第18話 天使の子孫

 ジョナは馬で森を駆けながら、これからの旅路を頭の中で整理していた。

 残っていた祖先の手記によるとここから5日ほど行ったハイダン村という小さな村に天使の子孫が住んでいたと記されていた。

 しかし、今もまだそこに天使の子孫たちが暮らしているという確証が無かった。

(何せ数百年ほど前の手記だ……)

 祖先たちはどうやらそこで血のちぎりについて研究することを止めたらしい。

 手記の最後にはこう書かれていた。


 我らは運命を受け入れ、身を潜めることにした。

 哀れな子孫たちよ、歩みを止め、思考を放棄した我らを許して欲しい。

 せめてもの救いに母なる森に守られた安息の地を。


 すがる想いで行った血洗いの儀式が幾度となく失敗に終わってしまった時の想いとはどんなものだったのだろうか……。一筋の希望をことごとく断ち切られた想いとはどんなものだったのだろうか……。

 ジョナは手記に記された最後の一説を頭に浮かべながら、祖先たちに思いを巡らせていた。

(俺たちも覚悟しなければならない)

 もしも、ハイダン村に天使の子孫たちが居なかった場合、手掛かりが完全に途絶えてしまう。

 俺たちもまた、祖先たちと同じ道を歩むのだろうか……。

 ジョナはそんな不安を抱えながら、しかしそれを決して共に駆けるダイモーンたちに気付かれないように、馬の手綱たづなを力強く握り続けた。


 葬られた崖ガル・デルガを守るようにして広く生い茂る母なる森を抜け、なだらかな平原に差し掛かったころには辺りはすっかり暗くなっていた。

 頭上では数多あまたの星々が光輝き、月は天高く昇り静かにジョナたちを見下ろしていた。

 平原を越えた先に小さな森があり、3人はそこで焚火を起こし静かに食事を取るとこにした。

「こうも魔術が使えないと骨が折れますよ……」

 まだあどけなさの残った顔立ちの少年は、長旅用の干し肉を噛みちぎりながらぽつりと呟いた。

「文句を言うなログ、アバン王の目が光っている今、我らがダイモーンであると悟られるとあとあと面倒になるだろう」

 ログと呼ばれた少年はもう1人のダイモーン、ルーノになだめられ、返事をする代わりにわざと大きく口を歪めて見せた。

「お前……! そんな態度だから、いつまで経ってもみんなから小さな子供みたいだと言われるんだ!」

 ルーノはログの反応に苛立ちながら、ボサボサに伸びた白銀色の髪をかきむしった。

 ジョナはそんな2人のやり取りを黙って聞き流しながら、唯一の手掛かりである手記に目を落としていた。


――黄金色こがねいろの髪、灰色の瞳を宿し、白き衣をまとうと言われている天使の子孫たち。


 そもそも本当に存在するのだろうか。それすらも確証が無かった。

 存在するとして、今も変わらず人間と共に暮らしているのだろうか。

 そして、数百年経った今でもなお、血のちぎりについて伝承されているのだろうか。

 自分たちの祖先が行った血のちぎりによって、我らダイモーンや飛竜たちが苦しんでいることを、天使の子孫たちは知っているのだろうか。

 腹の底に湧き上がった小さな感情をジョナは気が付かないフリをして、読んでいた手記を閉じた。

 ログとルーノに視線を戻すと未だに何か言い争っているようだった。

「お前たちいい加減にしろ。そんなに元気があるなら睡眠をとらずに先に進むぞ」

 ジョナは心の中でため息をつきながら、2人を牽制けんせいした。

「「……勘弁してください」」

 一瞬2人の動きが止まったかと思うと、タイミングを合わせたように同時にジョナに向かって頭を下げた。

 こういう時だけ息のぴったり合った2人をみて、ジョナは本当にその場でため息をついた。

 この2人を選んだのは間違いだっただろうか……。

 ログはまだ若いが身のこなしや、武術に長けている。

 ダイモーンの中でも数少ない戦士として徹底的に教育され、魔術をなくしてもどんな相手とも戦闘できる。

 普段は落ち着きのない小さな子供のような態度だが、一度戦闘が始まると大人の戦士でも打ち負かしてしまうことがあるため、周りからは一目置かれている存在だった。

 一方、ルーノはこう見えて頭が切れる。

 身なりにだらしなく気が短いのがたまに傷だが、それでも会議や作戦を立てる時にはいつも冷静に物事をとらえ、必ず的確な判断をしてくれている。

(それぞれが別々の分野に長けているのだが、こうも合わないとは思わなかった)

 ジョナは目頭を押さえながら、交代で休むよう指示を出した。

「ログから順に火の番を任せる。俺の番になったら起こしてくれ、暫く休んで明日に備えよう」

 そう言うとジョナは立ち上がり近くの大きな岩に背中を預け静かに目を閉じた。

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