残念なことに、アホの子エルには自分の置かれている状況までは理解しきれなかったようだ。

 仕方ないから教えてやろう。


「お前の言うとおりだ、エル。冒険者契約は1年ごと。つまり、冒険者契約料は1年ごとに払わなければいけないんだ。契約を更新しなければ、水晶により開花した力を失うことになる」


「ふ〜ん……」


 エルが興味なさそうに相槌を打つ。


「そして、その契約期限があと3日と迫っているんだなこれが」


 俺の言葉を把握するのに時間がかかったのか、エマは『やっぱわたしと関係ないじゃん』と悠然とした態度をとっていたが、しばらくすると急に体が強張ったように震え始めた。

 余裕の表情からはみるみる血の気が引いていく。


「って、うえぇぇぇ!!? なにそれ初耳なんだけど!?」


 机を飛び越える勢いで俺に顔を近づけるエマ。

 やっと状況を理解したか。


「初耳も何も今初めて言ったからな。当然だ」


 水晶による能力開花の効力は1年間続く。

 逆を言えば、1年経つとただの一般人に逆戻り。その能力を維持するための冒険者契約料なのだ。

 契約料も払えないような底辺は冒険者なんて辞めちまえということらしい。


「ユ、ユーヤ! なんでもっと早く教えてくれなかったのぉ!?」


 涙目で訴えるエルに、俺は震え声で応じる。


「実は俺もついさっき思いだしたんだ。今朝、太陽の光を浴びながら『そういえば、俺が冒険者になった日もこんな天気だったなぁ……』なんて思い出にふけっていた時にな」


 冒険者契約料の未払いを思い出した時は、それはもうめちゃくちゃ焦った。

 寝ているエルをすぐにでも起こして泣きつきたかったくらいに。

 ただ、それだとあまりにも情けないので、いったん冷静になるために街を一周走ってきたというわけだ。

 爽やかな朝に俺が汗だくでいるのはそのせいだった。


「というわけだから、行くぞ。エル」


「え? 行くって……どこに?」


「ギルドハウスに決まってるだろ」


「でも、おかね無いんじゃ……」


 エルの言うとおり、確かに金はない。

 だが調達する術ならいくらかある

 できればギルドハウスに着くまでには決着をつけたいところだ。


 ――”最終手段”だけは使いたくないからな。


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