【第18話】神社潜入


 神社に続く石段はかなり古く、年数が経っているにも関わらず一度の改修もされていない。かなりの段数があって高さも幅もまちまちで、気を抜いていると踏み込む瞬間ボロッと欠けてしまうほどの脆さがあった。

 それに加えて鬱蒼とする木々に囲まれ聞こえてくるのは不気味な風の声、山に住む夜行性の生き物達の鳴き声。

 それに不法に投棄された家電の数々、緋天の言った通り石段の近くには幾つもの壊れた狐の像があった。手や尻尾といった一部が欠け落ちていたり、中には頭がごっそり無くなっているものもあってその度に短い悲鳴が出る。自然と足取りはゆっくりとなり、途中で入れ替わった二人に挟まれながら十夜達は脆い石段を登っていく。



 ふと懐中電灯以外特に荷物を持っていない身軽な緋天と会った時からその手には厳重に布に包まれ紐で括られた長い棒のようなものを持っている八花。それぞれ異様な光景に自然と目を惹かれる。

「八花君のそれが祓い屋の道具なの?」

 足元への注意を怠ったつもりはなかった。しかし暗い山道を歩く上で、話しながら歩くという愚行を強いたせいで。

「うわッ!」

 案の定石段の端が欠けていたことに気付かずバランスを崩した。

「全く、何をしてるんだ君は」

「大丈夫ですか?」

 それを見越してた八花と緋天にそれぞれ支えられた。

「す、すいません」

「これじゃあまるで遠足だ、先が思いやられる。今からでも帰ったらどうだい?」

 相変わらず言葉の辛辣さが際立つ。

 子供扱いする八花に「嫌です!」と立ち上がった。

「そういえば朧さんは?」

 この場にいない三人目の名前を思い出した。

 懲りない奴、と呆れた八花は口を聞かず、代わりに説明したのは緋天だった。

「彼はお留守番です、いつ何時なんどきお客さんが来られてもいいように。依頼の受けるのが彼の役目。それに十夜さん、そう焦らなくても私達の仕事でしたら直に嫌でも見ることになるので今は足元にご注意ください」

 石段の上を電灯で照らし出す。

 薄暗い木々を登った先には鳥居のような建物とその隙間から神社らしき屋根が見え隠れしていた。

「さあて噂の神社とご対面だ。本当に神サマとやらがいれば面白いんだけど」

 不敵に笑いながら、十夜の横をするりと抜ける。

(全然面白くないんだけど)

 十夜もその後ろに続こうとした時「あ」と思い出したように八花が振り向いた。

「君、死にたくなかったこれから言う指定した場所から絶対出ないように」

 言うだけ言って石段を軽く登っていった。

「……指定した場所?」


 ⁂


 石段を登りきった先には本当に神社があった。

 鳥居ものを潜るとそこには小さな社。手水舎に幾つもの灯篭が並び、奥には本殿という一見すると神社の原型が綺麗に残っているように見えるが至る所に風化の傷跡があった。手水舎は屋根もなく柱だけがまるで墓標のようで、枯れた落ち葉が水もない手水鉢の中に寂しそうに鎮座していた。

 本殿の中は見る影もなく荒れ放題、永い年月をかけて雨風を凌いできた屋根は大部分が損壊して、腐敗した木材がいつ崩れ本懐してもおかしくない状態であった。

 境内の石畳もまともなところを数えた方が早いくらい穴ぼこが幾つも開いていた。

 通り抜けてきた鳥居ですらもやっとの思いで息をしている状態だった。

 半世紀以上は経過していて、現存しているのが奇跡のよう。

 一体いつからあるのか、いつからこんなに荒れ果ててしまったのか、どうして誰も手を付けないのか疑問に思うことばかりである。

 そんな中、八花が地面に白い文字で不思議な文字と紋様を組み合わせて何か描いていた。

(悪戯書きかな?)

 こんな時にまだまだ子供だな、と思って覗き込んだ。

「あ、その文字と紋は踏まないように。一ヶ所でも消えたら君の安全は保証できない」

 慌てて身を引いた。

「ちょ、危うく踏んじゃうところだったし。もしかしてこれがさっき言ってた指定の場所?」

 円に沿って複雑な文字と紋様が描かれた地面を凝視した。十夜には何の変哲もないただの模様にしかみえなかったが。

 もう一人凝視していた人物がいた。

「八花さんもしかして最初から」

 白墨の円。

 かつて身に覚えがあった。

 特別な白墨だとが教えてくれたことも。

 塩には魔除けや厄除けの効果がある。魔を祓い白墨で書いた円はそのまま【結界】となり妖ならば何者をも寄せ付けない、のだと。

 これを持ってくるということは最初から十夜が来ることを読んでいたのか。

「さあ、何のこと?」

 素知らぬ顔してポケットに仕舞いこんだ。


 ⁂


 突如ザアアアと豪雨のような風が吹き荒れた。

 台風のような風に木々は揺れ、軋み、葉が空へと舞い散っていく。

「十夜さんすぐに結界に入って!」

 緋天の鋭い指摘にも強すぎる風で聞き取れない。

「え、え、何?」

 目を開けるのも精一杯の中、十夜は信じられない光景を見た。

 吹き荒ぶ境内で明らかにはずの灯篭が綺麗に置かれボッボッと青い炎が順に点っていく。

「な、なに? 勝手に火が」

 灯篭だけじゃない。

 手水舎も境内も、本殿までもが元の形に戻っていく。

 ついに風が止んだ。

「う、そ」

 目を疑った。

 そこには朽ちかけた神社はなく、全盛期もしくは出来たばかりの当時を思い起こさせるほどの美しい神社の姿があった。

「な、なんでさっきまでは、本当に……」

「そんなこと言ってる場合じゃない、さっき言ったこと忘れた?」

 八花が十夜の胸ぐらを掴んで無理やり立たせた。

「絶対出るな、あと紋は絶対に踏むな。いいね?」

 呆然とした十夜を突き飛ばす。

 偶然にも紋様を踏まないように十夜の体が円に入った。

 強引すぎですって、と緋天が呆れていた。

「十夜さん、もしかしたらこれから怖い思いをするかもしれませんが、その結界なかにいれば安全です。その結界の凄さはなので心配しないでください」

 いつも通りの緋天の笑みにようやく小さな頷きを返していた。

「噂通り参拝の一つでもしようかと思ってたけど手間が省けたね。あっちから来てくれるとは」

 八花の言葉通りか偶然か。

 賽銭箱付近につむじ風が吹いた。

 そして。

『余計なことを』

 三人以外誰もいなかった筈の境内。

「あれが噂のこの神社の神でしょうか?」

「どうかな」

 二人は賽銭箱に座っていた一人の少女を見据えていた。

「あれは十夜さんの見たという人物で間違いなさそうですね。それに噂の中の人物にも該当します」

 灯篭の灯りで十夜にもそれは見えていた。

 少女が見下すような目でこちらを見ていたことも。

「うそ…」

 目が合った瞬間、寒気を覚えた。

(だって、あれは――)


 間違える筈もないあれは昨日の昼間見た――


『十夜また会ったな?』


 赤い服を着た女の子が妖艶に笑っていた。

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