少年は鍛冶師を訪ねる

 朝食を食べてからまだ時間が経っていないが、少し小腹が空いた僕は街道の屋台から流れてきた芳ばしい香りに釣られた。匂いを辿って歩いていくと、肉汁がしたたる美味しそうな串焼きが売られている屋台を見つけた。

 無意識のうちに唾液を飲みこみ、屋台のおじさんに声を掛ける。


「串焼き二本ください」

「おうっ! 一本一コルだ」


 空間魔法を使用し、銅貨を二枚取り出しおじさんに手渡す。


「ほら、熱いから気を付けて食べるんだぞ」

「ありがとうございますっ!」


 受け取った串焼きの内、一本はアレクに渡し、屋台の隣に設置されていたベンチに腰掛けると串焼き肉を頬張った。


「ん……!」


 美味いっ! てっきり焼き鳥のようなものかと思っていたけど、どちらかというと唐揚げみたいな味がする。肉を噛むと中から熱々の肉汁が溢れ出してくる。それに口の中に香辛料のぴりりとした風味が広がる。

 となりのアレクも満足そうに食べているし、これだけの量と味で一コルはお得な気がする。


 因みにこの世界の通貨にはコルという硬貨が使用されている。一コルは鉄貨、十コルは銅貨、百コルは銀貨、千コルは金貨、そこから一気に飛んで十万コルが白金貨、一千万コルが王国白金貨となっており、一コルは日本円でいうところのおよそ百円だ。


 往来を眺めながら串焼き肉を頬張っているとやはりこの街は栄えていると思った。人や馬車の往来も多いし、行き交う人々が皆活き活きとしている。それにアレクの記憶の中に見た街に比べて治安も良い。


「おじさん、少し聞きたいことがあるんですけどいいですか?」

「おう、いいぞ。坊主は串焼きを買ってくれたしな」


 にかっと笑みを浮かべるおじさんに僕も思わず笑顔になる。


「この街ってすごく栄えている気がするんですが、有名な街なんですか?」

「坊主、まさか知らないのか?」

「えーと……はい。実は田舎の村から旅をしてきて、たまたま見つけたので立ち寄ったんです」

「なるほどそういうことか、この街はな――」


 おじさんが言うには僕がただの街だと思っていたここは、“ヴェラムエイジ王国”という国の首都であるらしい。街の名前は国の名前と同じ“ヴェラムエイジ”。別名王都とも呼ばれているらしい。

 通りで街は栄えているはずだし、あれだけ立派な城が街の中央にそびえているわけだ。


 串焼きを食べ終えてから数分。どうにもこの串焼きを気に入ったアレクは僕に串焼きを何十本と買わせた。こんなに買っても食べきれないと思うけど……。

 その後、アレクに先導されるまま街中を歩いていくといつの間にか人の往来が多かった大通りを外れ、昼間だというのに少し薄暗い路地裏の小径を進んでいた。


「ここが王都ならそうと、先に言ってくれても良かったんじゃないの?」

「別にこの街が王都だと知らなくとも別に生活できるだろう」

「まあ、確かにそうだけどさあ……」

「目的の鍛冶屋が見えてきたぞ」


 アレクの視線の先には、金床のマークの看板がひっそりとぶら下がる店がある。鍛冶屋の前に着くと、アレクは僕に道を譲った。

 少し緊張しながら扉を開く。扉の先の店内は明かりがついておらず、薄暗い。店の中には木人形に着せた甲冑や、壁には剣や盾、槍などが飾られている。ただ、受付に人はおらず人の気配もしない。


「お店の人いないみたいだよ」

「気付かんか? 少し耳を澄ませてみろ」


 不思議に思いながら言われた通り神経を耳に集中させる。

 すると……。

 カーン……カーン……と金属音が薄っすらとだが聞こえてきた。音の出所はおそらく受付のさらに先だ。


「聞こえたか?」

「うん、何か金属の音が薄っすらとだけど。もしかして店の奥で今鍛冶仕事をしているのかな? だとしたらやっぱり出直した方が……」

「問題ない、行くぞ」

「えっ!? ちょっと待ってよアレクっ!」


 僕の話を聞かずにぐんぐんと進んでいくと店の扉をすり抜けさらに奥へと進んでいってしまう。零体のアレクとは違って僕には扉をすり抜ける何て芸当は出来ないのでノブに手を掛けて先へ進む。

 扉の先に進むと金属音はさらに大きく聞こえてくるようになった。それに気のせいか室温も上がっているような気がする。薄暗い一本道を進んでいくと、突き当りに丈夫な造りの扉が目に入った。


「この扉の先だ。何か言われたら我の名前を出せば恐らく問題ないはずだ」

「えっ? うん、分かったよ」


 僕は意を決してドアノブを回し、扉の向こうへと進んだ。扉を開けた瞬間、熱気が部屋の中から溢れ出してきた。途轍もない熱量、思わずむせ返るような暑さの中、一人黙々と槌を振り下ろす屈強な体の男が炉の傍に座っていた。

 集中しているのか、僕が扉を開けたことにも気づいた素振りを見せず、黙々と金属を打ち付けている。しばらく槌を振り続けると、遂に槌を振り下ろす手が止まった。それと同時に男は振り返り、真っ直ぐに僕のことを見つめてきた。


「小僧、ここに何の用じゃ。ここは遊びで来るような場ではないぞ」


 男の身長は僕よりも小さいのに男から放たれる威圧感プレッシャーはそこらの魔物を上回るものだった。思わず屈してしまいそうになるが、足を踏ん張り、何とかその場で堪えた。


「ほお、儂の魔力を少しだけしか放たなかったとはいえ、屈せぬか。まあ、及第点というところじゃろう。それで儂に何の用じゃ?」

「あ、その、武器を作ってもらいたくて……」


 僕が武器という言葉を口にすると、男の眼差しが鋭くなった。


「儂に武器を作って欲しいと」

「は、はい」

「断る」

「えっ!? どうしてっ!」

「小僧の力量では儂の武器を扱うに値せんからな。もう少し強くなってから出直すことだ」


 しっしと手を払うと男は僕に背を向け、再び槌を手に取った。このままだと武器を作ってもらえない……。僕は恐る恐る口を開いた。


「僕はアレクの薦めでここに来ましたっ!」


 アレク、その名前を聞いた瞬間に男の動きが止まった。


「何故お前がそれを……。小僧、貴様アレクサンダー様とどういう関係じゃ……?」

「アレクサンダー様……? 僕とアレクは師弟……みたいな関係です」


 僕がそう言うと突然男はぷるぷると肩を震わせ、怒りを露わにして僕のことを睨みつけた。それと同時に馬鹿みたいな魔力が男から溢れ出し、あまりの濃度に息苦しさを覚える。


「小僧、よくもぬけぬけとそのような嘘が吐けたものだなっ! アレクサンダー様は三百年前に亡くなられたというのにっ!!」

「不味いッ! ジン、奴に我が今から言うことをそのまま伝えろッ!!」

「わ、分かったっ! 土精族ドワーフの火酒、お前と飲んだ日のことを覚えているか?」

「っ! 小僧、何のつもりだっ!!」


 今にも飛び掛かってきそうな勢いだが、僕はアレクの言うことをそのまま復唱する。


「あの時は我が軍全員で誰が最後まで潰れぬか勝負したな。我とお前の二人が最後まで残り、確か我の方が先に酔いつぶれてしまったのだったな」

「なっ何故それを……」

「聞け、我が臣下ガレスよッ! この者は我の相棒にして友ッ! そして、今は我の弟子でもある。こやつのために武器を作ってはくれぬか。我はお前も知っての通りあの大戦で死んだ。今は零体となっているためお前には我の姿が見えぬだろう。だが、我は確かにここにおる。そして、我の全てをこの者に継がせようと思っておるのだ。頼む、ガレス」


 そこまで言い終えると、いつの間にか男が僕の方に向かって跪いていることに気が付いた。片手を地面に着き、こうべを垂れるその姿は王に付き従う忠臣のようであった。


「聞いておられますか、アレクサンダー様。儂は貴方様がお亡くなりになられてから、生きる標を亡くし、ただただ生き永らえるばかりでした。ですが、今儂はようやく生きる意味を見出せましたぞ。貴方様の後継者たるこの方に、儂は生涯付き従うことをここに誓いましょうっ!」

「えっ? えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」


 先程までの偏屈な鍛冶屋という面影はどこに消えたのか、目の前にいる男は活き活きとした眼差しで僕のことを跪いたまま真っ直ぐに見つめてくる。


「ちょっ!? どうするんだよアレクっ!」

「ガハ八ッ! まあ良いではないか、まさか我もこうなるとは思わなかったがな。ジンの世界には終わりよければ全てよし、ということわざもあるだろう?」

「それとこれとは話が別だろっ!」


 僕がギャーギャーと吠えていると、跪いた状態のままガレスさん? がこうべを垂れたまま話しかけてくる。


「恐れながらジン様、ジン様にはアレクサンダー様の御姿やその御声が聞こえているのでしょうか」

「え、はい。僕にはアレクの声や姿が見えていますよ。それと……その呼び方何とかなりませんかね? 様付けで呼ばれるなんて、少し照れ臭いんですが……」

「申し訳ありませぬがこれは譲れませぬ。儂はアレクサンダー様の臣下、そして今日からはジン様の臣下であります故。それと、儂に対して畏まる必要はございませぬ。儂は貴方様のしもべですからな」

「分かったよ、ガレス……。それで、今日はガレスに僕の武器を作ってもらいたかったんだけど……」


 すると、むくりと立ち上がったガレスが「しばしお待ちくださいませ」と言い残し、鍛冶場よりもさらに奥の部屋へと入っていった。しばらく待っていると、奥から箱を二つ担いで戻ってきた。

 片方はガレスの身長程、恐らく一メートルと何十cmセンチメートルはあるだろう大きな木箱。もう片方はそれよりも小さな木箱だ。


「これは……?」

「開けてくださいませ」


 木箱を開くとそこに入っていたのは漆を塗り固めたような漆黒の刀身を持つ大剣と、蒼い刀身に金色こんじきの模様が彫られた剣がそれぞれの木箱に入っていた。


「綺麗だ……」


 思わず感嘆の声が漏れてしまう。それほどまでにこの剣は美しかった。

 店内に展示されていた武器や防具にも興奮させられたが、これはそれらとは次元が異なる。見ている者の目を奪い、魅了する魔力を持っているようにさえ思えるほどに。


「これらの剣は儂がこの三百年間に目的も無く打ち続けていた剣の中でも特に出来の良い二振りです。ジン様に出す程のものとなるとこれ以外には思いつきませぬ」

「これ、いくら……? 僕、とてもじゃないけどこんな業物を買うお金なんて……「無論料金など取りませぬよ」無い……え?」


 き、聞き間違いだろうか? 今、ガレスがこの二振りの剣の代金を要らないと言った気がしたのだけど……。


「ジン様から料金など受け取れませぬよ、ジン様のお手伝いが出来るのであればそれが儂の本望ですからな」

「でも……」

「ガレスがこう言ってくれているのだ。ありがたく貰っておけ」

「アレク……うん、そうだね。ありがとうガレス、絶対にこの代金は払うからっ!」

「はははっ! 本当に気にしないでくださいませ。ジン様はこれから魔物を狩りに行くのでしょう? それであればこれを持って行ってくだされ」


 ガレスが僕に差し出したのは大量の体力回復薬ポーション魔力回復薬マナポーション、解毒剤などの冒険には必須ともいえる回復系のアイテムだった。

 ありがたく受け取り、空間魔法を使ってしまう。


「何から何までありがとう。それじゃあ行ってくるよっ!」

「はい、お気をつけてくださいジン様」


 深々と頭を下げるガレスに苦笑を浮かべながら手を振ると、僕達は街の外へ向かった。初めは戦闘が嫌だった。僕は痛いのが嫌だし、魔物も怖かったから。今でも勿論痛いのは嫌だし、魔物も怖い。でも、それ以上に戦いを楽しいと感じるようになっていた。魔物と戦うことによって、着実に自分が強くなっていると実感できるからだ。


 だからこそ、僕は依頼が待ち遠しくて仕方が無かった。今日はアレクが気配を感じるスキルを教えてくれるとも言っていたし。

 早く街の外に着かないかな。

 あ、依頼のことで頭がいっぱいで聞き忘れていた。


「アレク、さっきガレスからアレクサンダー様って呼ばれてたけど、どういうことなの? ガレスさんのことを臣下とも言っていたし……」

「……いずれ分かる。今はまだ知らなくてもいい。とにかく今は依頼のことだけを考えておけ、今日は気の以上にみっちりとお前のことを鍛え上げるからな」

「望むところだよっ!」


 話を逸らされたような気もするけどいいだろう。

 アレクが話したくないと言うのなら無理に聞く必要は無いしね。

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