黒き獣は藤の花に溺れる

澪華 弥琴

第1話『可憐な怪物』

 初めて姿を見た瞬間から目を奪われた。

……彼女はキレイだった。自分よりも体格のいい男達を涼しい顔でなぎ倒していくそのさまはとても。

 青い髪に青い瞳。服から除いた白く細い腕からは想像できないほどの力で次々に殴りかかってくる男達を軽々と倒していくのだ。

 藤野遥(ふじのはるか)。実力テストをトップでパスし、自身の就任初日に先輩達をなぎ倒していった《可憐な怪物》としてその名を轟かせたその人がこんなにも美しい人だとは誰が思っただろう?

 そして、その有名なその人は自分たちの就任初日に先輩だけでなく自分達を含む後輩をも想像出来ないほどの実力を見せつけて倒していく。彼女の周りには殴られて倒れ込み唸っている男達が転がっていた。


 ……そんな就任初日から数日後。その彼女が自身の小隊を持つと言う話を聞いた。そして自分達の就任式のあの惨劇はその小隊に入れる品定めだったと言う話も同時に流れた。

︎ 彼女の若さで一つの小隊を持つのも異例中の異例らしいが、誰もがその実力を知っているからこそ当たり前の事だろう。と、自分は知らぬ顔をした。

 目立ちたくもなかったし、何より関わり自体ない。強いて言うなら就任初日の歓迎会で剣を少し交えただけだ。

 確かに彼女は強かった。けれど自分には目指す場所がある。そのために強くならなければならないのだ。出来れば関わりたくない。そう、思っていた……なのに。


「クロナ・クルセイド! 私の小隊に入りなさい!」


賑わいを見せる食堂の一角で高く大きな声が響いた。その声の持ち主は藤野遥その人で、そして間違いなく自分の目の前で自分の名を呼び、その顔は自信に満ちていた。

 まさか自分に……?なんて思ってもいなかったオレは呆気にとられ、持っていたカレーを運んでいたスプーンを落とした。

 まさか自分に声をかけてくれるなんて、感動や歓喜の呆気ではない。何故オレなのか……と、言う困惑の、だ。

 カランッと金属が落ちる音でふと、正気を取り戻したオレはすかさず目を瞑った。

 目の前に居るその人はとても瞳を輝かせて返事を待っているように感じる。小さくため息をついたオレは目を開き淡々と声を出した。


「何度も言いましたがお断りします」

「何でよ!?」


 そんなことを言われても……と思いながら落ちたスプーンを拾い彼女を見る。彼女は頬を子供のように膨らませながらブーブー文句を言っていた。

 正直な所、こんなやり取りはもう数回目になる。はじめは丁寧に、段々と強引になってきたように思えるぐらいのやり方だ。

 何度も何度も断っているのにもかかわらずやってくるのだ。


「大体、断らないと思った理由が聞きたいです。何度も断っているのに」

「私がクロナさんをほしいから」


 ドキリとするぐらい真剣な声で言われて目を見る。目が合えばへラッと笑って「強い人好きなの」と付け足した。

 何度目かのため息をついたオレはにっこりと笑って「お断りします」と告げた。

 その答えが不服だったのか彼女はまた頬を膨らませて我が儘を言う子供のように地団駄を踏んでいた。

 ……これが、実力テストトップレベルの人間なのか……。


「すみませんが、食事中です。退去願いたいのですが?」

「諦めないわよ!絶対!」


 丁寧に言い伝えると悔しそうにむっとした顔をしてまるで雑魚の悪役が言うお決まりの捨て台詞を言うように「覚えてなさい!」と言い放ち、彼女はその場を去って行った。

 嵐のような人だ。第一印象とは打って変わって、彼女の印象は《嵐のような人》に変わっていた。

 深いため息をつき、落としたスプーンの代わりを拾いに行こうと席を立とうとすると、「ほい」と真新しいスプーンを差し出される。


「今日も熱烈な告白だったなぁ」

「そう思うなら止めてください」


 苦笑いを浮かべながらそう言い放ったのは赤く長い髪をひとつに束ねた男性……藤野遥の夫である藤野龍騎(ふじのりゅうき)だった。


「悪いとも思っているし、止めようともしてるんだけどなぁ」


 差し出されたスプーンを有り難く受け取りながら小言を言い残った食事に手をつけ始めた。

 そんなオレを見てちゃっかり隣の席に腰を下ろすと止める気もない言い方をする。

……食えない人だ。


「そもそも何故あんなにオレにこだわるのかわからない。他にも良い要因は居るはずですよね」

「ん、まぁ……こだわる理由は俺にもわからない……が、あいつがこだわる理由なんて多分大したこと無いぞ?」

「ならなおさら、です。お断りします」


 笑う。楽しそうに。この人は彼女の事を話すときとても楽しそうに話す。

 そんな彼を見ながら食事を終えたオレは立ち上がり何度目かの言葉を言い放ちその場を去った。


 そう、自分以外にも居るのだ。

 迷惑な話だ。それでもそんなオレの気持ちを知らずに、それからも彼女はやってくる。毎日、毎日、至る所に。

 そんなオレの気持ちとは裏腹にそれからもほぼ毎日、彼女たちに振り回された。


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