第12話 閲兵式

———魔法使いが遠距離で、でたらめな力を発揮するこの世界では、一般の軍は物量と索敵力そして、機動力で対抗するしかない。その中の機動力の象徴が騎馬兵で、魔法使いの攻撃を巧みにかわし、敵を突くのがその本領だ。この為、何処の国でも騎馬隊を重視し、ここシン王国でも騎馬隊は軍の中核をなしている———


「エレサ、お前は本当に馬が好きだな」

と私は、騎乗して私の前に座っているエレサに 頭の上から話しかけた。


 今日は、騎馬だけの小閲兵式の日だ。最近不穏な空気が流れている中ではあるが、いざという時の為にも、兵の状態を万全にしておかなければならない。特に騎馬兵は私の手足で常に鍛錬しておく必要がある。指の動き一つで全軍を動かせるようにしておくのは並大抵事ではないのだ。


「とっても好き」

とエレサは私の方に顔を向けて応えた。


「何が好きなんだ? 風を切って走るところか? 」

とまた聞いてみた。


「うーん、それも好きだけど、お父様の手の動きで、兵隊さんたちが一斉に動くところも好き、それに …… わかんないけど好き」

と今度は、前を整列して交差して疾走する騎馬隊を指差して応えた。


 私は吹きそうになった。


 何時もサスリナが、

『エレサ! 貴方は王女なのよ、もっとお淑やかにしなさい』

と小言を飛ばしているのを聞いている私としては、喜んで良いのか悪いのか、ちょっと返答に困った。お馬が好きとか、走るのが気持ち良いとかなら、普通の女の子の返答のうちだろうが、軍隊の動きが好きというのは如何した物だろう。


「そうなのか? 」

と応えると、

「お父様、お父様が先頭で指揮するのに、乗ってみたい」

とエレサが言ってきた。


 確かに女王ともなれば、全軍を指揮する必要があるが、まだ、六歳そこそこの女の子に教えて良い物か ……


 サスリナが聞けば、

『陛下、エレサは王女なのですよ。まず最初に王女としての嗜みを覚えてから、軍を動かすことを覚えても良いではないでしょうか』

などと、今度は私に小言が飛んできそうだ。


「お父様、エレサ、乗ってみたい」

とエレサはせがんできた。


「じゃあ、最初の一駆けだけだぞ。その後は、騎兵隊長と調練するから、おとなくしく待っていると約束できるかな? 」

と妙な答えになってしまった。


「うん。できる」

とニコニコして、満面の笑みで応えた。


 私は騎兵隊長に事情を話し、一駆けだけつき合って貰うことにした。元々、エレサは私にくっ付いて、よく訓練に来ていたので兵達の受けが良い。『王女様だから』と頭を下げるのではなく、身なりに似合わない大人の男の様なしゃべり方をするのが受けているようだ。逆にサスリナの頭痛の種でもあるのだが。


「エレサ、子供がいるからと、兵の訓練は甘えた事は言えないぞ。疾駆するから舌を噛まずに、落ちないようにしっかり捕まっているのだぞ」

とエレサに注意すると、

「わかった」

と返事が返ってきた。物怖じしない子だ。それでも腰の辺りをしっかりと結びつけて、鞭を入れた。


   ◇ ◇ ◇


 風が後ろに流れる。遠くの山も林も木も、軌跡を引いて後ろへ飛んで行く。


「素敵」

と娘は声を上げた。


 そして、父が指で合図を出すと、騎兵が左右に一並びになった。


「凄い凄い」

と、また、声を上げた。


 父は両手を離し、少し広げて前に振ると両翼の騎馬が、渡り鳥の様に、斜めに移動した。


 手綱を鞍に引っかけて、両足で馬の腹を締めて乗っている父。


「エレサ、しっかり、つかまっていろよ」

と、その声が優しい。


 娘の背中で感じる父の胸は、ドッシリとして、包み込むように大きかった。


 そして、下から見上げる父の顔は、真っ直ぐ前を向いて、何処までも遠くを見ているようだった。

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