第21話 男子にその手の話は御法度です
「ゴホッゴホッ!」
「うわ、マジですか。うわー…」
むせる僕をよそに、一之瀬さんは引いていた。
声も態度も、クラスメイトに向けるそれじゃない。さっきまでの暖かさはどこへやらだ。内心結構ショックだった。
「い、いきなりなにを…」
「ちょっとしたカマかけのつもりだったんですが、まさか本当に手を出してないって…うわー」
ちょっと待ってくれ。そんな目で僕を見ないで欲しい。悲しくなる。
ていうか、僕はまだなにも言ってないぞ。決め付けるのはどうかと思うんですけど。
「いやいや、なんでそんなこと言われないといけないのさ。そもそも手を出していないなんて言ってないし」
「あんなリアクションしといてそんなこと言っても説得力皆無ですよ。語るに落ちるとはこのことですね」
やれやれと首を振る一之瀬さん。なんだろう、すごいムカつく。
「おかしいとは思ったんですよね、やることやってたらお二人の性格を考えたならそもそも拗れるなんてなさそうですし」
「ねぇ、やってない前提で話進めるのやめてくれない?男としては結構メンタルに来るんだけど」
そもそも女子からこういう話は聞きたくなかった。
男子なら僕らの年代だとそりゃ避けては通れない話題だから割り切れるけど、異性とこの手のトークをすると、なんだか妙に居た堪らない。しかも二人でするには文字通り下世話であると思うんですが。
「え?違うんですか?」
…これも藪蛇だった。直球で聞かれたら、これはこれで反応に困る。
「…違わないけど」
「当たってるじゃないですか。話の腰を折るのやめてくださいよ」
なんで怒られてるんだろう。理不尽だ。
正直に答えてしまう自分にも嫌気が差す。かと言って嘘をついても見破られそうだし、そもそもこの話に飛んだ時点で手詰まりだった。こういう時、男という生き物はとことん立場が弱いらしい。
「ううう…」
彼女の目を見ることができず、思わず下を向いてしまうが、そこにはカップに映った自分の顔があり、なんとも情けない表情を浮かべていた。
「だってこれ、デリケートな話題じゃん。こう、触れられると男としてのプライドがさ…」
「ああ、童貞であること気にしてるんです?だったらそれこそ手を出せば良かっただけじゃないですか。あんな美人な人と二年近く付き合っていて手を出していないといか、なに言われても仕方ないと思いますよ。クラスの男子だって、白瀬さんのご両親が海外出張していて誰もいないこと知ってるから藤堂君に当たりが強いというのもあるでしょうし」
ブツブツと呟く僕の愚痴に一之瀬さんは目ざとく反応し、ポンと手を叩く。彼女の中では何やら得心がいったようだ。
だけどやめてくれ、その駄目出しは僕に効く。
切り口の鋭い言葉のナイフが、青少年のナイーブなハートに突き刺さるのをヒシヒシと感じていた。
ていうか、そんな性欲に直結した理由であんな敵意むき出しだったのかよ、あいつら…この事実も知りたくなかった。
「健全な付き合いをしてくれって、楓のお父さんから頼まれてたんだよ…娘を大事にして欲しいってお酒飲みながら言われたし、僕も大事にしたかったからさ…」
「それ、ちゃんとゴム付けろってことですよ。ストレートに娘に手を出していいなんて言える親はそういないんですから、言葉の裏汲み取ってあげないと可哀想です」
だから直球すぎるんだよ!もっとオブラートに包んでくれよ、頼むから!
「…中学生で買えるわけないじゃん。高校生でも人目気にしちゃうと無理じゃん。コンビニも学生バイトの人だと買いづらいし、大人の人だと注意されそうでもっと無理じゃん。そもそも去年海外出張に着いていくまで楓の家にはお母さんいたから無理だし、僕の家だといつ親帰ってくるか分からなかったし…」
「今時ネットでどうにでもなるでしょ…やっぱりただ藤堂君がヘタレだっただけじゃないですか」
完全に呆れられた目で見られていた。もう僕のメンタルはボロボロだ。
朝とはまた違った意味で、トラウマを背負ってしまいそうになっていた。
「それだとホテルなんて論外だったでしょうし…白瀬さんから誘われたりはしなかったんですか?」
「…何回か誘われたことはありました。春休みにもそれとなく言われましたよ、ええ。だけどその時にはもういろいろと負い目ができていたので断りました!これでいい!?もうやめてくれよぉっ!」
僕は頭を抱えて絶叫した。既に半泣きだ。あまりの情けなさで胸が張り裂けそうになっている。今日まともに話すようになったばかりのクラスメイトの家で、恋人との性事情を洗いざらい話すとか、どんな羞恥プレイだよ。
まぁキスくらいしかやってないから事情もクソもない、すっごい健全な付き合いだけどね!悪いかよ!
「あー…ごめんなさい。深く聞き入りすぎました。聞けば藤堂君はなんでも喋ってくれるから、つい…」
一之瀬さんはペコリと頭を下げてくる。心なしか、少ししょんぼりしているようだ。だけどそれを慰めてあげられるほど僕にも余裕なんてない。むしろ泣きたいのはこっちだよ…
「…いいよ。僕がヘタレなのは確かだから。こんなんだから駄目なんだよ、僕は」
出てくる言葉もネガティブそのもの。気が利く性格ならここで軽いジョークでも挟んで場を取り直せるのだろうけど、僕にそんなことができるというならそもそもここにはおらず、今頃教室でクラスメイトに囲まれながら楓と話すことができていただろう。
(…あー、そういえば学校に休むことちゃんと報告してなかったな。楓にも、学校行っていないこといわないと…)
こっそりとスマホを取り出し、ディスプレイを確認すると時刻はもう二時間目が始まっている頃だった。
学校に連絡をしておかないとまずいだろうけど、楓からなにも連絡が来ていないことが、なんとなく引っかかる。
保健室に行くことは伝えていたから休み時間に僕の様子を見に来ていたら、僕が学校に来ていないことには気付くはずだ。だというのにスマホの画面にはなんの表示もされていない。つまりそれは、楓は僕を心配しているわけではないということで…
(…なに身勝手なこと考えようとしてるんだかな。自分は今、なにやってんだよ)
胸の奥で痛む心を、僕は自分を卑下することで誤魔化した。
他の女の子の家に上がり込んでいるこの状況で、彼女に心配されていないことが嫌になるとか、どんなクズ野郎だという話だ。そんなことを考える資格は僕にはない。
こんな考えが浮かぶあたり、やはり僕にはまだ楓に対する愛情があるのだろう。
あるいは独占欲というべきか。僕の場合、純愛なんて綺麗なものではなく、醜い負の感情であるのは明白だった。
「いや、そこまでは…でも、白瀬さんとはまだだったんですね…ふーん…」
思わずため息をついてしまうが、その間に一之瀬さんもなにやら考え込んでいたようだ。顎に手を当て、思案げになにかを呟いている。
悪いかなと思いつつ、一度連絡をするために廊下に出ようと考えた僕は、彼女に声をかけた。
「一之瀬さん、ちょっと席を外しても…」
「藤堂君、ちょっといいですか?」
それと同時に、一之瀬さんも口を開いた。
僕は反射的に聞き返す。
「え、なに?」
「藤堂君は、自分に自信を付けたいと思います?」
一之瀬さんは、よくわからないことを言ってくる。さっきまで自信をすぐに付けるのは難しいって言ってたのに。
でも、付けたいかと言われたらそりゃ…
「それは、もちろん」
「なら、付けさせてあげましょうか?」
頷く僕に、一之瀬さんは言葉を続ける。その顔にはなんだか決意のようなものが浮かんでいるように思えた。
「私としませんか?藤堂君」
「え…」
一之瀬さん?なにを、言って…
「私が白瀬さんの代わりに自信をつけさせてあげようかと、そう言っているんです」
その言葉の意味が分からないほど、僕は子供じゃなかった。
でも、分かりたくはなかったんだ。
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