第1話

 僕の前世について話せる事は少ない。


 それは十三年という短いもので、ほとんどの時間を病室で過ごした。

 原因不明の難病で、医者も匙をなげていた。


 とはいえ、同情されても困ってしまう。僕にはそれが当たり前で、不幸だとは感じていなかったから。


 それでも出会う人々は、決まって同情してみせる。それが僕には嫌だった。

 思うに、「同情」には対象が自分より下位であると定義する作用があって、僕にはそれが不快だったのだと思う。


 それでも、人々からの評価は適切なものだったと言うべきだろう。僕には野を駆ける体力はなく、かといって勉学に勤しんだ訳でもない。特技と言えば、人の嘘や本音を見抜けることくらいだ。


 僕はその人の表情や仕草、声の微妙な変化から相手の本心を知ることができた。他者に依存するしかない僕が身に付けた生きる術だ。

 まあ、答え合わせもしていない、ただの自己評価なのだけど。


 ときおり見舞いに訪れる、あまり親しくないクラスメートには申し訳なさを感じたものだ。

 彼や彼女にはやりたい事が他にあった。それでも、いつも気遣わしげな表情で、優しい言葉をかけてくれた。時にはこちらを笑わせようとさえしてくれる。

 僕はそれに感謝の言葉を述べ、喜んで見せた。

 それは儀礼的なものだ。彼らのことは嫌いじゃない。僕らは互いに大人であろうとしただけだ。友達にならなかっただけだ。


 人生を謳歌できない僕を哀れんで、両親は大抵のワガママをきいてくれた。生活を病室に縛られた僕が架空の世界、漫画や小説、そしてゲームに時間を費やしたとて誰に責められよう。


 画面越しに見る遠い現実と、幻想的な異世界は、僕にとっては等距離だ。僕は現実からかけ離れたファンタジー作品を特に好んだ。


 それがまさか、神様に呼びつけられる原因になるとは思わなかったけども。



 汚れを排除するようなその空間は、手術室を思わせた。


「はじめまして」


 目の前に現れた男性が言う。困ったような表情を浮かべたおじさんで、なんだか頼りない。


「私は神様というやつだ。君の世界の言葉で言えばね。今日はお願いがあって来てもらった」


 おじさんの言葉に、僕の警戒心が呼び起こされる。うさんくさい。


「あ、信じてない? 本当のことなんだけどな」

 自称神様は、少し哀しげにそう言った。


「いえ、信じますよ」

 なんだか可哀想になった僕は答えた。悪い人でもなさそうだし。


 僕は病院で死んだはず。そしてこの空間もどこか現実味を欠いている。これが死の直前に見る幻でないなら、このおじさんが神様であっても不思議ではない気がする。


「自分が死んでしまった事はわかるかな?」

「はい。わかります」

「そうか。話が早くて助かるよ。率直に言えば、君にある世界を救ってもらいたいんだ」


 神様らしい無茶振りだ。


「あの、どうして僕なんですか?」

「その世界について、君が一番よく知っているからさ」

「……もう少し詳しく教えてください」


 神様はあるRPGのタイトルを口にした。かなり有名な作品で、僕も熱中していた時期がある。


「ある世界、というのは、そのゲームをモデルにして作ったものなんだ」

「ゲームをモデルに、ですか?」

「私は新神でね。まだ経験が浅くて、その世界も練習のつもりで創ったんだ。ちなみに重大な事件もゲームと同じように発生する」


 それはパクリなのでは、という疑問を僕は飲み込んだ。


「もちろん、完全に同じという訳じゃないよ」

 こちらの雰囲気を察してか、おじさんはしどろもどろになって言い訳をした。


「それで、出来たものを見ると愛着が湧いてきてね。このまま滅ぶのも忍びない」

「なぜ滅ぶのですか? パクリ世界なら勇者が救ってくれるのでは」

「パクリじゃないよ。完全に同じではないんだ。……例えば、死者は蘇らない」


 なるほど。余計なアレンジを加えた、と。


「それが原因で勇者が敗北するのですか?」

「まだ負けてはいないよ。……でも、そうなるだろうね。」

 

 だって、死者が蘇るなんておかしいじゃないか、と神様は呟いた。


「神様の力で世界を救うことはできないのですか?」

 多分無理だから僕に頼むのだろう。それでも確認はしておきたい。


「動き出した世界には直接介入できないんだ。蟻の巣に指を突っ込むようなものでね。その世界を壊すことになりかねない。出来るのは、一部の人間に神託を授けるくらいかな」


 厳しいかもしれない。決して難易度の高いゲームではなかったけど、普通にプレイしていれば事故も起きる。一度も死なない、というのは難しいだろう。


「君が勇者として転生すればなんとか出来ると思うんだ。頼まれてくれないだろうか。もちろん、救ってくれればお礼もする」


 そう言われると弱い。僕は返事を先延ばしするように、ゲームとの違いについて質問責めにした。地理や魔法やモンスター、発生するイベントなどなど。


「注意が必要なのは、世界の自動修復機能かな」


 神様が説明を続ける。なんだか言い難いことのようだ。


「世界に矛盾を生じさせないための機能でね。君が元居た世界の知識を使うのはやめた方が良い。例えば銃火器を量産したりすれば、発動するだろう」


 なんとなくSFのタイムパラドックスを連想する。


「具体的に何が起こるのですか? 発動条件も詳しく知りたいです」

「その情報、知識や記憶が改竄されるか失われる事になる。条件は……難しいな。まあ、ゲーム知識で活動を効率化するくらいは平気だよ」

「それなら大丈夫、かなあ」

 具体的に何が問題とも指摘できない。けど、致命的な事態を引き起こしそうにも思える。


「それで、引き受けてくれるかい?」

 自称神様が改めて問いかける。


 散々渋りながら、僕の心はとっくに決まっていた。


 生前、自分に何かを期待した事はなかった。

 誰かに期待されることもなかった。


 その僕が英雄になれるのだ。


 未知への不安と、それをはるかに超える興奮が僕の心を満たしていた。


「やってみます」

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