きつねと山犬のおはなし

月野 由梨

第1話 きつねと山犬

 昔々、大昔の日本でのおはなし。

ある時、観音菩薩が山道を歩いていると、親からはぐれた白い狐の子供が大きな山犬に襲われそうになっているところを見つけました。観音菩薩はその山犬を木の棒を使って追い払い、可愛そうな狐の子を保護してやったのです。

その数日後、観音菩薩がまた山道を歩いていると、今度は子狐を襲おうとしていたあの大きな山犬がぐったりと倒れているのを見つけました。観音菩薩が山犬に近づいてよくみると、生後間もない山犬の赤ん坊が傍で弱弱しく鳴いているではないですか。その様子をご覧になった観音菩薩は後悔と憂いに苛まれました。

あのとき山犬は、お腹を空かせた子供のために、ろくろく食べることもできずに、獲物を探して歩き回り、ついに子狐を見つけ、襲おうとしていたのでした。ところが観音菩薩によって獲物を捕り逃したことで力尽き、飢えて死んでしまったのです。観音菩薩は自分があの時、子狐を救うため山犬を追い払ったことが、結果として赤ん坊だった山犬の親を餓死させてしまったということに深い悲しみを抱いたのです。そこで観音菩薩は、餓死した山犬を丁重に葬ってから、その赤ん坊を引き取り、狐と山犬の子を我が子のように大切に育てることにしたのです。


 観音菩薩の深い愛情の元で狐と山犬は本物の兄弟のように仲良く育っていきました。

 狐の仔はとても利口で観音菩薩が唱える経を毎日聴いているうちに、ほんの数日で観音経を立派にそらんじてみせました。狐の学習能力の高さに観音菩薩はたいそう驚きました。そして

「この子狐は学習能力が格段に高い。何でも真似て習得する能力に長けていることから、今後修行を積んでゆけば、やがては人間界に導かれることも叶うだろう。だが反面、その吸収力の高さが災いをもたらす危険性もある。狐には初期の段階で善悪の判断をしっかりとつけてやらねば、余計な悪知恵まで身に付けてしまう恐れもある」

と懸念されました。

 一方の山犬は、内気な性格で、いつも兄である狐の後ろを付いて歩くような子でした。弟子入りした当初、師匠である観音菩薩のことを「観音さま」と言えず「かのん様」と言い続け、すっかり「かのん様」という呼び名が定着してしまいます。観音菩薩は、これも山犬の愛らしい個性の表れだと思われ、あえて訂正することなく、微笑ましく受け入れられたのです。

 山犬は憶えの良さと速さでは、狐には及びませんでしたが、持前の純粋で素直な性格で観音菩薩の教えをしっかり吸収し把握してゆきました。そうして仏の教えを学び、遵守し続けることで狐にも負けず劣らずの優秀な弟子へと成長していったのです。

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