第4話 死霊魔法

「ロージ・スペル嬢はおられるか? 儂はアルカディアのニコラス・オクタエダルじゃ」

とオクタエダルは、呪文を掛けて屋敷中に響くような大声でロージに呼びかけた。


「五月蠅いわね。何の用なの。あの門の呪文を破って、わざわざ入ってきたのだから、ただじゃ済まないわよ」

と目が血走り殺気立っていたロージが出てきた。


「ロージ嬢、元生徒からの相談を受けてな。ちょっと気になって来たのじゃ。そなた、魔術の力はかなりあるように見えるが、黒魔術を使い続けると身を滅ぼすじゃろうな。悪いことは言わぬ。アルカディアに来なされ。そなたほどの力があれば一流の魔術師になれるじゃろう」

とオクタエダルは、ロージを諭すように語った。


「はあ? ジジイ、いきなり入ってきて何を言うの! 判った。サスリナね。あいつらは、私から大事な者を奪ったのだから、罰を受けるのは当然よ。私は絶対に許さないわ」

とロージの顔は、憎しみの形相に歪んだ。


 そして続けて、

「私の母が死んだあと、あいつの母親は商売女の様に私の父を奪った。そして、今度はあいつが、殿下も私から奪った。だから仕返しするのよ。お前にも、アルカディアにも関係ないわ。さあ、帰って」

と曲がった杖をオクタエダルに向け、魔法で吹き飛ばそうとした。


 しかし、オクタエダルは右手を少し振って、錬金術により変えられた空気壁によって無効化した。


「儂も早々、帰るわけには行かぬ。お主も含めて三人が不幸になることを見過ごすわけには行かぬでな。さあ、儂とともにアルカディアに行こう。相談に乗ってくれる先生方は大勢いる」

とオクタエダルは説得を試みる。


 自分の放った魔法を無効化され、ロージは若干うろたえたが、

「私には、他に先生なんて要らないわ。帰って! か・え・れ」

とロージの声は、低く、野太く、耳障りな音となった。


 そして、杖を持つ右手を、左手の爪を立てて掻き掻きむしった。ロージの右手は傷つき、血が滲み始め、ついには杖に伝わるほど血が滴り、杖に不規則な魔方陣が現れた。


 それを見たオクタエダルは少なからず驚き、

「お主、何処で、誰から、その魔術を習った? 止めるのじゃ。それは死霊魔法じゃ。そんなことをしたら、傷つくのは身体だけでは済まないぞ。止めよ、止めるのじゃ」

とオクタエダルは拘束水を降らせようと、無音提唱をした。


 しかしロージはいち早く、血の魔術の提唱を完了させ、杖を振り自分の血を床に落とした。血は生き物ごとく動き出し、一部は床の隙間に入り込み、一部は玄関から外にうねるように流れ出た。


「ここには、埋めてあるわ。いっぱいね」

と言うと、腐りかけた人属の手が、次々と床を破り、悍ましき腐肉の塊が這いだしてきた。


「馬鹿者! お主の魂も傷つけておるぞ! すぐに術を解くのじゃ」

とオクタエダルは、ロージを叱りつけるように警告した後、拘束水をアンデッドたちに向けて放ち一部を拘束した。しかし数は増えるばかりであった。


   ◇ ◇ ◇


 サスリナは、動き出した遺体の一つを見て、

「お母様、お母様、どうして」

と手を口に当てて悲鳴を上げてしまった。


「おや、サスリナも居たのね。その錬金術師の魔法か何かで見えなかったわ。ふふふ …… ハハハハ、お前を生んだ売女の死骸を掘り返したのよ。浄化されていたのを何日もかけて、召し使いにしたわ。どう、素敵でしょう? 」

ロージは、勝ち誇ったような、意地悪な顔をしてサスリナに残酷な言葉を放った。


 今度は、

「ロージ嬢、なんでこんな事をするのだ」

とグレン皇太子もたまらずに声を上げた。


「殿下 …… クソジジイ、殿下まで連れてきていたのか。いいわ、全員、殺してやる。後は私の下部にしてあげるわよ。さあ、奴らを殺せ」

とロージは発狂気味にアンデッドたちに命じた。


 オクタエダルは、いち早くグレンとサスリナ、自分を取り囲むように空気壁を作り、アンデッドたちを防いだ。透明な空気壁に阻まれたアンデッドたちは腐った手で、そして腕で壁を叩き、腐肉をまき散らし、口から汚物を吐き出しながら襲ってきた。サスリナは勿論のこと、グレンも恐怖に勝る嫌悪感に吐き気を催した。


「むむ、仕方ないのぉ。あの状況では声を上げずにはおられまいなぁ。二人供、こちらに来るのじゃ」

と皇太子とサスリナを呼び寄せ、さらにサスリナに向かって、

「お母上の御心は既に、ご遺体にはおらん。ロージ嬢の魂の一部が入り込んで操っておる。良いか、荼毘に伏さなければ、何時までも操られる。厳しいようじゃが、良いな」

とオクタエダルは何度も念をおした。


 サスリナはコクっと、うなずき、

「判りました。母をお救いください」

と告げた後、グレンの胸に顔を埋め泣いた。


「グレン殿下、しっかりとサスリナ嬢を支えておれ。そして目を閉じておれ。目が潰れるから、開ける出ないぞ。」

と生徒に命じるように言葉を発した。


 そして、オクタエダルは両手を横に広げて、

「我が命ずる。反転光消滅の陣を開き、塵芥の性質を光子に変え、光を持って、この屋敷の物すべてを焼却せよ」

と錬金呪文を発すると、三人を取り囲むように、模様がすべて反転している八芒星の錬金陣が現れた。次の瞬間、空気が光り始め、ついには強烈な光の洪水となった。


 そして、アンデッドも屋敷も消滅した。


「もう良い」

とオクタエダルが言葉を発したとき、春の暖かい空気が頬を撫でた。


「ロージ嬢も消滅したでしょうか? 」

と皇太子はオクタエダルに聞いた。


「いや、我が錬金陣が完成する前に逃げおった。改心させらなんだ」

とオクタエダルは、目を瞑り、無念の表情を見せながら呟いた。


   ◇ ◇ ◇


「それから、私はサスリナと結婚しました。その時、オクタエダル先生から『良いか、お二人。この喜ばしき時に、不吉なことを言って済まんのじゃが、ロージ嬢が行方不明であるため、警告しておく。妃殿下が身ごもったとき、決して浄化されていない水を飲んではならぬ。このことは、最高司祭のレミーとミリーにも伝えておる。この二人が浄化していない水は決して口にしてはならぬぞ』と忠告を受けました」

と私は忌まわしき事件を思い出しながら、シーク殿に話した。


 シーク殿は、カールした髪の毛を右手で弄びながら、

「死霊魔法の一つに胎児をアンデッド化する術があるわね。死霊魔術師が魔法を掛けた自分の血の一滴を身ごもった母親に飲ませるのよ。味も匂いも色も判らない位、希釈しても効果があるわ。オクタエダル先生はそれを警戒したのね」

と首を少し傾げて話をしてきた。


「残念ながら、私にはオクタエダル先生の趣旨までは判りません」

と私は少し頭をさげて答えた。


「陛下がお気になさる事はありません。オクタエダル先生のような天才は、理由をお話にならないことが有りますのよ。自分と同じくらい相手が理解していると勘違いされるの」

と口を少しへの字にして、慰めるように語った。


「でも、浄化していない水をお飲みになった事があるのかしら」

と髪の毛を弄びながら聞いてきた。


「教会で浄化した水は毎日運ばれていたのですが、もう臨月になった、夏の暑い日、その日だけ運んできた者が行方不明になりました。そしてその水を飲んだ直後、産気づきエレサを出産しました」

と私は徹底的に調査した結果を少し語った。


「とするとエレサ様の左目はアンデッド化した物と考えられますね。出産が遅ければ、母親の腹を食い破って出てきたところ …… ああ、失礼いたしました」

とシーク殿は光の玉を見て遊んでいるエレサを見た後、失言を謝るために私に向いて頭を下げた。


 私はつい身を乗り出して、

「エレサの左目を治す方法はあるのでしょうか? 」

と聞いた。


 するとシーク殿は、

「術者を殺すこと。それ以外には、患部を取り除くこと」

と答えた。


「ロージは、行方が判りません。それにエレサの目を取るなど、とても出来ません」

と私は首を振りながら答えた。


 すると、

「陛下、残酷なことを言うようですが、目玉だけでは駄目でしょう。顔の半分を切除する必要があります」

と答えた。


「そんな …… 」

と私は絶句してしまった。


 しばらく、沈黙が続いた。エレサだけが、光の玉を床に転がしながら色の変化を楽しんでいた。


「陛下、オクタエダル先生は、どのような見解でしょうか? 」

とシーク殿は聞いていた。


「ここ数ヶ月でエレサの症状が悪化したので、アルカディアに使いを遣ったのですが、ファル王国で問題が生じたらしく不在なのです」

と答えた。私はオクタエダル先生が、不在になるのを待っていたかのように症状が悪化したように思った。


「そうですか。それでは私も他の方法がないか当たってみましょう。陛下もロージを探す事を試みてください。症状が進行しているので必ず生きています」

とシーク殿は少し励ますように提案してくれた。

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