第14話 エレサと木の聖霊

———シン王国の王宮内庭には、聖霊樹と供に多くの花々が植えてあり、明るい日の光がよく差し込む子供達の格好の遊び場だった———


「ナント、早く早く。遅いわよ。もう」

「姫様、エレサ様、ナント様は、まだそんなに早くは走れませんよ」

とエレサは、ヨチヨチ歩きの甥っ子とメイド達をおいて、内庭の中を走り回っている。


「姫様、ちょっとお待ちください。………… まあ、大変。ナント様、お洋服をお代えしないと」


   ◇ ◇ ◇


「もう、ナント、遅いわ」

と言いながら、エレサは小枝を拾って振り回し、少し遠くで騒いでいるメイド達に向かって、

「私は、大丈夫! 」

と声を上げた。


 そして、

「フン、フン、聖なる……、フン、御子の ……」

と聖霊師から習っている聖霊魔術の呪文に適当な調子をつけて、木々の間を歩いているうちに、斧のような模様が現れた木に目が留まった。


 エレサは近づいて、

「あら、これ誰かが書いたのかしら」

と言いながら指で輪郭をなぞった。


 すると、


「君は、エレサだね」

とその木が喋った。


 エレサはちょっと驚き、指を引っ込めた。


「大丈夫だよ。エレサ」

「貴方は誰? 木の聖霊なの? 何で喋れるの? 口は何処にあるの? …………」

と次々に木に向かって質問した。


「おやおや、君の質問爆弾だね。でも全部答えている時間は無いね。だから幾つか答えよう。僕は、木の聖霊みたいなものさ。ずーっと昔から君たちの家族を見守ってきたんだよ」

「えー、お父様、お母様も? 」

「そうさ、君のお爺さん、その前のお爺さんも見てきたよ」

「ふーん」

とエレサは口をすぼめて、頭の上の、風でカサカサと音を立てて揺れる木の葉を見上げて答えた。


 すると、薄ぼんやりと光輝く男のような影が立った。


「貴方は、木の聖霊なの? 」

「そんなところかな」

「なんで光っているの? 」

「そうだね。何故だろう。僕にも分からないだよ。ところで、左目、もう少し良く見せて」

と光る男は手を伸ばし、エレサの頬を優しく撫でた。


 エレサは、その時暖かい手を感じた。


「そうだね。風竜に直してもらうと良いけどね」

と手を引っ込めながら、その光る男は答えた。


「風竜? 」


   ◇ ◇ ◇


「姫様、姫様、こんな所で寝てしまっては、お風邪をめされます」

と声を聞いて、エレサは目を開けた。


 そして、

「あら、木の聖霊は何処に行ったの? 」

と起きるなり、メイドに向かって真顔で聞いた。


 少し驚いたメイドは、

「木の聖霊ですか? …… 姫様、夢の中で、お会いになられていたのでしょう。ささ、お茶とお菓子のご用意が出来ましたので、お部屋にお戻りください。王妃様もお待ちです」

とメイドは、頭ごなしに否定はせずにエレサを部屋に誘った。


 それを聞くなり、

「分かった! 」

と脱兎のごとく走り出し、テラスから部屋に入って、ドタドタと椅子に座った。


 すると、

「エレサ、少し女の子らしくしなさい。それではお父様が驚かれますよ」

と母であるサスリナからお小言をもらった。


 エレサは、そんな事には意に介さずに

「お母様、さっき、木の聖霊に会ったの」

と目を大きく開き、自分が見てた驚きを伝えようと、身体全体で表現した。


「そう、木の聖霊に会ったの。それは凄いわね。お母様も会ってみたいわ」

とサスリナは目を細めて、優しく笑い、答えた。


「それでね、お母様、左目は風竜が直してくれるって」


   ◇ ◇ ◇


「サスリナ、エレサは本当にドラゴンが直してくれると言ったのか? 」

とグレンは、ベットで寝ているエレサの頭を撫でながら、少し離れた所で本を読んでいるサスリナに聞いた。サスリナの膝にはナントが寝ている。


 サスリナは、しおりを挟んで閉じ、ナントを起こさないように机の上に置いて

「ええ、私も驚いたわ。これまで、痛みを訴える以外に、エレサ自身が目について言ったことがないですもの。それに、ほら、木の聖霊って、貴方が教えてくれた、この王宮にいると言われている守護聖霊の事じゃないのかしら」


 グレンは、エレサの腕を布団の中にしまい、ベットから立ち上がって、

「守護聖霊、僕は見たこと無いけど、見たと言う人が多いだよ。それに聖霊師様は会話されたと言うことだ。それから、このシン王国とドラゴンは縁があるだよ」


「エストファの壺の話ね。ああ、エレサはドラゴンではなく、竜、風竜と言っていたわ。壺の話でも、風竜だったわね」


「そうだね。この国の王としては、間違う訳には行かないね。訂正しよう」

とサスリナの対面の椅子に座り、カップに手を伸ばしながら答えた。


「偶然かしら」

「風竜か。ミクラ湖の反対側の森や死人の森の方で目撃情報が多いけど、勝手気ままに居なくなるし、伝説の英雄エストファならいざ知らず、やはり恐怖の存在だからね。おいそれと会いに行くわけにもいかないだろうな。竜を怒らせて一国が滅んだ事例も多くある。今度聖霊師様に聞いてみようと思う」


 グレンは椅子に深く座り直し、お茶を飲むでも無くカップを口の前で止めて考えた。この所シン王国で起きている死霊魔術に関する事件も心配だが、エレサの事はそれ以上に心配だった。

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