第16話 サライの復活

「使徒様のご命令通り、クリルを捕らえてまいりました」


 暗い洞窟の入り口近く、その奥から漏れてくるロージの奇声を聞きながら、一人の男が跪いて釈明した。そしてその後ろには、数十人の狂信者達が集まっていた。


「クリルを奥に入れよ」

と仮面をかぶり全身漆黒のローブで身を包んだ者が、井戸の底から響く様な、不気味で感情の起伏を感じさせたない声で指示した。


 先を行く漆黒のローブの者の足取りはギクシャクして、足腰が悪い様な歩き方だ。一歩一歩、足を踏み出すごとに、左右に身体を揺らし、肩を怒らせて歩く様は、アンデッドを見ているかの様に思えた。しかし、狂信者達には、使徒として畏敬すべき存在である。


「ロージ、魔法陣は完成したか? 」

と響く声でローブの者が聞いた。


「とっくに、とっくに完成しているわ。私は、私は、天才よ」

と落ち着かない様子で、ロージは走り回りながら答えた。


「さて、アマン。サライの魂を返してもらおう」

とローブの者は、柱に縛り付けられ数本の杭が刺さった遺体に向かって指差した。その腕や指は痩せ細り、節々だけが目立って見える。


”なんど、言えば分かるのだ? ガリ、それともそれに取り憑いている奴。私はこの悪しき魂を渡すことはない”

と遺体は男の声で答えた。


「私がサライの魂を聖廟から取り出した。それを横取したのはお前だ」

と指しながらローブの者は言った。


 そして、

「クリルを連れてこい」

と後ろの信者に向かって手で合図した。


 すると頭陀袋の中から、魔術師のシーク、クリルが無造作に放り出された。


”クリル……生きていたのね”

と口を開かないシルヴィの遺体が思念で声を発した。


 目を覚ましたクリルだが、頭に魔法封じの茨の冠を乗せられ血が頬を伝わった。


「お母さん」

と後ろ手に縛れたクリルが、やっとの思いで跪いて起き上がった。


”クリル、大丈夫か”

と今度は男の声が思念で聞こえた。


「お父さん …… キャー」

と父を呼んだが大男がクリルを蹴飛ばし、再び地面に転がった。


「お前達の娘には死んでもらう」

とガリが声を掛けると、仮面の淵の部分から黒い霧が出始めて、それが渦を巻きながらクリルに向かっていく。その霧に触れれば、身体が燃える。


”止めなさい。ガル”

「……」

とローブの者は、霧をドンドン出して、その霧は渦巻いた。


 そして、一部がクリルの腕に触ったとき、

「ぎゃー、熱い。止めて」

とクリルが叫んだ。


”おのれ、二度までも娘に手を出しおって”

と女の声で叫び始めた。


”シルヴィ、落ち着け”

と男の声。


”もう許さん”

と女の声。


「……」

無表情の仮面のガリは、指をクリルの方に向けた。すると霧が一直線にクリルに向かった。

クリルは転がって、避けようとしたが、足に霧が触れて、


「ぎゃー」

と叫んだ。


 するとシルヴィの遺体がカクカクと動き出し、煙が出始めた。


「ロージ、転魂の儀式を開始しなさい」

とローブの者は命じた。

 

 するとロージは信じられない速度で、呪文を唱え始めると、地面に書いた魔法陣の文字が紫に光り始めた。ロージが陣の中心に移動して、最後の言葉を口にした。


「…… 我に、転魂せよ」

と絶叫に近い言葉を発したとき、シルヴィの身体から出ていた煙が吹き出し、一度広がったかと思うと、錐の様に細く集まり、跪き両手を広げたロージの胸に突き刺さった。


 ロージの身体に黒い靄が係り、姿がおぼろげになったかと思うと、その靄が爆発的に広がった。洞窟内の聖石のランプの明かりも届かないくらいに濃くなると、今度は急速にロージの身体に吸収されていった。


 すべての霞が吸収された、そこには、喜々として走り回っていたロージとは違う何かが跪いていた。そして、広げた腕をゆっくりと降ろし立ち上がり周辺を見回した。目玉全体が瞳になった様な目だった。


「サライ、お帰りなさいませ」

とローブの者は、その仮面を剥がし、ローブを脱いだ。そこにはミイラになった女性らしき身体があった。目があるはずの所は、窪みだけがあり、口は左右に大きく切れて歯がない。そしてその胸には本がめり込んでいた。


「我のグルカは、そのような物に変わったのか? 」

と今やサライとなったロージが、首を傾げながら喋った。


「はい。死体の皮の時代から、形は変わっていますが、貴方が記された呪文は、すべて記録してあります」

とミイラのガリを使ってグルカが答えた。


 サライは、手でグルカを呼び寄せた。グルカのミイラが立ち上がって歩み寄り、手をうしろに広げて、あり得ないほど身体を反らして胸を突き出した。サライが指を横に振ると死霊法典が開き、パラパラと人の皮のページがめくられた。


「ふむ、我が真実の言葉 …… グルカに違いない」

とサライは満足そうな顔となった。


———死霊魔術の呪文をサライは真実の言葉、古代語でグルカと呼び、それを記載した物もグルカと呼んでいた。そして、サライとフレイの時代、何千体というアンデッドの皮膚に記載されていた———


「グルカ、今回の身体は、すこぶる良いな。フレイから出て、何年経った? 」

「二十数年経っております」

「その程度か。フレイに閉じ込められて数百年、それに比べれば瞬きほどの時間だな。フレイに復讐せねばならぬ。しかしその前に人を殺したい」

とサライはミイラに命じた。


「この者達をお使いください」

と後ろに控えて、驚き立ち尽くしている狂信者達に手を向けて紹介した。


「そうか」

と一言発して、先ほどクリルを蹴飛ばした屈強な男に近づき、手を腹に刺した。そして、腸を引っ張り出して、ニヤっと笑った。さらに、痙攣しているその男の首を掴んで、

「まだ、死ぬなよ」

と言って、また腹の中に手を突っ込んで、腕を身体の中に入れていく。肩まで入った時には、その男は口から血を吹き出し、息絶えた。


「早いな」

と呟いたとき、洞窟はパニックになった。しかし、出口は落石で塞がれ出ることが出来ない。


「おいグルカ、明かりを付けろ。殺されていく様を他の奴らに見せるのだ」

とミイラに命じて魔法で明かりを付けさせた。

 阿鼻叫喚などという、生やさしいものではない。洞窟の中は、もはやそれ以上の惨事である。すぐに殺さずに殺してく、それを見せつけると言う異常な残虐行為がされていった。


   ◇ ◇ ◇


”クリル、さあ、クリル、正気に戻って”

 

 足を引きずりながらシルヴィの遺体の下に行き、阿鼻叫喚を見ていたクリルは、もうそれだけで精神が破壊されそうになっていた。


”クリル、私の身体の封霊杭を一つ抜いて、貴方の身体の何処かに刺しなさい”

と思念が頭の中で響いた。


 もはや死んでいるのか生きているのか分からないクリルは、ゆらゆらと立ち上がり、母のシルヴィに刺さった杭の一本を抜いて、太股に突き刺し、そして気絶した。


   ◇ ◇ ◇


”クリル、さあ、起きて、辛いでしょうが起きるのです”


 血と肉と汚物の海。鼻はもう馬鹿になってしまって効かなくなっている。いや精神がおかしくなり、その状態を見ても何の感情も湧き起こらない。


”クリル、さあ、洞窟から出て、出るのです”

と頭の中で優しかった母の声が響いていた。


”クリル、サライが復活したことを皆に知らせておくれ”

と父が使命を与えてくれた。


 自分で刺した封霊杭を抜いてそれを地面に突き刺し、火傷を負った足と腕をかばいながら這った。もう何日も、何年も這った様に思ったとき、光の中で気絶した。

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