【第8話】旧道路地不良

 

 学校を出てまっすぐ帰路に着く途中で旧道にある小さな公園が目に入った。

 遊具の少ない寂れた公園。

 そこには大きな回覧板があった。

 その前をふと通ると、ずいぶん昔のイベントの開催のお知らせや防災情報、町や市の決定事項などのチラシや紙が貼られていた。

 以前はここもこんなに人通りの少ない道ではなかった。

 当時は小さな公民館も近くにあってこの公園を使って出店や山車を出して小さな祭りをしたものだ。

 毎年のように祭りの様子を写真に収め、それを回覧板に貼っていたのだが、防犯上の都合からいつの頃からか貼らなくなっていた。

 微かに残る何十年か前の写真は忘れられたようにまだチラシの裏にあった。その中に見覚えのある写真を見つけた。

 それは10年前の夏祭りの写真。

 そこには三人の子供が楽し気に遊ぶ姿。

 一見すると男の子が二人と女の子が遊んでいるように見えるが、何を隠そう当時小学生だった十夜、亮平、真莉だった。

「懐かしい、これ」

 そういえばこの時、亮平が当時やっていた習い事を親に黙ってサボって合流したのだった。その日は塾も休みで真莉が遊びに来ていた。

「まあ仲睦しいこと」

 甚平の十夜と私服の亮平、余所行きの赤い服を着た真莉。

「……?」

 色褪せて覚束ない写真をジッと凝視した。

 真莉の服に。

 いや。

 この写真の真莉の姿に。

「嘘」

 絶句した。

 そこに笑っていたのは


 ⁂


「……ッ、~だ。…」

「……はは」

 旧道にはいくつもの細い路地が蜘蛛の巣のように繋がっている。

 旧道を通る際は、一切不良の溜まり場である路地には近付かないようにしているし、彼らの話の内容なんて聞くことすらないのだが、何故かこのとき偶然耳に入ってしまった。

「ええええ、そうなの?」

「そうそう…用事」

「…………ん、今日」

(まり?)

 今の十夜は過敏になってるに違いない。自分自身でも自覚してるのは否めない。

 そもそも【マリ】なんて有り触れた名前で。人違いも聞き間違いも十分あり得る話で。

「……」

 公園を離れ、話し声が聞こえる路地の壁に背中をピタッとくっつけた。気になってしまった以上覚悟を決め男達に気付かれないように耳を澄ませた。

「マジかよ~今日こそはと思ったのに」

「まあまあ。それにしてもマリちゃん高校生だったんだな、声かけた時、日帝にってーの制服着てたからマジでビビったわ」

「今の子の化粧技術はホント化けるから凄いよな」

「用事ならしょうがないけど、なんかあの子って高校生の割には頭いい部類なんだろうな。なんか大人な感じ」

「あ、それ俺も思った。口調が時々時代劇かって思うときあるけどなんか大人の貫禄? っていうのがたまに入るんだよな。堂々としてるっていうか」

「なんか不思議な子だよな~」

(日帝の制服、時代劇の口調…?)

 当て嵌まることもないこともないのだが、これだけでは本当に十夜の知る真莉なのか判断がつかない。

「聞けたら手っ取り早いんだろうけど」

 どうしようもないことをついポロッと口に出ていた。

「へぇ~何が聞きたいんだ?」

 ん? と振り向いた瞬間、白い煙が吹きかけられた。

 鼻を突く刺激臭にゲホゲホとむせ込んでる合間に制服の襟をグイッと引っ張られ路地の奥へと引きずり込まれた。


 ⁂


「あれダイチさん今日は仕事じゃなかったんすか?」

「ダイチさんだ、チーっス!」

 口々に挨拶する男達を無視して

「おいお前ら、この短髪のお嬢ちゃんが聞きたいことがあるんだとよ」

 襟を摘ままれたまま強制的に男達の前に引っ張り出された。つんのめりながら顔を上げるとそこには突然現れた十夜に男達は様々な反応を見せていた。

「誰?」

「もしやダイチさんの……!」

「あ、あの制服って」

 その中には見たことのある顔ぶれが数人いた。

「や、あ、あの…」

「んだよ、聞きてぇつったのはお前だろ?」

(いや、そうなんだけど)

 十夜を路地に連れ込んだ男は壁に背を預けて優雅に煙草を吹かしていた。先程の白い煙はどうやら煙草の煙だったようで未だにメンソールのような匂いで鼻の奥がツンとする。

「あらま~黙っちゃって、ダイチお前の顔が怖いんだろ女の前では笑っとけよ」

「言ってろ」

 何度も呼ばれているようにダイチと呼ばれたのが十夜を連れ込んだ男の名前ようだ。

「もしくは――…はあ~、お前ら見るの止めろ」

 呆れたように男は後ろの男達に注意した。何を隠そう話しかけている男の後ろでは一定の距離を保ちながらも十夜が気になるのを隠せずにジロジロと好奇な目で見ているからだ。

「悪いねこいつら悪気はないんだ。ただ君みたいな真面まともそうな女の子が、どうして俺達の話を盗み聞きしてたの?」

 引っ張り連れ込んだダイチは我関せずと言った感じでプカプカと煙草を空に向けて遊んでいた。他の男達も警戒してるのかこの男に任せたのか何も言わないのをみると、この男が唯一話が出来そうに思えた。

「盗み聞き?」

「何の話してたっけ」

「なんだっけ?」

 男達の呟きが飛び交うのが聞こえてくる。こんなに狭い路地で男達から走って逃げるのは無理な気がする。今は温厚に対応してくれているがこれがずっと続くとは限らない。

「そんなに警戒しなくても取って喰ったりしないんだけど」

 困った顔をされた。

「お前年下には弱いよな」とダイチが鼻で笑った。

「煩いよ。というかお前が連れてきたんだからホントならお前が何とかしろよな」

「立ち聞きしてた内容なんて俺が知るわけないだろ。そこまで世話を焼く義理はない」

「お前はそれだから……」

 だんだん話が逸れていきそうな気配、後ろの男達も雑談し始めていた。

 こうなったら腹を括るしかない

「……真莉って、女の子知ってるんですか?」

「マリ?」

 首を傾げて雑談の中に出てきた会話を思い出そうとしていた。

「………あぁ~そういえばそんな名前の子の話してた気がするな、俺は会ってないから知らないけど後ろの奴らが知ってるよ」

 矛先を向けられた男達と目が合った。その中の一人がジーッと十夜を見続けていた。

(な、なに??)

 目を細めて次の瞬間「あああああ!」と叫んだ。

「うるせぇな馬鹿なんだよ」

「この子この子! 先週くらいにマリちゃんの手を掴んでた子じゃん」

「え? そうだったか? あの時暗かったから顔まで見てねぇんだよな」

「そうだよそうだよ。俺は目が良いからしっかり見てた。服は今と全然違うけど」

 そらそうだ、と他の男がツッコんだ。

「今日真莉を見たって聞いたんですが、本当ですか?」

「そうだよ。あんたと同じ制服着てて俺とこいつが話しかけたんだ」

(制服……どうして?)

「遊べるか聞いたんだけど今から大切な用事があるんだと」

 はあ残念、と肩をすくめた。

「……どこに向かったか知ってますか?」

「行き先は聞いてねぇけど?」

「そう、ですか」

 あれから真莉の姿を見ていない、連絡も取れない。

 その中での初めて有力な情報だったのだ。さすがに落ち込む。

「でもでも制服着てたんだから学校じゃないの?」

「アホか、今はもう学校終わって放課後だろーが」

「今日真莉は学校来てません……でした」

 今日どころかずっと。

「ん、そうなのか? んじゃあ学校にでも行ってんじゃない?」

「……え…」

(どういうこと?)

「なんでなんで」

「なんでって制服着て行くところなんて学校しかないだろ」

 言われてみればそうかもしれない、そんな簡単なことも分からなかった。

「そうかもしれません。すいませんありがとうございました」

 踵を返そうとして腕を掴まれた。

「ねぇねぇここまで教えておいてすぐにさよならはないんじゃない?」

 掴まれた腕を見ると小柄な男の割にはビクともしない。

「あの」

「少しくらい遊んでいきなよ、マリちゃんの代わりに」


 怖い


 やっぱりこんな路地に溜まってる男達を信用してはならなかったのだと今更ながら後悔した。掴まれた腕から鳥肌が立つ。

「ねぇねぇ」

 蛇のようにねっとりとした口調でこの場から逃がさないとでも言うように。

 怖くてギュッと目を瞑った。

「大丈夫だか――ぎゃあ!」

 男の二度目の叫びのあと腕の圧迫が消えた。

「ダイチさんなんすかーー!? 熱っ、熱い!」

 男の顔は苦痛に歪んでいた。自分の手首を掴んでフーフーと熱を冷ますように息を吹きかけていた。

 訳の分からない内に今度は背後から肩を掴まれ元来た道に追いやられていた。

「おい用が済んだならもう行け」

 予想外の出来事に頭が付いていかなかった。引っ張り込んだ十夜を皆逃がさないものばかりと思っていたから。

「ええ~…ダイチさんなんで、あ、いえごめんなさい! もう煙草は熱いんでヤです!!」

「うるせぇぞ、お前。あとガキはとっとと余所にいけ」

 一段と低くなった凄みのある声に、苛立ちの含んで睨みつけられれば退くしかない。

「ありがとうございました」

 背中を向けたダイチに向かってお礼を言って十夜は急いで学校に戻った。


 ●〇●〇●


 十夜の立ち去った後、男が一人忍び笑いを溢した。

「何々? ダイチにしては珍しいじゃない」

 別に、とまるで誤魔化すように何本目かの煙草に火を付けた。古いライターだ。これには苦い思い出がある。

 空に向かって白い煙を吐き出す。

「なんか似てたね」

「……誰に」

「相変わらず惚けるのが下手だねお前は」

 肩をすかしてダイチの背を向けた。

「お前がを使う時は大抵そういうときだ」

 それから男は未だに熱がっている男の介抱に向かった。

「どういう時だよ」

 再び背中を壁に預けると黄昏るようにペンキやスプレーで汚された薄汚い壁を眺めた。そして掌に納まる古びたライターを弄る。

 カチカチ、と蓋を開け閉めする。

 強烈すぎる記憶はダイチを未だに苛む。忘れられるわけがない。

 見覚えのある制服を着たあいつが壁に張り付いて話を盗み聞きしてる時は、何か企んでるのかと思って引っ張っていった。

 そのあとあいつの世話を焼いたのは単なる気まぐれにすぎない。

 ビビってる顔、おどおどしてる顔。

 全然知らない顔。

 なのに――

「……あの人とは似ても似つかねぇよ馬鹿」

 ライターを胸ポケットに入れ込んだ。


 ●〇●〇●

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る