第10話 交流

「なぜ、奴にだけ……」


 俺の脳裏に、心からの信頼を寄せあっている事がわかる優しい表情をした奴と、嬉しそうな顔をした人間のガキが拳をぶつけ合う光景が浮かぶ。年も種族も異なるはずなのに、確かに奴らは対等だった……。

 人間と友情を築いている事を軽蔑しているのも、それ自体に羨望を抱いていないのも紛れもない本心だ。それなのに、居場所を持つ奴に対する心の奥底から湧き上がる激しい熱と、歯がすり減りそうな程の歯ぎしりを止められない。


「なぜ、奴にだけ必要とされる居場所があるのだ!!」


 俺は青い月明かりに照らされながら、街にある一際高いビルの屋上に立っていた。静かで冷たく街を優しく包み込むような月の光は、俺の中にある全てを燃やし尽くすような黒い激情とはまるで正反対だ。

 ……自らの存在意義を人間に委ねる奴などに、羨望は抱かん。俺達半獣人の力の前には、人間の力など無力。我らの居場所、本当の居場所は獣人達の中にこそある! 人間を滅亡させ、この手で自らの居場所を手に入れてみせる!

 そう考え、右手の掌を見つめる。そう、この手で……

 自分にも人間の血が半分流れている事を、嫌でも思い知らされる肌色の手。捨て去りたい姿でもある人間と同じ右手を見つめていた俺の目には、自身の右手が徐々に血塗られたものに見え始めていた。その途端、忌まわしい過去の記憶がフラッシュバックする。


 死なないで!!

 あなたは……悪くない! だから、いつか……

 人殺しの化け物!!


 琥珀色の目を強くつぶり虎の頭を振って、俺はもう一度自分の右手を見つめた。俺の右手はもう血塗られてはいなかった。そして、俺はその右手を強く握りしめる。

 人間など所詮、決定的に弱く、信用ならない存在。対等になれる存在などでは、ない!!

 俺の立っているビルの屋上が、冷気の力を暴発させた事で一瞬にして凍りつく。


「邪魔をする者に容赦はしない!! たとえ、我が同胞であってもだ!!!」


 決意を胸に、俺は夜空に憎悪を込めた誓いの咆哮をしていた。


***


「ライオンのおじさん、元気かな……」


 ゴウキおじさんが俺の住むアパートを出て数ヶ月が経った。俺を襲う獣人は確かにいたけど、獣人達の狙いがあくまでライオンのおじさんだからなのかな。実際にはあまり標的にされる事は無かった。

 小学校の校舎が壊されてから、俺達小学生は20~30人くらいの警官隊が防護する青空教室に通っている。獣人達、戦闘員達も身体は生身だから、警官隊の武器でも戦闘員くらいなら倒す事ができるようだった。でも、獣人達に対してはその身体能力と異能の力で武器が効かない事が多くて、そんな時だけ虎のおじさんは俺達を守ってくれている。

 でも、虎のおじさんは俺を守るって約束は守り続けているけど、俺以外の人間が自分の放つ水の技で多少巻き添えになっても気にしていない。実際、獣人の技を自分の技で撃ち落とす時も、その爆風で俺以外の人間が吹き飛ばされたりしても全く気にしていないようだった。自衛隊の人達とも協力する気は無いみたいで、もしかしたら自衛隊の人達は虎のおじさんもいつか殺そうとしているかもしれない。

 ……ライオンのおじさんは、絶対そう思われてないって信じたいけど。

 曇り空の下、俺は小学校からの下校中友達と別れてしばらく道を歩いた所で俯いて1人つぶやいていた。ライオンのおじさんが強いって事はわかってても、たった1人で戦ってるんだ。……心配だな。

 俺は俯いていた顔を上げた。

 ……大丈夫! ライオンのおじさんは強いんだから! 絶対……大丈夫。

 ライオンのおじさんが言ってくれた、俺を支えにしているって言葉は俺の足手まといにしかならない負い目を軽くしていた。それでも、おじさんの戦いの負担を軽くしてあげられない負い目は完全に消える事はない。


「俺にも、力があればな……」


 ライオンのおじさんを心配しているうちに、おじさんを助けられる力を持つ存在に考えが移る。俺は周囲を見回して近くにあった人気の無い路地に入ると、その存在に声をかける。


「虎のおじさん、近くにいるんでしょ?」

「……何か用か?」


 俺が周りに響くように声をかけると、気配を消して俺の護衛をしていたらしい虎のおじさんがどこからともなく姿を現した。


「いや、ただありがとうって言いたかったんだ。おじさん、人間の事が嫌いなのに」


 俺の言葉を聞いた虎のおじさんは、それを無視するようにフンッと鼻を鳴らしてそっぽを向く。


「別にお前の為にこんな事をしているのではない。俺の望みは奴を殺し、ビーストウォリアーズに加わる事、それだけだ」


 ……人間が嫌いなら、ライオンのおじさんとだけでも仲良くすればいいのに。なんで、ライオンのおじさんの気持ちも考えてあげないんだよ!!


「……何で虎のおじさんは、ライオンのおじさんと分かり合おうとしないの? 同じ半獣人同士だし、仲間じゃないか!!」


 虎のおじさんは、その言葉を聞いて俺を琥珀色の横目で睨みつける。


「貴様にわかるのか? 獣頭を持つ半獣人というだけで理不尽に傷つけられ、嫌悪される者の気持ちが! なぜ奴と分かり合おうとしないかだと? わからないのか、俺の気持ちが!!」

「でも、そんなの、ライオンのおじさんだって」

「奴のような偽善者だけが半獣人ではないのだ。俺のように憎しみに生きる者だっている、それは人間だとて同じだろう?」

「……ライオンのおじさんは、本当は虎のおじさんと仲良くなりたいんだよ!」


 虎のおじさんは眉間に皺を寄せて、憎しみのこもった声色で言ってきた。


「そんなに奴の事が好きか? どうせ貴様もいつか奴を裏切るのだろう?」


 その瞬間頭に血が上った俺は、虎のおじさんの顔を真っ直ぐ見つめてその言葉を否定した。


「ライオンのおじさんは俺の大事な友達なんだ!! 絶対に裏切ったりしないよ!!!」

「どうかな? 人間の気持ちは簡単に変わる」


 俺に背を向けて、虎のおじさんは立ち去ろうとする。そんなおじさんに俺も背を向けて、その場を立ち去ろうとした。


***


 フンッ、「絶対に裏切らない」……か。あの光とかいうガキも、「あいつ」と同じだ!! そうやって我ら半獣人に期待をさせて、結局は失望させるだけの存在。信用など、できるか!!!

 ガキに背を向け立ち去ろうとした俺の背後から、突如何かを突き破るような轟音とガキの叫び声が聞こえた。


「うわぁぁ!!」


 振り返ると、直立したサソリのような獣人がガキを捕えていた。ガキの足元にあるコンクリートを突き破り現れたようだ。


「貴様も奴を仕留めるためにこのガキを狙ったのか?」

「そうに決まっているだろう。このガキを使えば、あの忌々しい半端者は必ず現れる。貴様ら半獣人の力を侮っていたが、貴様らには多くの盟友を打ち滅ぼされている。ここで貴様らを殺して、俺が仲間を守るのだ!!」

「大した仲間意識だな。だが、奴は俺の獲物! そのガキも死なすわけにはいかないが、俺は自分を犠牲に人間を守る気など無い! アクアタワー!!」


 俺はそう叫び右腕を大きく振り上げると、ガキとサソリ獣人の足元から水柱を噴き上げ2人を天高く打ち上げた。サソリ獣人がガキから離れたのを確認した俺は、路地の左右にある壁面を伝い空中に打ち上げられたガキを片腕で抱きかかえ救う。

 狭い場所では戦いにくいと、俺はガキを抱えたまま街の道路に出る。


「くっ、貴様、あの半端者と違い人質がどうなってもいいのか?」

「このガキが死なぬよう加減はしたさ。だが、言ったはずだ。人間を人質にしようが、俺は人間の為に自分を犠牲にする気など無い!!」


 ガキにとっては少々荒っぽい方法だったが、気にする必要などない。ガキを道路に下ろした俺は、サソリ獣人に対しファイティングポーズをとる。


「ガキ、貴様はとっとと逃げろ。足手まといだ」

「わ、わかったよ……」

「人間の血を持つ半端者風情が!! 丁度いい! どの道、貴様ら半獣人が手を組んでいる以上我らの犠牲は増える一方だ。あの裏切り者を始末する前に、貴様を消してやる!!」

「消えるのはお前の方だ、獣人。ウォータードラゴン!!」


 俺は両手を頭上に向け、龍の形をした水の塊を放つ。


「この力、水属性の能力者か! 半端者にしてはなかなかの力ではないか! だが、ソイルシールド!!」


 サソリ獣人が叫び、その異形の右手を地面に突き刺す。すると、地面が隆起し土で作られた大きな壁が形成される。その土の壁に水の龍は吸収されてしまった。


「運が悪かったな、水使いの半端者。俺の操る土の前には、どんな水の技も吸収されてしまうのさ!!」

「ほう、ならばこれはどうだ。アイスニードルス!!」

「ギャァアアアア!!!」


 俺は右腕を振り上げサソリ獣人の足元から円錐に近い形の鋭利な氷を突き出し、咄嗟にそれを避けた奴の左腕を切り飛ばす。切り飛ばされた傷口からは、緑色をした大量の血が溢れ出していた。


「おのれ、よくも……俺の腕を!!」

「休む暇は与えん。アイスニードルス!!」


 俺が次々と繰り出す氷の円錐を、サソリ獣人は右方向に走り躱す。


「くっ、我らと同等の力を持つとはいえ、半端者如きにこのような深手を!!」

「どうした? 散々半端者呼ばわりした俺から逃げ出すか?」

「……半端者風情が獣人を侮辱するとはな。いい度胸だ。我らの力を思い知らせてやる必要があるようだな!! サンドストーーム!!」


 サソリ獣人が残っている右腕を地面に突き刺すと、奴の周囲に砂塵が巻き上がり始める。それはやがて、大きく広がりサソリ獣人と俺を包む砂嵐となり一帯を包み込んだ。砂塵の中からの攻撃を警戒した俺は、氷の長剣を作り出す。

 次の瞬間、突如砂塵の中から姿を現したサソリ獣人が俺の前方から右腕のハサミを振り下ろす。だが、俺は手に持つ長剣でハサミをなんなく受け止める。


「砂嵐で視界を奪えば攻撃が当たると思ったか? 俺は気配で相手の位置を把握できる。残念だったな!」

「フフフッ、これでいいのさ。これで」

「何を……」


 言っていると言葉にしかけた俺の後ろから、地面が突き破られるような轟音がした。そして次の瞬間、俺の首の後ろに針で刺されたような鋭い痛みが走った。


「ぐあっ!!」


 俺は氷の長剣を支えにして膝をつく。何だ? 気配は無かったはずだが、仲間の獣人でもいたのか?


「どうだ、俺の尾に含まれる麻痺毒の効果は!! 身体が痺れ、上手く動かせまい!! 砂嵐は確かに目くらましのためだったが、それは俺の尾が地面を掘り進み背後から攻撃を加える事を悟らせないため。砂嵐からの攻撃も貴様の両手を使わせ、自由を奪うためさ!!」

「くっ、おとりに……まんま……と……ひっかかった……というわけだ」


 俺とサソリ獣人を包み込んでいた砂嵐が、徐々に消滅していく。


「このような自然現象を自らの力だけで発生させるのは、力の消耗が激しい。半端者の分際でそこまでの力を使わせた事は褒めてやろう」


 サソリ獣人は俺からわずかに距離を取ると、自らの頭上に巨大な岩石の塊を作り出す。


「このハサミで貴様の首をはねてもよかったが、貴様のような半端者の血など浴びたくはないからな! これでトドメだ!! ヘビーボールダー!!」


 巨大な岩石の塊が俺に向けて放たれ死を覚悟した。その時、


「止めろーー!!」


 建物の影に隠れていたガキがサソリ獣人に向かって飛び出し、サソリ獣人を左から突き飛ばした。サソリ獣人が突き飛ばされた事で、奴の放った岩も狙いがずれ俺のすぐ横に落下してくる。


「この、ガキの分際で俺の邪魔をするか!!」


 ガキに近づき、サソリ獣人が右腕のハサミを振り下ろそうとした。


「ガッ、ゴボッ!!」


 俺は弾丸にも勝る速さで氷の長剣を投擲し、サソリ獣人の胴体を刺し貫く。


「そのガキに……手出しは……させん!!」


 毒の影響で肩で息をしながら、俺は叫んだ。サソリ獣人が光の粒となり消滅する。


「虎のおじさん! 大丈夫!!」


 ガキが心配そうな顔で駆け寄ってくる。俺は自分の身体に触れようとしたガキの手を払いのけた。


「俺に触るな! 人間など、俺の望む世界には不要なのだからな!!」


 俺は毒で上手く動かない身体で立ち上がろうとしたが、うつ伏せに倒れ込んでしまう。


「人間は……対等になど……なれ……ない」


***


「……ここは?」


 俺は気がついた時、街の病院に運び込まれていた。頭を触ると虎の耳の感触は無く、代わりに人間の姿をしている時の黒髪の短髪を触った感触がする。人間共の病院に運び込まれている以上当然だが、変身は解けているようだ。

 俺の寝ているベッドの隣には、あのガキがいた。


「虎のおじさん、ゴウキおじさんに負けないくらい大きいね。人間の姿は初めて見たけど」

「人間などと一緒にするな。この姿も、本当なら捨て去りたいくらいだ。……それより、なぜ助けた? 俺に貸しでも作るつもりか?」

「自分を助けてくれた人を放っておけるわけないじゃないか。それに」

「それに?」

「虎のおじさんが死んだら、ライオンのおじさんが悲しむから……」

「……奴の為に俺を助けたというわけか。なぜ、そこまで奴を慕う? 奴の異形の姿、異能の力が怖くはないのか?」

「全く怖くないわけじゃないけど、平気だよ! 俺とライオンのおじさんは、お互いに強いって認め合ってるからさ!!」

「認め……合う?」


 俺はガキから顔を背けるように寝返りを打った。これ以上、このガキと奴の関係に何かを感じるのは御免だ!!


「貴様が決めて行動した事だ。礼は言わん」

「……わかってるよ」

「獣人の麻痺毒は、一時的に身体の自由を奪う程度の物だったようだからな。明日には、貴様の護衛に戻る」

「……でも、今日はゆっくり休んでね虎のおじさん。おじさんに何かあったら、ライオンのおじさんが悲しむからさ」


 病室の扉がゆっくり閉まり、ガキが病室を出る。靴音が遠ざかり聞こえなくなった後、俺は1人考えていた。

 人間に、我らと認め合うだけの強さがあるというのか? ……いや、そんなはずはない!!

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