第3話 俺と空腹の少女

「ん……んぅ……」

「お目覚めか」



 少女を椅子に横たわらせてから一時間ほど経った頃。彼女はゆっくりとまぶたを開き、目を擦りながら起き上がった。そして辺りをキョロキョロと見回す。



「やぁ、おはよう」



 声をかけてやると、彼女の目と俺の目があった。


 しかしまあ、なんというか、本当にかなりの美少女だ。あのSランクのエルフの女性に間違いなく匹敵する。こんなに連続で美女を拝むと、この世に美女しか居ないんじゃないかと錯覚してしまいそうだぜ。



「気分はどうだ?」

「……ぁ……え……? や、やだ! こないでぇ⁉︎」



 軽く声をかけてやると、竜族の少女は悲鳴のような声をあげた。そしてしーーーっかりと拳を握りしめ、その堅く結ばれたものを勢いよくふるってくる。白く細く繊細そうな手から放たれたその美しい暴力は、俺の腹筋がしっかりと受け止ッ



「ぎぐぉぅ……」

「はぁ……はぁ……。ハッ!」



 死ぬ。だめ、これ死ぬ。



「ど、どう……じで……俺がっ……うっ……」

「……え、あ……あっ、ちがっ! ご、ごめんなさい!」



 どうやら彼女の反応を見るに俺自身が拒否されたわけではないようだ。それなら、まあ、いいか。


 しかし今日は謝られてばっかりだ。だが謝るような立場に立つより、謝られる立場なのはいい。傷ついているのが俺だけだからだ。なんて紳士的な言葉。これ今思いついた。すっごくかっこいいと思う。



「い、いいさ、げ、元気そうで……げふっ……なに……よ……うっ……」

「だ、だめ! しっかりして! しっかり!」



 少女に肩を思い切り揺さぶられた。首が、ガクンガクンと骨の軋むような音を立てながら揺れる。おかげで目が覚めた。危うく気絶するところだった。俺はしばらく呼吸を整えるのに時間をもらってから、再び彼女に話しかけた。



「……元気そうで何よりだ。もう路地裏で寝たりなんかするんじゃないぜ?」

「うん、気をつける。そしてありがと。あの二人から助けてくれたのって貴方だよね?」

「まぁ、そうなるな。なんだ、意識を失ってるわけじゃなかったのか」

「実はその時、目は開けられなかったけど、ぼんやりと何言ってるのかだけは聞こえてたの。それで、さっきの殴っちゃったのは、その……」



 彼女曰く、さっきの腹パンは寝ぼけて冷静な判断ができず、俺をあの二人のうち一方と勘違いしてしまったための咄嗟の行為らしい。勘違いなら仕方ない。このダンディでイケてる俺があのクズ共と間違われるのはシャクだが、俺はレディに対しては寛容かんようだから、なんのお咎めもなく許すのだ。まだお腹痛いけど。



「寝ぼけて間違って恩人を殴ってしまうなんて竜族として恥ずかしい。しかも今の私じゃお詫びもお礼も何も出来ないし……」



 竜族の子はシュンとなった。だが、俺は女の子には見返りを求めない。無事だったのならそれでいい。


 しかも、お礼の代わりなら既に背負った時にもらったとも言える。……そう、あの柔らかな感覚を。本人の前で口には決して出さないが、もうあれを忘れ去るるのは諦めた。仕方ないじゃないか。だって紳士だって男の子だもの。



「とりあえず、何があったか聞かせてくれないか?」

「そんな大したことじゃないの、理由は……」



 グゥゥゥと、元気よく生きている証の音色が聞こえた。まるで呼ばれて返事をするかのように。顔を真っ赤にしてお腹を抑えているその様子を見てだいたい察することができた。



「まさか、空腹が限界に達して気絶したのか」

「……うん」

「となると、食事するお金がないとか?」

「うんうん」

「どのくらい食べてないの?」

「丸三日……かな?」

「ひょえ」



 それはいけない。特に竜族という戦闘に特化した種族の人間は大量に食事を摂取する必要があると聞いたことがある。それなのに丸三日も食べていないだなんて、限界が来て気絶してしまうのも当然といえるだろう。


 いや、しかしそれと路地裏に居たことは結びつかない。普通はまず、女の子一人で路地裏に入るという考え自体が思い浮かばないものだと思うが。なにか深い訳があったのだろうか。



「倒れてしまった理由は分かったが……それなら、なぜあんな治安の悪い場所に居たんだ?」

「……あの、あそこらへんから美味しそうなステーキの匂いがして、その、それに釣られたの。限界だから。匂いだけでもお腹いっぱいならないかなーって……」

「それは相当追い詰められてるな」

「そう、あっ、まって……!」



 再び彼女の人として当然のものを求める欲望の音が鳴った。匂いを嗅ぎ、睡眠したところで腹は膨れない。これだけ助けを求める音が胃から聞こえてきても仕方ないだろう。



「……ご、ごめんなさい」

「別に。俺はなにも聞いちゃいないさ」



 仕方ない。こうなったらこの紳士たる俺が今すぐどこかの店で食事をご馳走してやろう。流石に三日もなにも口にしてないのはまずいし、ステーキの匂いとかいう変な理由でまた路地裏に一人で入られては俺が助け出した意味がない。


 おっと、だがいまは財布が手元にないんだった。取りにいかなければ。



「すまない、ここで十分ほど待ってくれるか? ちょっと今俺が宿泊している宿に忘れ物をしたんだ」

「……? うん、わかった」



 俺は宿の自分の部屋へ急いで戻った。あんまり時間をかけすぎて再び空腹で倒れられても困るから、とにかく急いで。


 いまだに残る強烈な腹の痛みと闘いながら……。










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