§008 「何も知らないくせに知ったような口を利かないでッ!」

「手相占い?」


「そうそう。いま私、手相占いにハマってるんだよね」


 あの猛獣を無事に飼い主のもとまで送り届けた後、私はを実行すべく、彼と一緒に帰路についていた。


 まったく今日は本当に散々な日だ。

 この変態野郎に下着は見られるし、犬には追いかけられるし、彼に触れようにも猛獣の鉄壁のブロックに合うし。

 結局、彼を私の虜にするという目的を達成できないまま、ズルズルとこんなところまで来てしまった。


 触れるだけで好きにさせることができると言っても、実はそんなに簡単なことじゃない。

 高校生の男女で、お互いの手が触れる機会が、その辺にぽんぽんと転がってるかというと、答えは「NO」だ。


 それに私の能力は男限定。女には効かない。

 だから、女の子の視線がある中で、男にベタベタ触れるのは御法度なわけだ。

 いくら私が“美少女”だからって、あんまりあからさまにやりすぎると、女の子達は手のひらを返したように「男に媚び売って」と敵意を剥き出しにしてくるだろう。

 女の子とはそういう生き物。

 私はそういう微妙な関係性を維持しながら、この能力を行使していかなければならないのだ。

 

 だからこそ、私はこうやって2人きりの状況を作っているわけだけど、さっきみたいに強引に掴みかかっても、彼の運動神経なら、またあっさり躱されてしまうだろう。


 そこで思いついたのが『手相占い』だ。

 手相占いであれば自然な流れで彼の手に長時間触れることができる。

 まさに彼を惚れさせるにはもってこいの作戦だろう。

 ふふ、こんな作戦が思いついちゃうなんて、やっぱり希沙良ちゃんは天才かもしれないな~。


「いや、俺はいいよ。占いとか信じないから」


 って、あっ……あれ?


「私が手相占いしてあげるって言ってるのよ?」


「いや、別にお前は有名占い師でも何でもないだろうよ」


 なんなのよ、その釣れない返事。

 普通の男の子ならお金を払ってでもやりたいイベントのはずなのに。


「私の占い、すごい当たるって評判なんだよ?」


 私は半ばムキになって、隣を歩く彼の顔を覗き込む。


「金なら持ってないぞ」


「初回サービスで特別に無料にしてあげる♡」


「どこのお店だよ。それにお前、真壁の彼女だろ? さすがにクラスメイトの彼女に手相占いをしてもらうのは良心の呵責が……」


 真壁くんの彼女……?

 ああ……その誤解があったわね。

 じゃあまずはその誤解を解くのが先か。


「未知人くんは勘違いしてるみたいだけど、私と真壁くんは付き合ってないわ」


「えっ? そうなのか?」


 私の返答に対して、彼は想像もしてなかったのか、驚きの表情を浮かべる。


「昨日のあの状況を見て誤解してるんでしょ?」


「そうだな。真壁は更科のことを好きって言ってたし、お前も真壁の手を握ってたからてっきり……」


「まあ、真壁くんが私のことを『好き』なのは否定しないけどね」


「お前は真壁のこと好きじゃないのか?」


「好きじゃないわ」


「じゃあなんで今日は真壁のことを買い物に誘おうとしてたんだ?」


「不思議なことを聞くのね? 彼は私のことを好きなんだから別に私がどうしようが勝手じゃない」


「それはどういう意味だ?」


「?? 言葉通りの意味よ。私のことを好きな彼を、私が、私の自由ってこと」


「バカじゃねーのか」


「えっ……?」


 突然歩みを止めた彼の言葉には想像以上の怒気が含まれていた。


「お前は真壁の気持ちを考えたことがあるのかよ。真壁はお前のことが好きで尽くそうとしてくれてるんだろう。それなのにお前はその真壁の気持ちを考えようともしないで、何を偉そうなこと言ってるんだ」


 ああ……ちょっとしゃべりすぎちゃったか。

 そうだよね、こういう反応するんだった。

 と話をするのなんて久しぶりだから、この感覚がすっぽりと抜け落ちてたよ。


 でもね……それはなの。

 それで、私は


 私も歩みを止め、冷え切った目線を彼に向ける。

 あなたの言ってることは幻想なのよという意味を込めて。

 それでも、彼はしつこく食い下がってくる。


「おい、何黙ってるんだよ。確かにお前にとっては、告白なんて日常茶飯事なのかもしれないけど、その告白するやつにとってみれば、自分の心の中の一番大切な部分をさらけ出してる瞬間なんだよ」


「…………」


「『好き』と相手に伝えることがどんなに勇気のいることかお前にわかるか?」


「…………」


「『好き』と言ってもらえることがどんなに幸せなことかお前にわかるかっ!!」


 彼の一言に不覚にもカチンときてしまった。

 頭にガーっと血が昇るのがわかる。


 『好き』って言ってもらえることが幸せ?

 

 あなたに私の幸せの何がわかるの。

 あなたに私の何がわかるの。

 私のことなんか何も知らないくせに。

 

 私のことなんか……私のことなんか……


「何も知らないくせに知ったような口を利かないでッ!!」


 気付いたときには理性の欠片もない乱暴な言葉で、心の中で渦巻く感情をぶちまけていた。


 私はこういう生き方しかできないんだから。

 私にはこういう能力が与えられたんだから。


 この『能力』を知らないあなたにそんなことを言う資格はないッ!


 一度、決壊してしまった感情はもう自分の力では止めることはできなかった。


「じゃあ聞くけどさ、未知人くん。たくさんの人から『好き』と言われる私はどうすればいいの?!」


 私は沸き起こる感情を彼にぶつける。

 

「みんなに『好き』って答えるのが正解? みんなに『好きじゃない』って答えるのが正解? 私は別に『好き』でも『嫌い』でもないのに、『好き』って言われた瞬間にその責任のすべてが私に押し付けられる。その気持ちがあなたにわかるの? 未知人くんは一度でもこういう状況を考えたことがあるの? こんなことで日々悩む人生が本当に幸せに見えるの?」


 私は息も絶え絶えになり、肩でハァハァと息をする。

 それでも彼を思いっきり睨みつけ、喉が擦り切れそうになるくらい目一杯の力で叫ぶ。


「この気持ちを知らないあなたにとやかく言われる筋合いはない!!」


 そんなに……そんなに偉そうなことを言うんだったら……

 私に……その答えを教えてよ……。

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