第21話 罠

 私はシーク先生の話を聞いた後、最高司祭様と別れてアルバ海運都市に向かった。供回りはアイスメイルと近衛騎士団、騎兵団一個小隊、聖霊戦士十人の、領内の視察にしては少し大げさな規模である。しかし不穏な空気が有るため、仕方ない事だろう。そして、視察の目的はファリー大公の見舞いだ。大病を患ったらしい。あまり会いたくない相手ではあるが、アルバをよく統治し、シン王国に富をもたらした実績は否定できない。


「大公殿のお加減は、如何か? 」

と迎えに出てきた大公の筆頭執事に声をかけた。


「わざわざのご来臨、主人も感激するでしょう。しかし、容態はあまり芳しくありません」

と頭を下げた後、病状を報告してくれた。


「持病があったと聞くが、回復薬や回復魔法は効かぬのか? 」

と一応聞いてみた。既に試してはいるだろうが。


「はい、芳しくありません。取りあえずこちらへ」

と案内をしてくれるようだ。


「ああ、それから騎士の方は、此方でお待ちください」

と念を押してきた。


 確かに大数人の完全装備の騎士が入っては、部屋も廊下も狭くなるだろうから、仕方ないのないことだろう。


「しばし待て、団長とアイスメイルで行くとしよう」

と供回りを減らして廊下を進んでいく。


 アルバは、ロッパ大陸の中でも屈指の商業都市として、商業国ミソルバ 一国に並ぶ経済規模を誇っている。そんな繁栄を物語るように大公宮の中は数々の調度品で飾られ豪華な佇まいだ。王宮より凄いかも知れない。


「こちらです。ただ、闘病中なので、服装などのご無礼については先に謝罪しておきます」

「合い分かった」

とかなり大きな扉が開けられ中に入った。


「ファリー大公、お加減は如何か? つい先日お会いしたときは元気だったではないか。余には、まだまだ、大公の協力が必要だ。気を確かにせよ」

と労いの言葉をかけた。


「ううう、…… 遠くアルバまでご来駕頂いたのに、歓迎も出来ず、 …… このような見苦しい所をお見せし申し訳ござらぬ」


 大公は巨大なベットの上に伏せっていて、顔がよく見えないし、声も弱々しく、よく聞き取れない。


「陛下」

とアイスメイルが近くで小さな声で呟いた。私は何事かと顔を向けた。


「すぐにご退出を …… 何かおかしい。微かに死臭を感じる」

と小声で進言してきた。


 私は、アイスメイルの顔の険しさから、ただならぬものを察知したと判断し、

「大公、早く治せよ。王宮で待っている」

と言いながら退出しようとした。


 しかし筆頭執事は扉の前で頭をさげて、突っ立ったまま動かない。


 近衛団長が、つかつかと近づき、

「御免」

と言いながら、執事をどけようと肩に手をかけた時、跳ね飛ばされた。


「陛下、そう急いでお帰りにならくても良いではありませんか。歓迎の準備もしておりますので。どうぞご緩りと。ハハハハ」

と今度はベットから女の声がした。


「何やつ。無礼であろう」

とアイスメイルはベットに駆け寄り、掛布を強引に剥いだ。


 するとそこには、口と目を開けたままの、身体全体が土色の大公が横たわっていた。そしてその喉元を黒い手袋の手が掴んでいた。


「陛下、陛下、愛おしい陛下」

と大公が口を開けたまま喋った。確かに、声はファリー大公だか、言っている内容は ……


「ロージ! 」

と私は思わず叫んだ。


「その名前を覚えておいてくれたのかい? 嬉しいね」

と大公の声でロージのように喋った。


 アイスメイルは、窓際に走り、分厚いカーテンを引き下ろした。すると太陽に映し出されたのは、大公の遺体の横に寝ている黒いローブの者。


「アイスメイル、お前も久しぶりだな」

とそのローブの者は徐に起き上がり、ベットの横に立った。アイスメイルは窓際から私の前に移動し、ギザギザの剣を抜いた。跳ね飛ばされた近衛団長も起き上がって、剣を抜き私の後ろについた。


「おや、アイスメイル。前任者の先輩に対して剣で挨拶かい? フフフ、お前が王の腰巾着だったことは、着任した時から分かっていたよ。フフフ」

とガリともグルカともつかない者が喋っている。


「ガリ、反逆および死霊魔法行使罪で逮捕する」

とアイスメイルは、ギザギザの剣を向けて迫った。形式的に言っているに過ぎない。


「ははは、教科書通りの警告だね」

「ガリ、ここで何をしている? 」

「そうだね。教えてやろうか。我が主は死に兵をご所望だ。それもアンデッドでも、魔族でもない兵をな」

と井戸の底から聞こえるような声で答えた。


 そして、

「アルバの兵はサライの物となった。この者は拒否した。だから死んだ」

と先ほどまでのガリが消えて、感情の起伏のない声に変わった。


 王家に弓引くのを拒んだのだろうか? いや、プライドが許さなかったのだろう。ガリの様子では死に兵になれと迫ったと推測できる。ある意味気概を示したと言うことか。


「ロージ、いや、サライは何処だ? 」

と私は声をあげて詰問した。


「サライの居場所か? そうだね。今王宮に向かっている頃だろう。ガル湖駐屯地にお前がいるとアルバ兵の移動を邪魔をされそうだったから、ここに呼んだのさ。今頃、数千の兵士と供に王宮に向かって進軍中だろうよ」

とガリの声で答えた。


 確かに大公の軍と分かって、誰何出来る者は、私以外いないだろう。嵌められた。


「くっ。帰還する」

と私は、前後の二人に言った。


「もう少し居たらどうだ。何なら、この大公の横に並べてやっても良いぞ」

と言うと、仮面の縁から黒い霧が出始めた。


「そうだ、その後ろの男、まだ、そんなに獣人に近い奴がいたんだな。この宮殿で飼っていたということは、存外この大公も謀反を起こすつもりだったじゃないか? 」

と後ろの執事を指差して言ってきた。


 アイスメイルは魔法陣を描き、半透明の光る手を顕現させて、ガリを潰そうとしたが、渦を巻いた霧に跳ね返された。


「アイスメイル、私は仮にも、異端審問官長官だったのだよ。異端審問官の手口など、熟知しているぞ。さあ、今度はこっちの出番だ。少しずつ焼いてあげよう」

と言ったあと、指をくっると回し、私達の方を指差した。


 すると、渦は一端大きく回り、そして細くなって、私達の方にやって来た。アイスメイルは私を押して庇った。


「いっ」

と微かに悲鳴を上げた。右足の霧がかかったようだ。


 団長の方は、剣で執事に斬りかかったが、爪が大きく生えた手で押さえ、剣を撥ねのけた。先ほどまでの執事ではなく、熊の様な体つきになっている。


 大公は、変身する獣人など飼って本当に謀反を起こすつもりだったのか? と頭を過った。


 そして、アイスメイルが聖水の爆弾を立て続けに数個投げ、雨を降らせた。


「聖水など、私に聞くわけないだろ」

とガリは濡れたローブを気にすることもなく、指で空中に軌跡を描いた。


「アイスメイル、それに団長、必ず援軍が来る。それまで持ちこたえよ」

と励まし、私も剣を抜いた。


 程なくして、部屋の外が騒がしくなってきた。


「陛下! 」「陛下! 」「陛下! 」 ……

と口々に多くの者が、私を呼ぶ声がした。


 団長が、

「ここだ」

と言いながら、分厚い扉を蹴飛ばして知らせた。先ほどのアイスメイルの聖水爆弾は、外の騎士団に知らせるために放ったものだった。


 騎士団がランスを使って扉に穴を開け始めた。シン王国のランスは敵を蹴散らす最前衛になったり、城の扉を打ち破る力を持っている。四,五人のランス騎士が突撃を繰り返せば、この程度の扉は、すぐに穴が開く。


 そして、騎士達がドカドカと入ってきて、私の前に盾の壁を作った。


「ふん、小賢しいまねをしおって、全員焼いてくれるわ」

と今度は両手を使って、大きく軌跡を描くと黒い霧も太い渦となって騎士達をなめた。


「ぐぐぐ」

と騎士達の苦痛の声が低く鳴り響いた。歯を苦縛って、火傷の痛みを堪えて私を逃がそうとしているのだろう。


「陛下を早く」

と獣人に対応している団長が叫んだ。


 数人の近衛が私の身体を有無も言わさず抱えて、部屋から出された。


「火矢だ、火矢を射かけろ」

とその時、咄嗟に思いついた事を叫びながら命じると、弓手は、魔導具の火持ちから火を移し、火矢を飛ばした。


 すると、

「すでに、目的は果たした」

と感情のない声に変わり、ベットの大公を指差した。すると大公の死体が起き上がり、火矢の前に立ちはだかった。その間にグルカは窓を破って逃げ出し土の中に消えていった。


 騎士達は私を抱えて、廊下を一目散に走り、広場に出て円陣を組んで臨戦態勢を取った。そこへ、血の滴った剣を抜いたまま、アイスメイルと団長が出てきてた。少し傷を負ったが獣人を仕留めた様だ。火傷を負った騎士は、すぐさま、聖霊戦士が回復呪文をかけて癒している。


「陛下、あの者は明らかに火矢を恐れていましたが、なぜ、分かったのですか? 」

と団長が聞いてきた。


「本だよ。本は火で燃える」

と言うと、団長は首を傾げたが、アイスメイルは頭をさげた。


 シーク先生の話を聞いているアイスメイルには分かったのだろう。


「すぐに、王都に帰還する」

と団長に告げた。


 サスリナ、持ちこたえてくれ。

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