【第11話】変貌依代


 ⁂


「な、なんでアンタが、本当に……」

 前の時とは全く違う姿。

「フフッ、驚くのも無理はなかろう。妾はこちらの世界では肉体はないゆえ真莉の体で姿を思うように変えられる――ほらこの通り」

 瞬きの合間に、そこには以前対峙した子供の姿があった。

「やっぱりあれは真莉の子供の頃の」

「おや分かっていたか」

 まるで魔法を見ているようだ。十夜の目の前で子供の真莉から大人の真莉へと成長する様を一気に見ているなんて。

(こんなことが有り得るの?)

 実際目の前で起きていた現象を否定したい。

 現実がそれを許さない。

「削がれた力を補うためにもう一度願いを乞うてもらった。お陰で妾の失った一尾をもう一度取り戻すことが出来た」

 白く輝く雄々しい狐の尾が三本それぞれ意志を持つように揺れていた。

「元々社には一尾残しておいた。願い乞う者達の感情が一尾を通して妾に流れ込むように。じゃがはそこの祓い屋にまんまとやられてしもうての。折角御霊晶の半分も預けていたのに、使えぬ奴よ。まあその骸も真莉が神社で願った時に再び妾の元に戻った。完全な形の御霊晶も妾に返り、願い乞う者達のお陰で以前よりも力が増しておる」

 十二単の背後をユラユラと揺れる尾がぴしゃりとまるで鞭のようにしなる。

「――…ね、ねえお願い真莉を助けてよ。お礼ならするから!」

 覚束ない足では立つことさえ出来ずヒシッと緋天の足に縋った。

「八花君や緋天さんが前みたいに倒せば真莉は元に戻るんだよね?」

 十夜の問いに誰も返事をしなかった。

「……え、だって祓い屋なんだよね人を助けるのが仕事なんだよね?」

 誰も返事をしないのを見兼ねたのか十二単の袖で口元を隠してクスクスと笑う。

「そら祓い屋、十夜が聞いておるぞ。良いのか言わんでそれなら妾が言うてやろう――」

「止めろ!」

 緋天が懐からヒュッとナイフを投げつけたが高笑いして綺麗に避けられた。

「あはははははは! 無理じゃぞ無理なのじゃもう真莉の体は妾の物。腕を千切られようとも首を切られようとも離れられぬ真莉がそう願ったからじゃ!」


 ……は?


「嘘、真莉がそんなこと言う訳ないでしょ?」


 信じない。そんなの信じられない


「嘘だ!」


 信じられるものか


「お主が何を知っておる?」

 駄々っ子のような拒絶に痺れを切らした偽神が唸った。

「お主が真莉の何を知っておると聞いているのだ」

 地を這うように低い声に何も言い返せなかった。

「お主達と対峙するずっと前から妾はこの子の中にいたことも知るまい。の願いを聞き届け、ようやく妾が表に出たことも。その間この子が何を抱え、何を考え、何を感じ、どう思っていたのか。知る由もないじゃろう」

(それは…)


「十夜はいいよね、ずっと前から皆に期待されてて。昔から明るくて友達も沢山いて、優しい幼馴染までいて。ずっと一緒だったクラスが離れてから私はそのクラスでずっと一人だった。家でも勉強しろ勉強しろって口煩い親がずっと言ってくるの。私の周りには頭のいい子ばかりで置いて行かれないように必死に頑張っても誰も褒めてもくれない。教師や親にすら上を、もっと上をって言われ続ける毎日…十夜には想像つかないでしょ?」


「そんな…言ってくれたら」

「言ったら何か変わるの? 助けてって言ったら何か変わったのかな? そんなのもう分かんないよ、誰も私を分かってくれない理解してくれないの」

 目も耳を塞いだ。何もかもを拒絶するように。

 尚も十夜を責める。

(あれは本当の真莉だ)

 口調もいつの間にか真莉に戻っていた。泣きそうな表情は道に迷った子供のように思えた。

「他人を完全に理解出来るわけないだろう、君は馬鹿なの?」

 辛辣な物言い八花だった。

 ソッと刀を下ろした。

「……ばか?」

「何も言わない内から理解を求めるなんてそんなの神でも無理だ。だから言葉がある。人を呪う言葉も人を喜ばせるのも全て言葉だ、君は相談する相手を間違っただけ」

 そう八花は言った。

「それに君の友達の走ることでしか自分の価値を計れないような子も同じようなことを言っていたよ。友達って何でも言い合える訳じゃないのかい? それとも今の子供は友達同士でも本音で話すこともしなくなったのかい?」

(なんか引っ掛かる言い方だけど)

 この際目を瞑ろう。

「そ、そうだよ今からでも遅くない、やり直そうよ真莉」

「十夜……わたし――」

 耳を塞いでいた手を伸ばそうとして

「これを聞いてもそう言えるかえ?」

 偽神が真莉の口で遮った。



「止めて言わないで!」


 真莉が偽神を抑え込もうとするが所詮敵わない。すぐに真莉であった表情は消え、再び偽神が顔を出した。

「往生際が悪い。もう引き返せぬというに」

 馬鹿な子、と。

「どういうことアンタが無理矢理真莉に憑りついたんじゃないの!?」

「違う。初めは真莉自身が願った」

「願ったって何を?」

 不敵に笑う偽神。

「フフッ、後悔せぬか?」

 底知れぬ沼に引き込むようにねっとりと言った。

「言って見なさいよ、信じるかどうかはアタシが決める」

「よかろう。これを聞いた後のお前の表情がどうなるか楽しみだ」


 ⁂


 昨年の春も終わった頃、既に長い時を経て錆びれきった三十木神社。

 主神たる倉稲魂命大神にも忘れられ、ただ社を守護するだけの一介の白狐だったものの命も最早尽きかけていた。

 長く負の感情を吸収してきたがそれも久しく、風前の灯火であった白狐。

 そこに一人の女子が訪れた。

 どこか風の噂で神社のことを聞いた女子はまだ年若く、みすぼらしく朽ち果てた神社を見て怯えていた。

 それでも去ることはせずそのまま作法通り神社の主神に願い乞うた。

 『もうじき大切な大会があるあの子の。あの子の足が少しでも遅くなりますように』

 拙い願いだった。

 だがそれだけでも命尽き欠けていた白狐にとっては十分な餌だった。

 ふと白狐の脳裏に過った。


【何故妾が主神すらも見限ったこの社と共に消えねばならぬのだ】


 気付いてしまった。

 今まで疑問に思わなかったのが不思議なくらいすんなりと思い当たった。

 気付くと白狐は女子の前に姿を現していた。

 さすがに女子は驚いていたが、白狐も消えるわけにはいかないその意志は強く。

 その女子と初めて取引した。

 卑怯で狡猾に、元来の狐としての本能のままに。

 願いを叶える代わりに白狐の依り代になることを。

「女子は怯えながらも了承した。だから妾が願いを叶えてやったのだ――

 きつく頭をハンマーで殴られた気がした。

 さすがの十夜も声が出せなかった。

 ただ目の前の真莉を呆然と見ることしか。

「や、違うの、ごめん十夜。私、あんなことになって本当に、本当に後悔したの。ごめ、なさい…」

 真莉だ。その瞳は後悔の涙で溢れていた。

「それだけには飽き足らずこの子は長年秘めていた想いも抱えていてな。最近自分のものにならないと悟り、再び妾に願い乞うたのだ。と。ならばその願い叶えてやるのが道理であろう? ついでに不要となった体は妾がこうして使こうてやろうとしてるのじゃ、礼を言って欲しいくらい――」

「五月蠅い!」

 遮ったのは十夜だった。

「今はそんなことどうでもいい、アンタのことなんて信じない! 直接真莉から聞くからアンタはその口閉じて黙ってろ!」

 あまりの気迫に偽神も口を噤んだ。

「八花君、君に依頼をしたい」

「どういった依頼かな」

 振り返らず淡々と言った。

「アイツを祓って。それで真莉を助けて」

 ニヤリと十夜に見えないところで八花が薄く笑った。

「承知した、殿

 八花が再び刀身を偽神に向けたが、反対に偽神はただただ可笑しそうに笑うだけだった。

「おやおや、そこまで言うがお主らのとは依り代になった人間事切るつもりだろう。以前と同じようにこの身に傷付けようものならすぐさま十夜が止めるであろうな」

「……それは否定しない、だから緋天がいる」

「え?」

 八花の言葉と共に「すいません十夜さん」と後ろから羽交い絞めにされていた。

「え、ちょ、ちょっと冗談止めて下さいよ緋天さん。どういうこと、もしかして本当に?」

 緋天は黙っていた。普段から優しいその腕を緩めることはなかった。

 どこか裏切られた気持ちは否めなかった。

「惨いのぉ、十夜の目の前でこの身を貫くつもりなのかえ?」

「してもいいのかい狐さん?」

「ハッ、ほざけ小童。以前の妾と思うなよ」

 ボッボッボ、と青い炎が浮かび上がり無作為に八花へと襲い掛かった。



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