【第2話】 道草再会


「なあ十夜。なんでお前部活戻ってきたんだ?」

 部活帰りに唐突に言われた言葉だった。

 十夜は自分へのご褒美としてキャラメルアイスを買うのが日課になっていた。部活を頑張った自分への褒美として数か月ぶりに購入した時の喜びは店員が驚くほどのものだった。

 そんな至福の時間を邪魔されたことを不本意に感じながら一口頬張り「ふあによ」と適当な返事をしておいた。

 部活に復帰するようになって半月。まだまだ体力が落ちた今は基礎を積み重ねている毎日で本格的に部活に戻るにはまだ時間がかかりそうだった。

「もどっひゃ、まずかった?」

 そんなこと聞く亮平に少しムカつきながらアイスを飲み込んだ。

 そうじゃなくて、とまごつく亮平が言いづらそうに結局黙ってしまった。幼馴染みのよしみで何となく言いたいことが分かってしまうのは腐れ縁の性である。

「足の調子がよくなってきたから顧問と現部長のこまっちゃんに願い出ただけ」

 他にはなにもないよ、と残りのアイスを齧った。

 それでも何か言いたそうな亮平に遠慮しないで言ってやった。

「さては天才十夜様が戻ってきて、貴様怯えているな? 」

 四分の一ほどになったアイスを亮平の目の前に翳した。

「何でだ、ちげえよ。てか天才ってなんだよ、足が速いだけじゃんよ!」

 十夜の腕をはたく。

 十夜は短距離、亮平が高跳び。勿論お互い戦う土俵が違うし相手の実力をちゃんと分かっている。

 本気で言ってるわけはない。

「……お前が戻れなかった理由って俺が何度も誘ったせいか?」

 冗談じゃなくその顔は真剣だった。

「……」

 亮平目を逸らした。

 【走れない】という絶望に自然と部活から遠退き距離を置いた十夜に対して、生徒からは白い目で見られる中、亮平だけは「練習だけは来いよ」と何度も何度も誘ってきた。

(高跳びの有望選手のあんたが走れなくなったアタシに固執するとか他の人からしてみれば面白くないよね)

 特に同じ競技者には。

 実力もあった十夜が転がるように堕ちていく様は、さも滑稽だったことだろう。

 そんな風に思ってしまう程十夜の心は荒んでしまったのだ。

(それにあんたが言えば言うほど自分がどんなに惨めで悲しくなってたなんて)

 そんなことを思っていた。

 でもそれは亮平のせいではない。十夜が悟ってしまっただけ。

 今までそんな感情持ったこともなかったのに。

 でもそんなこと言えるわけない。

 言うつもりもなかった。

 憎いと思う反面、感謝もしていたから。

「そんな訳ないじゃない。あの時は自棄になってただけだし、本当に足が痛くて走りたくなかっただけ」

 シャク、と少なくなったアイスを齧る。

「……そうか。でも何か最近変わったよなお前」

 染々そう言われた。

「そう? そんなつもりはないけど」

 気付いてる。

(やっぱり幼馴染って不便)

 それに。なんだか亮平の目がおかしい。

「なんか憑き物が取れたっていうか。まあ足が治ったからそう見えるだけかも、な!」

 ヒョイと横から大きな口を開けて、残りのアイスを。

「あーーーー、 食べた!! アタシのアイス食べた!!!」

「あっま…よく食べるなこんなの」

 咀嚼しながらそんなことを言った。

「人の食っといて何その言い方、ちょ、買って帰しなさいよ!」

「なんでたよ、ほとんどなかっただろ。中中食わなかったからいらないのかと」

「んわけないでしょーが!」

 本気で取っ組み合いをしそうだった二人を周囲の大人は仲睦しいものと勘違いして、生暖かい視線が送られていた。

 急に恥ずかしくなった二人は少し早めに歩き始めた。

「ま、まあ、冗談は置いといて他にもなんかあったら言えよ。お前頑固だし弱みとか言わないから一姉いちねえもおばさんも心配してたぞ。だから聞くだけは聞いてやるから」

 たぶん今もの凄くきょとんとした顔になってる、はず。

「なんだその、物凄く意外なこと言ったっていう顔は。俺だってな別にお前が心配だとかそうじゃないぞ。渋々だな、まあ幼馴染みとして部活の選手としてライバルが途中から居なくなると張り合いがないから仕方なくだな…」

(そういえば賞を取る度、張り合ってきたのはあんたとあの桐谷だけだったよな)

 まさか競技が違うとはいえライバルと思われていたとは。

「あんたらしい」

 つい可笑しくて笑ってしまった。


 ●〇●〇


 夕方の河川敷を並んで歩いていく。

 昔はよく二人で落ちてる枝でチャンバラしながら帰ったものだ。昔より習い事が少なかった時には逢坂もいて怪我をしないかハラハラしながら見ていたっけ。

「なんかうちら老けたよね」

 唐突にそんなことを言ってきた。

「は?」

「ごめん何でもないよ」

 似たようなことを考えていた亮平としてはまあ聞かないでいてやろうと思う。

 川から吹き上げるような風が吹いた。

「うわっ」

 少し前までは肩まであった十夜の長い髪は部活に戻ると惜しげもなくバッサリ切った。短い髪も風が吹けば毛先が揺れる。

 此方の方が見覚えのある十夜に少しの安心感を覚えるが、靡く髪を押さえる表情は幼馴染なのにどこか知らない女の人のようで。

(何が違う?)

 言葉では言い表せないけど十夜が何か変わったのは察知している。

(足の怪我からだ)

 亮平の知る十夜とは少しずつ離れていってしまったように感じていた。

(なんだろうな、これ)

「とお」

「あ」

「え!?」

 ドキッとした。ジッと見ていたのに気付かれたと思った。

「緋天さん?」

 十夜の目は別のところを向いていた。

(ひてん?)

 反対から歩いてくるのはどう見ても見覚えのない人物。灰色がかった黒髪が印象的な外国人に向かって手を振る隣の十夜にギョッとした。

(おいおいおいおい)

 焦る亮平とは裏腹に十夜は尚も「緋天さーん!」と手を振った。

 向こう側も気付いた様子で小さく手を振り返した。

 その時点で亮平の心配は杞憂に終わった。

「十夜さん今帰りですか」

(あ、日本語だ)

「あ、はい部活の帰りで……緋天さんは、こんな時間から出歩いて大丈夫なんですか?」

「ええ今日は天気も悪くて散歩日和です。それに十夜さんそのことは内密で」

 シーッと口元に手を人差し指を当てる。

(なんか気障ったらしい奴だな)

 話の花が咲いてしまった二人に亮平は手持無沙汰でじろじろ十夜と喋っている男を観察した。見たことのない男だ。

 長身で顔立ちは日本人離れしている。

(親しいみたいだけど大丈夫か十夜のやつ)

 尚も亮平を忘れて二人が喋っている。

 話の内容は一応聞かないでいると突然男と目が会った。

 クスッと笑うと十夜の頬に手を伸ばした。

(い!?)

「そういえば髪切ったんですね。長い髪も似合っていると思いましたが、短い髪も溌剌としていて今の貴女らしい。とてもよく似合ってますよ」

「あ、ありがとうございます」

 あの十夜が照れてる。しかも

「おい十夜!!」

 思わず肩を掴んで男から引き剥がした。

「うえ!? あ、あぁ~……いたの亮平?」

 さすがにムカついた。

「いたに決まってんだろお前はここまで一体誰と喋ってきたんだよ!」

「冗談だよごめんって、てかどうしたのよ」

「誰なんだよそいつ」

 男を顎でしゃくった。

「ちょっと失礼だよ。この人は緋天さんで……えっと知り合い? そうなの知り合いだよ」

「知り合いってどこで知り合ったんだよ?」

 急には歯切れの悪くなった十夜に不審を抱き問い詰めようとした。

「以前十夜さんがトラックに轢かれそうなところを助けたのがきっかけで知り合いました」

 逆に割って入られた。

「そ、そうそう! 緋天さんは命の恩人なの」

「トラックって、ちょっと前に体育の授業中に騒ぎになったあれか」

「え、あれってそんな騒ぎになったの?」

「当たり前だろ、そのあとお前早退したんだから」

「そ、そうでしたね。すいませんね、あ! こっち亮平っていいます、アタシ達ただの幼馴染みで」

「……島風 亮平」

 ガキかと思うくらい男を睨みつけた。

「私は緋天と言います。あやかし堂の店員をしてます」

 軽く笑って流された。

「あやかし堂?」

 聞くからに変わった店名に訝しげに十夜を見た。

「あ、そのお店はね」

 しどろもどろに説明し始めた十夜に向かって亮平は手で遮った。

「はあ~……いいよ別に興味ないし。まあ何でもいいけど、俺は先に帰るから。積もる話しもありそうだしあんま遅くなるなよ」

 じゃあな、と振り向きもせず二人から遠退いた。

 俺の知らないところで勝手に大人になるな、と思っていたが。

(娘を嫁に出す父親の気持ちってやつか)


 ●◯●◯


「……なんなのよ急に、変な亮平」

 不自然だった亮平の背中を見送った。

「おや意外とすぐに引いてしまいましたね、もう少し乗ってくるかと」

 ボソッと緋天が呟いた。

「何か言いましたか?」

 いいえ、と十夜を見つめ返した。

「きっと似合ってるって言いたかったのでしょう」

「はい?」

 話が噛み合ってないにも関わらずクスクスと笑って誤魔化された。

 

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