真・ビーストウォリアー

ネガティブ

第1話 異形

 なぜ、人間は己の中にある恐怖に向き合おうとしねぇのか。そんな疑問を抱きながら、俺は空を覆いつくすほどの黒煙を上げて燃え続ける建物、散乱した瓦礫をよそに「奴ら」のいる場所に走り続けている。道中には当然、すれ違う人間達がたくさんいやがった。だが俺の目には、どの人間にも「強さ」、お綺麗な言い方をすれば「他者を想う心」など、全く見受けられなかったんだ。どの人間達も、奴らの脅威に悲鳴を上げて俺とは逆方向に走り去っていくだけだ。

 わかってはいるがな。己が追い詰められた時、人間は本当の姿を見せる生き物だということくらい。だが、やはり多くの人間達が持つ脆弱な本性を目の当たりにするのは、いい気がしねぇ。

 1kmは走っただろうか。人もまばらになり、しまいには人影も無くなった時、ようやく奴らの姿が見えた。前方に向かって逆三角形に突き出た大きな口、その口に並ぶ鋭い牙が特徴的な直立するワニのような獣人に、全身黒タイツで目だけは人間を思わせる不気味な人型。

 ワニ野郎の前で動けねぇでいるのは……あれは人間の女のガキか!! 


「しっかし、腹減ったなー! っと、あの女のガキ、うまそうじゃねぇか! 丁度いい! どうせ殺しちまうなら、1人くらい食糧にしちまってもいいよな!!」


 

 ワニ野郎の口から、聞き捨てならない言葉が聞こえる。

 あのガキは建物の瓦礫で足を痛めているのか、大声で泣き続けるだけだ。ガキに向かって鋭い牙の生えた口を開けて、たらたらと涎を垂らしながらワニ野郎が近づいていく。それを確認すると同時に、人間の姿をしている俺は走りながら胸の前で両方の握り拳をぶつけ「変身」する。


「そこまでだ、ワニ野郎!!」


 俺は怒号と共にガキの後ろから飛び出し、ワニ野郎に強烈なドロップキックを浴びせてやった。ワニ野郎がガラガラ声で意味の分からねぇことを喚きながら、地面に転がる。

 そんなワニ野郎に対し、俺は怒りの咆哮を浴びせる。

 内心怒りを感じているのは、ワニ野郎、だけじゃねぇ!! 女のガキ、お前もだ! 動けなかろうが這ってでも逃げ出すことを、抵抗することをなぜしねぇ!! 何もしなければ、何1つ状況は変わらねぇんだぞ!! 


「や、やだ! 獣人が、また増えた!!」


 背後から恐怖のこもった声が聞こえる。振り返るまでもなく、女のガキは顔を引きつらせて涙を浮かべているんだろうな。思わず、自嘲の笑みを浮かべる。

 わかってはいたさ。何度同じことを言われたか、もう覚えていないくらいだからな。誰が、こんな化け物を……。

 岩のようにごつく盛り上がる筋骨隆々の上半身に、真紅のパンタロンと漆黒のエナメルシューズを履いているだけの半裸姿。

 周囲に畏怖を抱かせる屈強な身体だけを見れば、普通の人間と何ら変わらねぇ。だが、そこにいる女のガキを含め周囲の目を一際引くのは首より上。茶色いたてがみをなびかせながら、ワニ野郎を睨む百獣の王の面持ちだ。これは仮面じゃねぇ。俺は、本物のライオンの獣頭をしている。

 ワニ野郎が体勢を立て直し、俺に向かって苛立ちを隠さない声で叫ぶ。


「てめぇが人間の守護者を気取ってやがる、いかれ半獣人か! 邪魔すんじゃねぇよ!! 半端者のてめぇが獣人を相手にしてかなうと思っているのか! 今からでも許しをこえば、てめぇの居場所はあるかもしれねぇぞ?」

「……俺には、獣人側だろうが人間側だろうが、居場所なんて元からねぇんだよ!!」

「ハッ、そうだったな、てめぇは半獣人! 人間などという脆弱な存在の血を持つ、我ら獣人の面汚しだからな!! クッ、ギャハハハハッ!!」


 ワニ野郎が大口を開け、俺を嘲笑う。


「……」


 人間が脆弱な存在であるという事実は、確かに否定できねぇ。

 だがな、「あいつ」との出会いが脳裏に焼き付いて離れねぇ。あの出会いが、人間は強いんだという希望の光を抱かせてくれるんだ。存在する意味すらあるのかわからねぇ俺が、真に仲間や友を得たい世界がどっちなのかをはっきりさせてくれるんだ!!


「そうさ、俺は半獣人。居場所なんかねぇし、仲間もいねぇ。だがな、俺は俺が認めた人間を傷つけるてめぇら獣人共の中に、今更居場所なんて求めてねぇんだよ!!」

「言いやがったな、半端者! 気が変わったぜ、そこの女のガキの代わりにてめぇを食ってやる!!」


 叫んだワニ野郎は、怒りの感情を剥き出しにして俺に襲い掛かってきた。


***


 胴体に風穴を開けられたワニ野郎が、おびただしい緑色の血液を流しながらうつ伏せの状態で絶命している。やがてその身体と俺が浴びた返り血が光の粒となり、消滅する。

 ワニ野郎の鋭利な牙と強靭な顎で左上腕に噛みつかれた俺は、左腕から赤い血を流しながら息を切らせて立っていた。


「ぐっ、痛ぇぇ……」


 ワニ野郎への怒りでねじ伏せていた耐えがたい激痛が、今更やってきやがった。傷口を強く押さえて、片膝をついた。

 下手をすれば、左腕を食いちぎられていたかもしれねぇ。全身を流れる大量の汗に、先程の戦闘を思い出したことで別の物が加わるのが認めたくねぇが、感覚でわかる。遊びじゃねぇんだ。勝てる保証など、どこにもねぇ。

 それを理解しているからこそ、怖い……。怖くて、たまらねぇ……。この顔の動物は、人間達の間では「百獣の王」と呼ばれているとどこかで聞いたな。俺の心も、何者も恐れぬ勇猛果敢な強いものであればよかったのにな。

 改めて女のガキを見やるが、ガキは脚以外は無傷なようだった。不思議と全身の力が抜け、両腕がだらりと力なく下がる。こんな脆弱なガキでも、俺は守りてぇんだな。そして、居場所を得たい世界がどちらなのかも、やはりわかる。

 俺がガキに声をかけようとすると、母親らしき人間の女が息を切らしながら駆けつけ、ガキを背負い走り去る。去り際に俺を鋭く睨んだ母親の目は敵意に満ち、血走っていた。


「ハハッ、また逃げられちまったな……」


 自嘲気味に笑った後、俺は空を見上げた。走ってきた方向の空には、まだ黒煙が立ち上っている。その後、残党の戦闘員を傷ついた身体を無理矢理動かし、何とか倒し終えた。

 身を挺して守っても、この見た目では気遣われるどころか、感謝されることもねぇ。

 俺は荒れ果てた街を、傷ついた左腕を押さえながら1人立ち去るしかなかった。わずかな風が、励ますように俺の背中を優しく撫でてくれた気がした。


***


 時刻は夜。とある古びたアパートの浴室で、俺は1人シャワーを浴びる。俺は他の奴らから見れば、鋭い眼光と肩まで伸びた黒髪が印象的な粗野とも言える風貌をしている。だが、獣人達との戦いを可能にしているのは他でもないこの身体だ。

 厚く大きな胸板、割れた腹筋、盛り上がった肩、逆三角形の広い背中、どっしりとした脚、逞しいという言葉では表現しきれないほど全身を鍛え抜いてきた。

 身体中に残る激しい戦いの代償とも言える沢山の傷痕は、さながら人間達に向けられていただろう獣人達の悪意そのものだ。

 ワニ野郎に噛みつかれた左腕には厚く包帯を巻いたが、それ以外の傷にズキンと水がしみ、顔がわずかに歪む。


「痛ぇ……」


 ブレイブレオ。誰も呼ぶ者もいない名前に意味などあるのかわからないが、俺にも呼び名はある。人間としての名前も別にあるが、ブレイブレオの呼び名はいわゆる本名という物だ。半獣人の姿とは違う人間と同じ姿をとれることは、人間の血を持つ半獣人の特権らしい。だが今では、その特権を嬉しく思っている。 

 組織に所属していた時代は獣人に蔑まれる格好の理由になるがために、必ず避けていたことだが、な。


「なぜ、あいつのいる『二ホン』ばかりを……」


 ビーストウォリアーズ。それが、異世界から来訪した奴ら獣人達の組織名だ。人間を滅ぼすと、確かに首領は俺達に宣言した。手始めに、最初に狙われたのが俺が今いる二ホンというわけだ。

 組織に所属していた時代、どこかで聞いた話によれば以前にもビーストウォリアーズは人間の世界への侵攻を企てたことがあるらしい。その際に、人間の生態、文化に興味を抱いた一部の物好きなネズミ獣人達が得た人間に関する情報。それらをまとめた資料を組織の科学者連中であるネズミ獣人達から奪い取り、人間について調べた。

 自身の中に流れるもう半分の血。同じ血を持つ者についての知的好奇心。最初はただそれだけだったのだが。それがまさか、このように人間として生活する上で役立つとはな。だが、今はそれで良かったと思っている。自分は今こうして、居場所を人間の世界に見出そうとしているのだからな。


「……そこだけは、獣人に感謝するべきってか?」


 それでも、この住居を借りるまでにもかなり苦労することになったが……。異世界から来訪した俺は、人間の言葉でいうなら「ホームレス」というものらしい。

 獣人とはいえ科学者であるネズミ獣人の知識欲は相当なものだったようで、驚くべきことにこの住居の借り方、「ジュウミンヒョウ」や「マイナンバー」と呼ばれるものに関する記述まで記されていた。

 ホームレスである俺は、「ヤクショ」と呼ばれる場所に行き、紆余曲折を経てこの住居を借りるに至ったわけだ。


「半獣人……か。恨みはしねぇが……な」


 ライオン獣人の男と人間の女の間に生まれた歪な存在。赤い血の流れる下等生物。組織に所属していた頃、獣人達に何度そう罵られ、蔑まれてきたか。

 なぜ、物心ついた時自分が既に1人だったのかは、わからない。だが、自身の名だけはかろうじて覚えていた。生み出しておきながら自身を捨て置き、何も与えてはくれなかった事。氷のように冷たい記憶として耐えがたい孤独のみを与えた事。顔も覚えていない両親に対して、憎しみに近い感情を抱いてはいる。

 自分は一体、何のために、誰のために存在しているのか。古びたアパートに1人で過ごす日々の中で、何度自問自答したことか。

 だが、自分が半獣人である事については、恨んじゃいねぇ。


「それが、俺の生き方だからな」


 自分が獣人とは違う存在だと知ってからは、必死に修行に明け暮れてきた。誰でもいい。認めてほしい、居場所が欲しい。その一心で必死に修行して、獣人と同等の力を得た事は誇りであり、数少ない自身に好感を抱ける部分だ。

 長年にわたる修行の日々の中、自分の境遇や物事から逃げない事は自身の確固たる信念となった。

 その頃か。獣人達の中に認めてほしい存在、居場所を見出せなくなったのは……。当然だろ。初めから力を持つ獣人が戦えるのは当たり前だからな。


「あいつに出会っていなければ、俺は一体どうなっていただろうか……」


 自分に目的を与えてくれたあの人間との出会いを思い出し、ふとそう思う。

 獣人達からは半端者扱いされ、人間達からは獣人として化け物扱いされる俺には、居場所なんかねぇ。そんな俺を、あの出会いが大きく変えてくれたんだ。

 

「独り言ばかり……だな。……仲間や友の存在。俺にはわからねぇ事だが、きっと、いいもんなんだろうな」


 シャワーを浴び終えた後タオルを腰に巻いて浴室を出ると、端々がひび割れた洗面台の鏡に自分の顔が映る。威圧感を感じる厳つい男の顔。だが、紛れもなく人間の男の顔だ。


「……」


 しばらく自分の人間としての姿を見ていたが、両手で握り拳を作り胸の前でぶつけると叫ぶ。


「変身!!」


 俺の身体が赤い光に包まれ、姿が変わる。ライオンの獣頭、逞しい裸の上半身、下半身に真紅のパンタロンと漆黒のエナメルシューズを身に着けた戦士としての姿に変わる。



「……」


 自分の中に流れる赤い血、鏡に映る首から下の人間と同じ身体は、俺の中に存在している人間を自覚させてくれる。だが、茶色いたてがみを持つ野蛮な肉食動物の顔は、俺が異形の存在であることをもありありと実感させてくる。

 眉間に皺を寄せ、節くれだった太い指で獣頭を掴み引き剥がそうと手に力を込める。離れないことはわかってる。だが、自分を散々振り回してきたこの獣頭への疎ましさ、心の中にある氷のように凍てつく孤独感が力を緩めさせてくれねぇんだ!!

 しばらく、馬鹿だとわかる事をしていたが、獣頭から手を離し変身を解いた。一度だけ溜息をついた後、部屋着を着て別室のベッドへ向かう。


「何くよくよしてやがる。俺はあいつに誓ったじゃねぇか」


 力なくベッドに倒れ込む。


「そう……あいつは……俺……の……」


 約束された勝利など、どこにもねぇ。俺を必要としてくれる存在も、誰1人……。もう、疲れた。瞼がだんだん重くなっていくのが、疲れ切った忌々しい身体にもわかった。 


***


 それは俺が破壊者として組織に所属していた頃まで遡る。異世界から来た当初俺は、人間を価値ある存在とは認めていなかった。境遇や物事から逃げない事を信念としている俺は、心の強さこそ、その者の価値と考えている。

 最初は獣人を前にして人間達がどう歯向かってくるか、興味があった。だが、我先にと自分から逃げ出す人間達を見続けるうちに、失望したんだ。


「これが、人間か……」


 あらゆる恐怖に向き合ってきた俺にとって、逃げ出す事は1番の恥だ。そんな俺には逃げ惑い、時には助けを乞う人間達が憐れに見えて仕方なかったんだ。

 中には、目の前の中年の女を無理矢理押し退け、半獣人である俺から逃げ出す若い男もいた。その光景を見て、憐みや苛立ちと同時に強い失望を感じずにはいられかった。思わず、溜息をつく。

 獣人である親父が人間の女を選んだからこそ、人間には期待していた。半獣人で脆弱な力しか持たなかった俺は、身体能力の低い人間と自分を無意識に重ねていたのかもしれねぇ。だが、わずかな期待は、すぐに崩れ去ってしまった。

 あまりの失望の大きさに、もう1人の先兵であるクマ獣人と共に人間の世界を破壊する気も起きなくなっていた。

 そんな中、足をくじいて逃げ遅れた人間の女とその家族らしいガキがクマ獣人の目に入ったらしい。クマ獣人が俺に顎で命令する。


「おい、格下。その虫けら2匹を殺せ!!」

「俺に命令するな、クマ獣人。人間など、相手にする価値はねぇ」

「獣人と同等の力を持つからと調子に乗るなよ、格下! お前のような半端者に、居場所があるだけでもありがたいと思え! それに格下、お前自ら志願しておきながら人間を殺すどころか、ろくに破壊活動もしてねぇじゃねぇか!!」

「……」

「さぁ、さっさとその虫けら2匹を殺しちまえ!!」

 

 俺は苛立ちから拳を強く握りしめる。

 ケッ!! 強者に媚びるだけの弱者が! てめぇら獣人共の事など、俺はこれぽっちも認めちゃいねぇんだよ!! 俺がてめぇら獣人共や首領に従うのは、恐怖や恩義からじゃねぇ。かりそめとはいえ居場所を与えてくれた首領への借りがあってこそなんだよ!!

 それに、かりそめの居場所にしがみつく弱さを獣人達に利用されていることも、当然気づいているんだ。それでも、偽物の居場所を俺は捨てきれねぇってのか? ……弱ぇな、俺は。

 拳を強く握りしめて歯ぎしりをするが、惨めさが全く消えない。獣人と人間双方への怒りをぶつけようと、俺は人間の女と小僧に近づいていく。


「母さん、立って!!」

「駄目……足が動かない……あなただけでも逃げなさい!」

「俺の家族はもう母さんだけなんだよ!!」

「いいから逃げなさい!!」


 小僧は破壊されて落ちてきた瓦礫に足を挟まれた母親を、瓦礫をどかして助けようとしているようだった。そんな目の前の小僧も、母親を残し保身から逃げ出すだろう。そう、思っていた。現に、その身体は震えを隠せていない。表情からも、怯えている事がよくわかったからだ。

 だが、小僧は俺と母親の間を隔てるように立ち塞がったんだ。身体は震えているにもかかわらず、怒りに満ちた瞳で、俺の目を見返してくる。


「光、早く逃げて!!!」


 小僧の後ろにいる母親が、必死に逃げるように小僧を促している。だが、小僧はその場から逃げ出さず、目線も俺から全く逸らそうとしない。

 なんだ、この小僧は?


「おい、ライオンの化け物。母さんに、近づくな!!」

「お前ごときに俺を止められると思うのか、小僧。お前を殺すことなど、簡単なんだぞ」

「そ、そんな事わかってるよ! でも、それが母さんを見捨てていい理由にはならないだろ! 俺は、お前から逃げたりしないんだ!!」


 そう言うと、小僧は俺の腹にパンチし続ける。無論、痛くもかゆくもねぇが、それよりこの小僧。なぜ、なぜこれほどの力の差がありながら、逃げ出そうとしねぇ!! どうして、この俺に向かってこれる!!

 ……人間の中にも、自身の弱さに向き合う強き者がいるのか? いや、あれほど脆弱な本性を持つ人間の1人だ。追い詰められれば!!

 俺は小僧の首を掴むと、高く持ち上げてやる。もう、人間に対して無駄な期待も失望もしたくねぇんだよ!!


「小僧、俺が怖ぇだろ? だったら、人間らしく怯えたらどうだ? 追い詰められた時こそ、人間は脆弱な本性を現す生き物じゃねぇか」

「母さんが……死ぬよりは……怖くない。それに」

「……何だ?」

「ここで逃げて……弱いままでいるのは嫌だ!!!」


 小僧は、自身から見れば格上の化け物としか見えないはずの俺の目を真っ直ぐ見返してきた。その意志の強さを秘めた目に、獣人達に散々蔑まれてきた俺の心は共鳴したんだ。

 この目は、敵と戦おうとする闘争の目! 自身の命が懸かっているというのに、それでも歯向かおうとする人間がいるのか!

 俺は、小僧の首を掴んでいた手を離した。


「ゲホッゲホッ、ケホ」

「何をしている格下? さっさとその虫けらを殺せ!」

「……断る。この人間は獣人よりはるかに強い。だから、殺さねぇ」

「狂ったか、格下の半端者が! 人間が獣人より強いだと? だったら、俺がその強い人間様を殺してやるよ!」


 クマ獣人が小僧に近づき、鋭い爪で小僧を引き裂こうとする。


「させねぇ!」

 

 俺はクマ獣人の手首を掴んで、それを止める。


「邪魔する気か? ビーストウォリアーズを裏切って、生きていられると思っているのか!!」

「クマ獣人、あんた人間の立場だったら獣人と戦うか?」

「あぁ? 逃げるに決まってるじゃねぇか!」


 クマ獣人の手首を握る手の力が強くなる。迷いが消えた気がした。俺が居場所を得たい世界がどちらなのか、今わかった。


「自身より力で勝る者に向き合わねぇ獣人が、本当に強き者だとは思わねぇ! この小僧のような強き者を、格上の存在に媚びるだけのてめぇら獣人共に殺させるわけにはいかねぇ!!」


 クマ獣人の手首を、俺は剛力で握りつぶす。


「ギャァアアア!!」


 クマ獣人の右手首から緑色の鮮血がほとばしる。悲鳴を上げていたクマ獣人だが、なぜか口元に不敵な笑みを浮かべ始める。


「クッ、ククッ、ギャハハハハハハッ!!」

「何がおかしい、クマ獣人!!」

「やはり人間側についたか、格下! 首領は人間の血を引く貴様が裏切ることを警戒し、最初から捨て駒にしていたんだよ!!」

「何……だと?」

「格下の半端者である貴様が、実力でビーストウォリアーズの先兵に選ばれたとでも思っていたか? 残念だったな! 我ら先兵には異世界への帰還、別の場所への転移を可能とする空間転移の力を秘めた鍵を渡されている! だが、貴様はどうだ?」

「……」


 俺の手元に鍵はもちろんなく、そのような帰還手段があることすら知らなかった。


「おめでたい奴だな、格下!! 我らの異世界への帰還手段はこの空間転移の力を秘めた鍵だけだ!!」


 クマ獣人は懐から、1本の細い鍵を取り出して見せる。


「これで首領への借りを感じる必要が無くなったぜ、クマ獣人。元々俺は、獣人の事など全く認めちゃいねぇんだよ!! てめぇらは力こそ強ぇが、格上の存在には媚びるだけの弱者だ! それにひきかえ、この小僧を見ろよ! 俺を前にしても逃げ出そうとしねぇ、強い心を持ってやがる! てめぇみたいな弱者には到底手の届かねぇ強者の姿だ!!」

「格下の半端者が! 身の程をわきまえねぇか!! 丁度いい、そこのガキと一緒に反逆者のてめぇも消してやるよ!!」


 力のある者が戦えるのは当たり前だ。だが、力の無い者が戦うのは強き心と覚悟の表れ! 小僧、俺はお前の心を気に入ったぞ!


***


「フレイムドラゴン!!!」


 俺の右手からほとばしる紅蓮の炎が龍の形をなす。形作られた龍はクマ獣人を飲み込み、巨体を焼き尽くした。俺が持つ真の力は、炎や熱を自由に発現させ、操ることができる異能。人間を遥かに凌駕する身体能力と共に、この力で俺は成り上がってきた。

 クマ獣人、ひいてはビーストウォリアーズに決別を告げた形となった自身の右手を見つめ俺は覚悟を決めた。

 これで、もう後戻りはできねぇ。これからは、自分が強き者と認めた人間のために最後まで戦ってやる!!

 決意と共に、組織に決別を告げた右手を握りしめた。


「すげぇ……」


 目の前で繰り広げられた異形の者同士の戦いに、小僧は口を開けて圧倒されているようだった。だが、クマ獣人を倒した俺が近づくとすぐに正気に戻り、俺に当然の疑問を投げかける。


「ライオンの化け物、どうして俺と母さんを助けてくれたんだよ?」

「お前の強さを気に入ったからだ。おい小僧、名前は何て言うんだ」

「……光(あきら)」

「アキラ。これからこの世界には、人間を滅ぼそうとする獣人が次々と襲来するはずだ。だが、獣人が人間滅亡を諦めるか、獣人が滅亡するまではお前達は俺が守ってやる」

「嘘だ!! さっきだって俺や母さんを殺そうとした獣人が人間を守るなんて、嘘に決まってる!!」

「信じなくても構わねぇ。だが、1つだけ言っとくぜ。俺はお前が気に入った!」


 そう言い残し、俺はその場を立ち去った。


「気に入ったって……どうせそれも嘘だ」


***


 目が覚めた。自分が人間を守る理由を思い出し、自らの存在に対する暗い気持ちを振り払うように両頬を叩く。

 それから俺は、獣人達の脅威から人間達を守るため、戦いの日々を繰り返している。しばらくすると、テーブルに置いてあるラジオから緊迫した声が聞こえてきた。どうやら、近くの街で獣人が出現したらしい。伸びた黒髪をゴムで1つにまとめると、アパートを飛び出した。自身が強き者と認めた人間に受け入れてもらうという願いを胸に秘めて。

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