第2話 鬼、ダンジョンに突入す。

 ダンジョンが出来て一時間後――。


「行ってきたよー!」


 修験者の隠れ里の里長さとおさに報告をすべく席を外していた小鈴が座敷牢の前まで戻ってくる。


 乱れる息を隠そうともしない彼女は、ライト付きのヘルメットとLED型のランプを腰に付け、ピンク色のツナギと巨大な背嚢リュックサックを背負った格好となって戻ってきていた。


 思わず「どこぞの探検家か!」とツッコんでしまいそうになるのを大竹丸は何とか我慢する。


「で? どうじゃった?」


「お父さ……じゃなかった里長様に聞いてきた結果はねぇ! タケちゃんと私で攻略して構わないって!」


「良く分からぬが、こういうのは警察に報告すべきではないのかのう?」


 胡乱げな視線を向ける大竹丸。彼女も本気で言っているわけではないのだろう。ただの確認だ。


「こんな山奥の限界集落にまで警察なんてやって来ないだろうから、何とか出来るようなら何とかして欲しいだってさー」


「ふむ、しかたないのう」


 そう言って大竹丸は座敷牢の鍵を開ける。普通、座敷牢の鍵は外側に付いているものではあるが、大竹丸の場合は違う。彼女は自分から引きこもり生活をしているため、鍵は内側に付けているのである。ガチャンと錠を外し、格子戸を開けて中に小鈴を呼び込む。


「お邪魔しまーす」


「畏まらなくてよいぞ」


「気分だよ、気分。あと、タケちゃんは着替えなくて良いの? そのジャージお気に入りのだよね? 汚れちゃうよ?」


「妾がダンジョンのモンスター相手に遅れを取ると思うか? 塵ひとつ付けないまま攻略してやろうぞ! ……それよりも、小鈴のツナギはなんじゃ? 修験装束ではないのか?」


「タケちゃん、それフラグっていうんだよー。あと修験装束はね、お父さんに勧められたけど可愛くないからやめたの。ピンクのツナギの方が可愛くない?」


「うーむ。妾には分からん。ファッションは門外漢じゃからな。とりあえず、ジャージは汚さぬ。モンスターなんぞ出てくる端からボコボコじゃ!」


「わお、凄い自信!」


「まぁ、例え、汚したとしても、妾にはまだお気に入りのスウェットがあるからな。問題あるまい」


「それ、寝間着だよね? 私としては二十四時間寝間着は止めて欲しいかな~って思うんだけど……。あ、そうだ。靴持ってこないと!」


「下履きか。縁側のツッカケで良いかの」


 やいのやいのと姦しい二人は、何だかんだで楽しみながら準備を整える。だが、その準備が整った時、二人の姿はまるで正反対の様相を呈していた。


「何でタケちゃんは、そんな深夜のコンビニにちょっと行ってくるみたいな格好なの!?」


「小鈴の方がおかしいじゃろ! なんじゃその重装備は! 今からエベレストでも登頂するつもりか!」


 そう、重装備と軽装備の二極化である。


 小鈴の装備は元々厚手のツナギにリュックサックを背負っていたこともあって、まるで探検家を思わせる格好であったのだが、そこに更に編み上げのブーツとピッケルが加わって、一体何処に向かうのかと思わせるほどの重装備になっていた。


 一方の大竹丸は、ジャージの上下にツッカケを履き、野暮ったい伊達眼鏡を掛けた格好。それこそダンジョンのダの字も感じさせない自然体の軽装そのものである。それには小鈴も怒りを隠し切れない。


「ダンジョンでは何が起こるか分からないんだよ! だから、準備するのは当然じゃないかな!?」


「何が起きても妾が対処するから軽装で構わぬじゃろ。というか、なんじゃそのピッケルは?」


「武器!」


「登山にしか見えん……」


 やれやれと嘆息を吐き出しながら、大竹丸は短く「三明の剣よ」と呟く。すると、大竹丸の目の前で空間が輝き出し、光が三本の棒状に変わる。そして、光が収まった時には、その場には三本の刀が顕現していた。


 何ぞこれ、不思議な現象だ、と思うかもしれないが、これぞ修験道の極みに達した者の一部が取得できる秘せられた技術なのである。


 ――そも、修験道とは何物か?


 元々は山や自然に神が宿ると考えている山岳信仰から始まった修行方法のひとつで、山岳の厳しい自然の中に身をおいて修行を重ねることで悟りの境地に至るというものが修験道であった。


 だが、その過程において悟りだけではなく、にまで目覚めてしまうことがあるという。


 その力を里の修験者たちは『神にも通じる力』だとして神通力と呼んだ。神通力は魂が自然に近い者ほどに強く、特に自然由来の鬼や妖怪と云われる存在は非常に高い神通力を持つとされていた。


 そんな中、迷える鬼の魂を定着させられ、育てられてきた少女こそが大竹丸なのである。


 言ってしまえば、彼女は人造の鬼であり、人並み外れた神通力を有している非常に稀有な存在なのであった。


 そんな大竹丸であるからして、神通力を使って無から有を作ることなどお茶の子さいさいなのだ。


 そんな神通力で大竹丸は三本の刀を作り出し、その内の二本を落ちるがままに放置し、他二本より短い一本を小鈴に放り投げて寄越していた。


 乱暴な扱いに戸惑いながらも、小鈴は刀を受け取る。


「うわっと!?」


小通連しょうとうれんじゃ。貸してやろう。それを持っておれば剣の素人でも自動で攻撃を防ぐゆえ、身を守るには十分じゃろう」


「で、でも、これ! タケちゃんの大切な刀だよね!? わ、私が使っちゃっても良いの……?」


 小鈴は自分の手に収まっている神通力で作られた刀が厄災除けに強い力を発揮し、霊的な怪異すら寄せ付けない古今無双の守りの刀であることを知っている。


 この隠れ里の歴史の中では、その刀を借りる為だけに資産家が莫大な金を積んだとすら言われている逸品だ。


 その辺の女子高生が軽々と借りて良い物ではあるまい。自然と刀を持つ手が震える。


「ふん! 勘違いするなよ! パワスピで勝ち逃げは許さぬというだけじゃからな! そ、その……、大切に思っているとか、そういうのじゃないんじゃからな!」


 だが、大竹丸からの返事は分かりやすい程に分かりやすい反応であった。


 どうやら大竹丸は小鈴のことをそれなりに大切に思っているらしいと知れて、自然と小鈴の顔にも笑顔が彩られる。


「ありがとー! タケちゃん大好き!」


「違っ!? だから! えぇい、抱きつくでない!」


 暑苦しい御世話係を引き剥がしながら、大竹丸は今度も口の中で呟くようにして呪を唱える。


 すると、再度、大竹丸の神通力が具現化し、やがてその場にもう一人の人影が象られて顕現していた。それは、大竹丸も小鈴もどちらも良く見知った顔だ。


「ふむ。相変わらず妾の神通力は無敵じゃの」


「そうじゃの。無敵過ぎて慢心しそうじゃの」


「えぇー!? タケちゃんが二人ーっ!?」


 驚く小鈴ではあるが、大竹丸は特段驚くべきことでもないとばかりに小鈴を諭す。


「小鈴よ。これは修験の秘奥として伝えておる『分け身の術』じゃ。多分、御先祖様の巻物を漁ればやり方が記載されておるはずじゃぞ。まぁ、この技は神通力さえ強ければ誰にでも出来るものじゃからのう。そこまで驚くものでもあるまい」


「そういうことじゃ。ただ、神通力が弱ければ作り出した分身も相応に弱くはなるがのう。まぁ、妾ほどになると本人と変わらぬ強さの分身が生み出せるわけじゃが、それは今はどうでも良いのう。……で? とりあえず、妾は留守番しながらパワスピで選手を作っておけば良いのかのう?」


「うむ、その為に呼んだからな! 勿論、アイテムも使って良いぞ!」


「ククッ、腕が鳴るのぅ!」


「頼むぞ、妾よ!」


「任せよ、妾よ!」


「…………。凄い技なのに、とんでもなく残念な利用方法なのは何故なんだろう……」

 

 あまりのことに、思わず黄昏てしまう小鈴である。願わくば、さっさとゲームオーバーになってしまいますようにと思わず祈ってしまう程だ。


「さて、これで後顧の憂いは断ったな! では、早速征くぞ、小鈴よ! 手っ取り早くダンジョンを潰そうではないか!」

 

「え? え、え? もう行くの? ちょっと待ってよ、タケちゃーん!」


 言うが早いが座敷牢の一角に出来たダンジョンの入り口と思われる穴に身を翻す大竹丸と、慌てて追随する小鈴。その後ろ姿を黙って見送っていたもう一人の大竹丸はというと――。


「そういえば、食料も水も用意しておらなかったようじゃが、大丈夫かのう妾は? ……まぁ、妾じゃし何とかするじゃろう。よし、ではゲームでもするかのう♪」


 実にマイペースにゲームを始めるのであった。

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