【14 奔走】
予想以上に設置されていたアンチソフトの罠。しかしどこかの誰かさんのおかげで相当数が片づいた。これで今夜の仕事が少しは楽になる。
「露払いも楽じゃねえな」
女は砂嵐しか映らなくなった端末を、ハブごとチガからジャックアウトさせ、指定された区画のゴミ箱に捨てた。ワイヤード上でバックドアからドメインへ侵入されたら、と懸念はしたが、その程度が見破れない掃除屋を奴が寄越す訳もない。
各々の仕事は、限りなく個人事業に近い。
小道具備品の仕入れと整備保持。先だっての各種工作準備。回収ポイントの確保。セーフハウスの提供や当日までの警護に。特に電子戦関係は、女にも全容がつかめない。横の繋がりがあってもいいようなものだが、連絡は全てヤツを経由して送られてくる。手間が掛かる分、その方が余計なミスを回避しやすいとは、創業者であるヤツの弁だ。
なによりこの業界で、使い捨ては割と重宝される。
無能と知れたら切り捨てるまでの話だ。
「――
足早に次の目的地へ向かう。使い道が定まらず、とりあえずで設置されたロッカー通りは相変わらず薄汚い。ロクデナシどもが屯する、ある種懐かしい風景がそこに広がっていた。駐在員の摘発業務は、ここでは有名無実化している。
楽な商売だ。
指定されたチガに端末を接続。ロッカーのナンバーを入力し、例のピッキングカードをリーダーに通す。施錠中を示す赤いランプは灯り続け、回らない料金スロットとは裏腹に、かすかに小さくガチャリと音がした。中に妙なモノが入っていないことだけを祈って、一気にロッカーを開ける。
その瞬間に端末が震えた。
ショートメッセージを開いたとき、女は苦い顔を浮かべる。
「あんの野郎」
女は急いでロッカーからスポーツバッグを型抜きし、再度リーダーにカードを通して戸を閉めた。無言でその場を後にすると、通りかかった若い駐在がそしらぬ顔でそっぽ向く。たぶん、ヤツの指示でこの荷物を用意したのも彼だろう。
ヤツはこの土壇場で、新人を現場に入れると抜かしてきた。
冗談ではない。
事前の通知が遅ければ遅いほど、臨機応変な対応も難しくなる。それが見ず知らずの新入りともなれば、十中八九おたがい足を引っ張る。直接現場を受け持つ身からすれば、実に憎たらしい仕打ちだった。できることならば、現場に入る前に捕まえて、説得して、どこかへ追い出しておきたい。
ヤツの私腹を肥やすために、これ以上の労を負うのは御免だ。
「帰ったらあの白いツラ、青くなるまでぶん殴ってやる」
化粧室でスポーツバックに収められている予備端末を取り出し、簡単な動作確認しながら、女はそう決意した。
端末はどれも見た目は真新しいが、内蔵されているステータスはすでに解約から相当数月日の経過したもので、ご丁寧にダミーの経歴だけは復旧させてある。その日限りのデコイには持って来いの代物だが、長く使いすぎれば勘のいいオルガニストには嗅ぎつかれる。
下手を打てば自身も危うい。
二駅ほど徒歩でショートカットしようとしたが、早々に諦めることになった。成熟しつつある豊満な体つきが男を誘うのか、はたまた職業熱心な性格が知らぬうちに商売敵を増やしたのか、複数の足音が絶えず後方から聞こえてくるのだ。
途中下車と再乗車利用して二、三人を撒き、残りの一人を乗り換え連絡路内で昏睡させると、すでに十分以上のロスが生じていると。
「舐めたマネしてくれやがって――」
なにもかも見透かされた上で、みんな泳がされてる。自由の身だと思わせて、その実、収穫の日までいいように肥やされる。
ムカつく。
中央駅で降り、女は件の新人に持たせたという荷物を回収しに行く。変装用の衣類と、経路支持の詳細。改札を抜けると端末に二つのメッセージが届く。
一つは依頼人の、ロクでもない概要と表向きの経歴。
もう一つには、今日から入荷する予定の新機材とその使用法が指示されていた。
「
そうか、奴は副業も今日中に片づける気だ。
女は、チョコレート色の頬を歪ませて、早足で目的地へ足を進ませた。
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