episode 2 ー映画と相談ー

ーーーー遡ること数時間前。


今年の春に新卒で入社してから2ヶ月。

入社といっても大学4年の春に内定をもらってからインターン生として働いてたからほんとはもっと長いんだけど。


少し残業して通い慣れた帰り道を歩いていたときに奴からメッセージがきた。


『20:30に新宿の映画館で。』


五十嵐棗いがらし なつめ、私の同期。高校卒業後にイギリスに行ってたとかで、学年は同じだけどたしか歳は一個上。


私よりもはやく内定をもらっていた五十嵐は私が出席した会社説明会に社員として出ていた。

ずいぶん若い社員がいるなとは思っていたが、あとから同期だと聞いたときはびっくりしたものだ。


まぁうちはベンチャー企業だからインターン生だとかは関係なく、成果を出せる人には仕事がふられるんだけど。


そのとき見学していた彼は、今年から新卒採用のプロジェクト責任者になっている。通常の業務とは別に、ね。


入社してすぐにかなり重要なプロジェクトの責任者を兼任なんてどんだけできる奴なんだ。本当にむかつく。


そんな彼からの映画のお誘いのメッセージだけど、私と五十嵐はそんな仲じゃない。


かなり前に一度だけ他の同期とご飯に行ったのと、人事系の仕事も彼の管轄なので「最近仕事や人間関係はどう?」という軽いヒアリングでインターン生のときに電話をしたぐらい。


なんで?明日も仕事だから厳しい、と送る。


すぐに返事がきて見てみれば、どうやら相談に乗って欲しいらしい。


いつも自分で仕事を完璧にこなす奴が相談?

なんのことだろうと少しだけ気になる。


なんで私なんだろう。

私と五十嵐の関係なんてただの同期の一人にすぎない。

もっと他に相談できるやつなんてたくさんいるのに。



******



どうしようかなと少しだけ考えを巡らせる。


隙がない仕事をする奴を思い出す。

感情が抜け落ちているんじゃないかと思うほど論理的で淡々としている五十嵐は無駄がなく仕事がしやすいのだ。


敵にすると厄介だが、味方にすると頼もしい。

ただ、プライベートだと話は別。


話が続くイメージがないし、なんと言ってもそこそこ容姿がいい奴と二人で出かけるとめんどくさいことになりそうな予感しかしない。


でも平日のレイトショーだしこの時間から会社がある表参道から新宿に向かう社員なんてそんなにいないだろう。


まぁここで借りを作っておくのもありだな。

そう思って分かった、とだけ返信しておいた。



******



20:30よりも少し前に新宿駅東口の改札から出た。

出口から見える暗い空から雨が降っている。


傘をさしながら五十嵐に電話をする。


『ーーーもしもし。』


「ついた?東口にいるんだけどどこ?」


『僕も東口にいるよ。探すね。』


スマホを持ちながらその場でぐるっと周りを確認する。


あ、いた。

身長のでかい五十嵐はすぐにみつかった。多分180以上あるんじゃないのか。


私を探しているのかぐるぐる周りを確認している。


パーマを当てたような黒い癖っ毛と少し切れ長の黒い目。

いつもは黒い服が多いのに今日は珍しく白いTシャツを着ていた。

黒いスキニーから伸びる足は細く長くて、モデルみたいなスタイルの奴は雨にも人にも埋もれず目立っていた。


五十嵐の背中を見ながら、「見つけた。そっち行く。」とだけ言って電話を切った。


振り向いた五十嵐が私を見つける。


よく見ると薄茶色の混じった目が私を捉えたとき、不思議と何かに掴まったような気がした。



******



何も食べてないので始まる前にささっとご飯を食べることにする。


時間がないので黙々と食べる。

相談があるとか言ったくせに当たり障りのない話しかしない。


重い話だから時間をとりたいのか。

いつ相談とやらをしてくるんだ。


そんなことを考えているうちに食べ終わり、奢ろうとする五十嵐にしっかり割り勘にさせてお会計をし映画館へ急いだ。


今流行りのミステリー映画。

ちょうど気になってたやつだった。


映画のチケットは先にネットで買っていたようで、お金を渡そうとしたら今日のお礼と言われた。

ここでお金を押し付けるのはめんどくさいやつだなと思い大人しく甘えることにした。


五十嵐はさっきご飯を食べたばっかりなのに塩バターポップコーンのLサイズと飲み物を買っていた。


Lじゃないと嫌なのか、セットじゃなくて単品で注文する妙なこだわり。


面倒くさい性格だなと心の中で思った。

私はポップコーンなんて胃に入らないので飲み物だけ買った。


重い扉を開けてすでに暗くなっている中に入り、カメラ頭の人間が注意事項をお知らせをしている画面を横目に席についた。



******



映画が終わり、私は高揚した気持ちを抑えながら出口から出た。


『映画、どうだった?』


「おもしろかった。久々にあたりかも。犯人は絶対あの若い男だと思ったのに。」


『僕もそう思った。最後のどんでん返しがすごかったね。』


「すべてを知った状態でもう一回見ても楽しそう。」


『確かに。』


ははっと笑いながら言ってくる五十嵐はどこか上の空。

わたしの気持ちも少し萎んだ。


『最近いろいろ考えることが多くて。息が詰まりそうだったからいい感じにリフレッシュできた。』


「それは良かった。」


私も適当に答える。初対面ではないけれど、あの特有の上っ面な会話にちょっと気持ち悪くなった。


結局相談はされなかったけど、なんだか気分転換が目的だったようだからこれはこれでいっか。


駅まで歩いてふとスマホの時間を見た。

23:30か。


私の最寄りは渋谷から二駅だから近い。

でも五十嵐は赤羽のほうだったはず。


『帰るの?』


帰る以外に何があるというのか。


「帰るよ。」


『僕は遠いから会社に泊まろっかな。』


「そ。じゃあ渋谷まで一緒に行こう。」


『うん。』


最近仕事が遅くなったときに五十嵐が重役達と会社で泊まっているのは知っている。(私用で遅くなって泊まるのは怒られると思うけど。)


たまに会社の近くに住む女先輩の家や上司の家に泊まっていることも有名だ。


夜遅くまで仕事をして深夜から朝方まで飲み、ほぼ寝ないで出社しているらしい。


いい大人達が何やってんだ。体調管理だって仕事のひとつなのに。

私だったら絶対そんなアホみたいなことはしない。



******



五十嵐の大学は表参道にある有名な私立大学で

一番偏差値の高い学部。


学歴もあって容姿も目立つ奴の話は同期である私の耳にも当然入る。


どうやら大学のときから帰るのがめんどくさくて大学付近に暮らす友達の家を転々としていたらしい。


聞いたときはヤドカリかよって思った記憶がある。


ほぼ毎日朝まで飲んでいるくせになんでクマがないんだろうって五十嵐の横顔を見ながらそんなことを考えていた。


渋谷についたら五十嵐は、雨もやんだし歩いて表参道まで行こうかなと言いだした。


歩けない距離ではないが、もうすぐ0時になろうとしている今、なんでわざわざそんなに時間をかけようとするのか。


まだ電車もあるしタクシーも使える。


五十嵐の雰囲気から何かを察するが知らないふりをする。


「じゃあ気をつけて会社まで行きなね。また明日。」


そう言って私は電車に乗った。



******



電車に乗ってすぐ五十嵐からメッセージがきた。


『やっぱ今から会社行くのだるい。』


五十嵐らしくない少し砕けた口調だった。

遠回しに泊めろと言ってきているのは薄々感じてたが、そうか…粘ってきやがった。


「歩くからだるくなるんでしょ。タクシー使いなよ。」


私には一応彼氏がいるんだ。

泊めたくない。


泊められないわけじゃないが、彼氏がいるのに男を泊めるなんて何かあったらどうするんだ。


浮気女にはなりたくない。


6年付き合ってる彼氏がいるって知ってるはずなのに、泊まろうとする奴は頭がおかしいんじゃないのか。


そう頭では思っているのに、何かが胸にひっかかる。


私は彼氏みたいな、運動をしていてほどよく筋肉がついているのがタイプ。あんな細いモデル体型な奴全然タイプじゃない。


自分より細い男は絶対嫌だ。


五十嵐はちょっと私が気を緩めれば横に並びたくなくなるほど細い。スタイルがいい。


目も五十嵐みたいな切れ長じゃなくてぱっちりの方が好きだ。


出不精な私を外に連れてってくれる賑やかな人の方が合ってると思ってる。


いろいろ言い訳をしたところで、

彼氏とは見た目も雰囲気も正反対の五十嵐が何故だか気になってしょうがない。


彼氏という存在がいるくせにそんなことを考える自分に少し嫌悪感が込み上げてきた。



******



それでも五十嵐は粘ってくる。


『相談したいこと、話せてない。忘れてた。話さないと寝れない。』


五十嵐は泊めてとは絶対言わなかった。

あくまでも私に言わせたいらしい。

私が折れると思ってるのか。


飄々としていると思えばこんな子供じみたことをするなんて、本当に何を考えてるのか分からない。


最寄り駅についてスマホを握りしめてしばし考える。


…そもそもなんで私はこんなに警戒してるんだ?


五十嵐は会社の女先輩の家にだって帰るのがめんどくさいからという理由で泊まってる。もちろん社内の女を食い散らかすなんてそんなアホなこと奴はしてないと思う。実際してる感じも全くない。


「…。」


五十嵐のヤドカリ生活の話が頭によぎり、まさか自分に気があるのでは?と警戒していた自分が恥ずかしくなってきた。


「じゃあ話聞くからうち泊まってく?汚いけど」


結局は私が折れた。負けた感じがしてむかつく。

人助けと思って今夜だけは部屋を貸してやろう。


とりあえず私を自意識過剰女にさせる彼氏という存在については、別れるのかどうか真剣に考えようと思った。



******



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