第53話

 人気アイドルのSHINYも、平日は学校へ行く。

「エヘヘ、いってきまぁーす!」

「またあとでね、Pくん」

 里緒奈たちはファンの間で神格化されているものの、至って普通の女の子。学校帰りに友達とお茶することもあれば、試験勉強に追われることもある。

「それじゃ、レンキも行ってきますので」

「いってらっしゃい」

 みんなを見送ってから、『僕』は寮で昨夜の続き。マーベラスプロと連絡を取りながら、次の仕事の足場をしっかりと固めておく。

 やがて隣の女子校は二時限目の授業に入った。

 三時限目には担当の教科があるため、『僕』はぬいぐるみの姿で寮を出る。

 この認識阻害の魔法には、ひとつ落とし穴があった。

 魔法を使ったところで、姿を消せるわけではない(透明化の魔法は禁止されている)。相手は必ず『僕』を見つけ、何かしらの印象を持つ。

 その印象をすり替えるのが認識阻害だ。

 そして、それはなるべく自然でなければならなかった。

 例えば女子校に男性がいるのはアウト色が強すぎて、魔法を使っても、周囲に問題なしと思い込ませることはできなかったりする。

 まだ『喋るぬいぐるみ』のほうが無理なく受け入れられるくらいだ。

 そこで『僕』は妹たちの女子校にフリーパスで入るため(あくまで仕事のため)、ぬいぐるみの体育教師を演じていた。

「シャイP先生、おはようございます」

「今朝もプロデューサーのお仕事ですか? 大忙しですね」

 教師たちは『僕』を怪しもうとせず、学校の一員として歓迎してくれる。

「放課後は水泳部のほうもお願いしますよ」

「ハイ! 任せてください」

 これも修行の一環。プロデューサー業の傍ら、『僕』はS女子高等学校、通称『S女』で生徒の指導にも力を入れていた。

 S女子高等学校は水泳の強豪校で、豪勢な屋内プールがある。

 無論、水泳の練習は夏場でないと難しい。しかし『僕』は得意の魔法で、このプールを授業の間だけ温水プールに変えることができた。

 今が四月だろうと問題なし。授業に備え、適度に水温を上げていく。

「よし。あとはビート板を出して、っと……」

 そうこうするうち、二時限目終了のチャイムが鳴り響いた。その数分後には1年1組の生徒が、続々と更衣室へ駆け込む。

「授業は5分くらい遅らせるから、みんな、慌てないでねー」

「さっすがP先生! わかってるぅ」

 やがてプールサイドに1年1組の女の子たちが出揃った。スクール水着のレッグホールを調えながら、艶めかしい準備体操で身体をほぐす。

 『僕』のおまじない(魔法)が髪を保護するため、水泳帽は必要ない。

 それから順番にシャワーを浴び、紺色のスクール水着をしとど濡らした。プールならではの肌と水の香りが、ぬいぐるみの『僕』を少しくらっとさせる。

(何度見ても……す、すごいなあ……)

 人間の姿だったら身体の一部がトキめいて、大変なことになっていたところ。

「そ、それじゃ整列~!」

 教師として、『僕』はホイッスルに力を込める。

 その後はいつも通りの授業となった。25メートルの平泳ぎを課題として、遅れがちな生徒には、『僕』が丁寧に指導する。

「もうちょっとお尻浮かせて、足を広げてみよっか? うんうん、そんな感じ」

 いやらしい気持ちで教えているのではなかった。決して、断じて。

「P先生ぇ、次は私~!」

「あー、ずるい! 私のほうが泳げないのに」

 生徒たちも『僕』の体育は休み時間も同然のようで、無邪気にはしゃぐ。

 S女子高等学校の体育は一年を通して、この通り水泳をメインとしていた。水泳は全身を駆使するため、美容と健康に大きな恩恵をもたらす。それに加え、『僕』のおまじない(と学校には説明しているが、実際は魔法)があれば、安全面も完璧。

 『僕』ならいつでも温水にできることから、S女は体育の大半を水泳に変更した。

 何も『僕』がスクール水着のJK見たさに、魔法で学校の方針に介入したわけではないのだ。……本当に。

 プロデュースの仕事がない日は、水泳部のコーチも務めている。

 休憩がてらプールサイドで一息つくと、スクール水着の女の子たちが集まってきた。

「P先生! 放課後は調理部に来てくださいよぉ。クッキー焼くんでぇす」

「バレー部よ、バレー部っ! P先生、教えるの上手なんだもん」

 ぬいぐるみの『僕』は短いおててを前に張る。

「ごめん、ごめん。今日はSHINYのお仕事で、マーベラスプロに直行なんだ」

 女の子たちはますます熱をあげた。

「あのSHINYをプロデュースしてるなんて、P先生ってば、もう最高ぉ!」

「才能溢れるひとって、あのっ、尊敬しちゃいます!」

 口々に賞賛され、思いあがりそうになる。

 それでも『僕』は天狗になりきれなかった。女子生徒が『僕』に好意的なのは、あくまで『喋るぬいぐるみが可愛い』から。

 もしここで男子の姿に戻れば、『僕』は消毒プールに放り込まれた挙句、警察に引き渡されるだろう。認識阻害の魔法で首の皮一枚が繋がっているに過ぎない。

 それに四限目の授業では、こうは行かなかった。

 1年3組は里緒奈たち、そして『妹の美玖』がいるために――。

「プールだと生き生きしてるわね。兄さん」

「ギクッ」

 ぬいぐるみの『僕』はぎこちない調子で振り向いた。

 この50センチの背丈で見上げ、最初に目の当たりにしたのは、妹のフトモモ。

(また美玖ってば、水泳部のスクール水着で……)

 水泳部のスクール水着は一般生徒のものと違い、ハイレグカットになっている。おかげで健康的な脚は付け根から食み出し、すらりと綺麗なラインを描いていた。

 びしょ濡れのスクール水着は腰の括れにもぴったりと吸いつき、おへその位置で窪んでいる。その生地を、これまた豊かな胸が最大限に膨らませていた。

 里緒奈や菜々留も大きいほうだが、妹のサイズはさらにボリュームがある。

 兄の『僕』が目のやり場に困るのは、当然のこと。

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