双子は神隠しから逃れたい!~変人な姉と腹黒な妹の非日常2人暮らしwith時々神~

大柳 律

事前準備

第1話 神隠しは突然に


 「おい…おいって…」


 体を中々強めに揺すられてる…。

 止めて…。頭もすんごい痛いし、目が回って気持ち悪い。

 おまけに背中も、まるで固いところに長時間横になっている時みたいな痛さなんだから…。


 ん?横になっている…のか?


 緩慢な思考で考えているところに、再びの揺さぶり(かなり強め)と共に怒声が上から降ってきた。


 「いい加減起きろっ!」

 「…ぅえ?…うわぁっ!」


 目を開けたら超至近距離、古風に言ったら一寸先にイケメンの顔があった。


 「えっ!えっ!誰っ!?」


 慌てながら起き上がり、座ったまま的確に後ずさって距離を取る、平時では絶対不可能な動きが一瞬で出来た。明日絶対筋肉痛コースだな…。

 

 …てか、後ろ手に何か当たったような?


 不審人物に突然襲われないように、前方に全神経を集中させつつ、そっと後ろを見てみた。


 「え゛ぇっ!みーちっ!?」


 ここに絶対居るはずのない妹が横たわっていた…。意識無し。うちの目の前には見知らぬ男…。


 「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!みーち!みーちっ!起きてよぉーーーーーっ!」


 呼びかけながら、全力且つ強く揺すったからか、妹の頭が床に当たって何度か「ゴッ」って音が鳴った気がする。でもそんなのは問題じゃない。ただただ、目を覚まして欲しい。本当にそれだけ。


 「…うぅ…いったぁ……」


 「みーちっ!気づいた!?」

 「え?…あーち?…それにここって…実家…?」

 「うぅー…良かった。状況的には微塵も良くないけどっ!」


 そう、全く良くないのである。うちも妹も今絶対に自宅この場所に居てはいけないのだ。況してやこの不法侵入者と居るなんて。


 「…やっと起きたか。小澤麻来おざわあさき一色実々いっしきみみ、二人に話がある。あぁ誰かに連絡しようとか下手な真似はするなよ?どうせ無駄だからな」


 両腕を組んで仁王立ちしながら、顔を近づけて言ってきた。ニヒルな表情付きで。

 シンプルな恐怖。そして、正統派の悪役が言う台詞。

 うちの理想にドストライクな、濃いグレーのジャケットに紫のVネックシャツ、黒スキニー、かつ清潔感のある黒髪短髪なのに、好感度が全く1ミリたりとも上がらない。だって不法侵入者だもの。


 それになんと、なんでもこの不法侵入男(以下 謎男)は、うちらに話したい事があるらしい。世に云う、冥土の土産ってやつ?……めちゃめちゃ聞きたくないわっ!

 でも聞かないと、寿命を無視して命の灯火を即刻消されそう…。

 それに、不可抗力にも聞きたいことが出来てしまった。


 なんでうちはここに居るの?

 なんで妹もここに居るの?

 うちと居たはずの母と姉は何処?

 そもそもあんた誰?

 どうやって家に入ったよ?


 よって話し合い回避、確実に不可能。

 でも待てよ…冷静に考えて地の利はうちの方にあるとみた。

 もしも万が一、話の途中で謎男が激昂してきたり、暴れだしてきたら、刺し違えても止められると思う。伊達に住み慣れてないわ。

 そして、「うちの事はどうでも良いから!みーちは逃げてっ!そして生きてっ…!」と言いながら最悪の場合散ろう。どうせなら格好良く人生を終えたい。妹にトラウマは確実に残ってしまうけど、生きていれば絶対良いことがあるからね、挫けずに前を向いて欲しい。

 そもそも上手くいけば生き延びられるし、正当防衛は妹の証言で確実に認められる。

 あれ?何かいけそうだわ。


 気分が前向きになったので、「うちも聞きたいことが沢山あります!」と、斜め上の謎男の目を見返しながら、ビビらず言えた。

 なのに、それに対して「ほぅ、そう来なくちゃな…」って返してくるあたり、こいつどこまで悪役なんだよ!と思ってしまったのは仕方がないと思う。


 うち、負けない。


 座り込んだままの妹を庇うように立って、「長くなりそうなので、お茶を淹れますね。適当に座ってて下さい」って言ってやったわ。


 妹もなんとか立たせて準備に向かう。一人で出来るけど、敢えて二人で。犯罪者と二人きりになんて、お姉ちゃんはさせないよ。


 水を電気ケトルに注いでいるときに、ふと時間が気になり、テーブルの上座に勝手に座っている謎男の後ろにある時計を見たら、12時6分で止まっていた。

 …まさかの電池切れ!?

 なにも今寿命を迎えなくても…。謎男が帰ってから思う存分止まればいいのに。

 しかも、こうなると本当の時間が無性に気になってしまった。でもスマホは外部との連絡を取っていると勘違いされるから触れない。うぅ…。


 「今何時ですか?」も、謎男に聞かなきゃになっちゃったよ。


 そうこうしている間にお湯になり、ポットに焙じ茶の茶葉とお湯を淹れて、しばし蒸らす。

 それにしても、なんで現在進行形で犯罪を犯している男に、おもてなしの準備をせっせとしているんだろうか…。


 

 どうしてこうなった?


  

*****


  うちの名前は小澤麻来。30歳、今までもこれからも未婚。青森県民と東京都民のハーフ。3人姉妹の2番目。姉の香凛と双子の私と実々の順番。


 ちなみにあだ名の「あーち」は、妹の学校に【見市】と言う名の先生が居る事を知って、妹の実々を「みーち」と言ったら、アンサーソング的な感じで呼ばれ出した。

 実は双子なのに実々とは誕生日が違うのが地味な自慢。お母ちゃんありがとう。うちが野菜の日生まれで、妹が防災の日生まれだったりする。


 中肉小背。恐ろしい程の童顔。そして無職兼病人。

 社会人1年目の秋、仕事中に首から頭の中腹まで電気が走って、何も持てなくなり、そこから日常生活も儘ならなくなってしまった。


 病名は線維筋痛症せんいきんつうしょう

 

 初期は血管の中をガラスの破片が通ってるんじゃないかって思ったり、身体中をボールペンの先で刺されてるような痛みもあった。幻聴や幻覚も数えきれないくらいあった。

 そこから考えると、今は元気になったと思う。薬を完全に止めてみない事には、どのくらい治ったかわからないけど…。


 そんな将来不透明女の毎年の楽しみが秋の女3人旅。姉が招待してくれる替わりに、うちがホテルと新幹線の手配やら旅程担当。

 毎年京都に行っていたけど、今年は趣向を変えて伊勢にしたのである。



2019年11月19日 天気晴れ

 

 始発直後の在来線に乗り込み東京駅に行き、新幹線の発車直後に朝御飯の鰤かまの照り焼き弁当を美味しくいただき、名古屋経由で伊勢市駅に到着。


 この時のうち、最高に浮かれてた。


 「死ぬまでに 一度行きたい お伊勢さん」

 「稲刈りし 田を往く先に 神の森」って道中に2句詠んじゃうくらい。



 改札を出て直ぐに大きな鳥居があって、そこから参道になっていた。迷いようがない親切設計。ニマニマ歩いても、5分程度でずっと想い続けていた場所に着いた。


 豊受大神宮(下宮)である。

 至る所に植わってる松からも、有り難い空気が滲み出ていた。この時点で1回「うひょー!」って言った。


 入口になっている表参道火除橋を渡る。ここでも「うひょー!」。

 渡りきると、直ぐに手水舎で分かりやすい。どこまでも親切。因みに、ここでは「うひぃーっ!」だった。水がめちゃんこ冷たかった。末端冷え性には過分の温度だった。

 全身が冷えたところで、遂に檜造りの鳥居をくぐった。


 「ふおーーーーーっ!」


 まさに別世界。

 森全体が全て伊勢神宮の構成部分なんだなって、身体が自然と納得した。パワースポットって言い方が安っぽく感じて苦手だけど、ここには目に見えない何かが確かにある気がした。


 玉砂利をジャリジャリ鳴らして正宮に。


 「ん?めっちゃ人混み」

 「あれ?工事中?」

 「あ!天皇皇后両陛下が儀式するからか!」


 姉、うち、母の順で、独り言と会話の絶妙な間の発言をした。

 …22日か23日に「即位しましたよ」って天照大御神様にご報告するってニュースで観た気がする。うん、きっとそう。

 激混みでどうしようも無かったので、隅っこでちょみっと参拝した。


 …今考えると、ここまでは良かった!


 正宮までの道をちょっとUターンして、右折。その先の長い階段を「私のことは良いから先に行って!」って茶番をしながら登り、辿り着くは多賀宮たがのみや


 工事中正宮では特に何も感じなかったのに、多賀宮に着いた途端、鼓動が勝手に早くなった気がした。…理由は確実に息切れでしょう。


 順番待ちをし、左から姉、母、うちの順番で参拝。

 ここ数年、お願い事はずっと同じ。「世界平和」を願うほど、人間はもちろん出来ていない。

 二拝二拍手して、心の中で『病気が治って、好きな事が思いっっっっっっきり出来ますようにっ!』

って切実にお願いしてるうちの真横で、「ほう…そうなのか」って良い声の男性の相槌が聞こえた。


 …おいおい、お祈りしてる傍で電話するなよ。マナーなってないな。口調も何か偉そうだし。


 内心ツッコミつつ続き続きと気を取り直して『住所は、東京都ー…』って心ボイスで言っていたのに、突然それさえも掻き消される程の大音量の鈴の音が聞こえてきた。



 シャンシャンシャンシャンシャンシャンシャンシャンシャンシャンシャンシャンッ!!



 唯でさえ序盤で凄い煩かったのに、どんどん大きく、音源がどんどん近くなってきた。流石に図太いうちも慌てて目を開ける。


 「うぇぇぇぇぇぇぇっ!?」


 開けたらうちと宮以外全部真っ白だった。

 母も姉も、他の参拝客も居ない。しかも、浮いている…。



 うちは人生で経験する予定も無かったゼログラビティを体感しつつ、徐々に重たくなっていく瞼に対して「全身麻酔みたい…」と言いながら意識を手放したのだった。



*****



 お茶が出来たので、振り返り強制終了。

 コブクロの『Twilight』の「サヨナラが来たあの日の一秒前に戻して」の部分がずっとリフレインしてるけど、終了。


 お茶を置いて、着席。

 うちは謎男の向かいに、妹はうちの左隣に落ち着いた。


 一応うちがこの家の住人なので、「では、どうぞ」と切り出した。

 うち、偉い!ちなみに『どうぞ』はお茶とお話をどうぞと言う掛詞である。

 『伝われ!この思い!』と目に力を込めて念じたからか、謎男は一口飲んでから口を開いた。

 いったい何を言い出すんだろう…。双子に緊張が走る。


 「まず、もう分かっていると思うが、われは神である。」


 「「……………ぇぇ?」」


 …ヤバイ人だ。めっちゃ怖い。

 危険な思想の新興宗教の教祖だったのかしら?それとも藤原道長みたいに『この世をば 我が世とぞ思ふ 望月の欠けたることも なしと思へば』とか思っちゃってるドリーマーなのかしら?どっちにしても怖い。

 言われた瞬間、両目をかっぴらいてガン見しながらそう思ってしまった事がなんとなく相手に伝わってしまったのか、自称神は自信に満ち溢れた表情から一転、不機嫌になられた。


 そんなご機嫌斜めな顔を改めて注視してみると……この人の瞳の色が黒や焦げ茶じゃなくて、微妙に紺色っぽいという事実に気が付いた。よって、好奇心に従ってガン見継続。


 「…さっきから汝!麻来!『不法侵入男』や『犯罪進行形男』、『謎男』、『危険な思想の教祖』って無礼過ぎるだろっ!そして余の目を不躾に見過ぎだっ!」


 …本当に神様っぽい。

 そう言えば名乗って無いのに名前を知っていたし、うちと妹の見分けがハッキリ付いてるみたいだし、おまけに目の色も違うし。

 いや、でもただ読心術を会得しているだけって事も…。イマイチ信憑性にかけるんだよね。目もカラコンかもしれないし。


 だって、本当に神様だとしたら、テーブルをバンって叩きながら立ち上がって、顔をうちと10センチくらいに近付けながら人に指を指さないはず。思わず反射的に鼻と口の間の急所を正拳突きしてしまうところだった。右手を全神経を使って止めたうちに感謝して欲しい。


 そんな、微動だにしないうちから何かを感じ取ったのか、自称神様は焦った顔をしながら座り直してくれた。視線はテーブルの上のうちの右手に釘付けだったけど。冷静になってくれて何よりである。

 そして、「ゴホン」と人間臭い咳払いをしてから、また話し出した。

 

 「考えている事は碌でもない事を含めて全部筒抜けだからな!神かどうか疑っているのも含めて、だ。そんなに信じられないんだったら、母親と麻来しか知らない出生の秘密を今言っても良いんだぞ?」

 「信じます。さ、話を進めて下さい」


 お母ちゃんに「実々には内緒よ、墓場まで持っていきなさい」と言われた秘密があることを、よりにもよって妹の前で言うって鬼の所業か。

 しかも仕様もない話だって知ってて言ってる!ニヤニヤしながらこっち見るな。

 みーちも「秘密って何?」って聞いてこないで。


 気を取り直して、「なんで伊勢神宮に居たのに、家に戻っているんですか?みーちだって広島に居るのはずなのに…。……あの、母と姉は今どうしているんですか!?」と聞いた。


 これが一番聞きたいこと、一番気掛かりなこと。

 三十路女が伊勢神宮で突然消えたなんて誰も笑えない。


 「そうですよ、私は本屋に居たんです。人が突然消えたって大騒ぎになっていませんか!?」


 妹もうちに続いた。…そうか、みーちは本屋にいたんだね。


 「とりあえず、汝らがここに居ること、消えたことは誰も知らない。家族のことも問題ない、安心しろ。目撃した者など一人たりとも居ないからな」


 「「え゛」」


 腕を組みながら得意気に仰られても、全く安心できない。心中全く穏やかになれそうにない。二人揃って困り眉で神様を見つめるしか出来ない。

 そんなうちらの反応に気を良くしたのか、神様はさらにドヤ顔をキメてきた。


 「汝らをここに引っ張って来ただけで、向こうは何の影響も無い」


 「え?」

 「どういうことですか?」


 …今度はハモらなかった。


 顎に人差し指を掛けながら斜め上をむきつつ「現状をまず先に伝えとくか…」とブツブツ言ったかと思ったらこっちを向いてきた。


 「麻来、今日は何年何月何日だ?」


 …おっとしかも質問を質問で返して来た。しかも認知症の検査みたいな質問。


 「2019年11月19日です」


 旅行を楽しみにしてたんだから間違うわけがないじゃんと思っていたら、「違う」とまっすぐレシーブが返ってきた。


 「今は2018年11月18日の午後12時6分。汝らは過去に居る」


 「「………!!?」」


 言葉が出ないってこう言う時に使うんだなと実感。

 神様曰く、参拝中のうちと本屋に居た妹をその時の『瞬間』から過去に引っ張って来ただけで、現実世界では何の影響もないらしい。別に時間が止まっている訳では無いって言うけど、うちからしたら母と姉はずっと拝んでる状態と思わざるを得ない。疑問がどんどん湧いて出てくる。

 取り合えず1つ目の疑問を聞こう。

 

 「さっきから12時6分のままなのは時計が電池切れで止まっているってことじゃないんですか?」


 「そうだ。確認したいことがあるから今一時的に止めている」と言いながら真面目な顔になり、うちに向き直った。

 思わずこちらも居住まいを正す。一体何を聞かれるんだろう…。


 「麻来、先程何を神に願った?」

 「…え?病気が完全に治って、思いっきり好きな事が出来ますようにってお願いしましたけど……それと過去に居るのが関係しているんですか?」


 1ミリ足りとも妹を道連れに過去に戻りたいなんて願っていませんと言外に匂わせて答えた。


 「仮に、病気が直ぐに治ったとして、汝はやりたいことをすぐに全力で出来るのか?本当にやりたいことが何なのか自分自身に隠しているくせに、だ」


 「…っ!」


 …あぁ、この神様は知っているんだな。

 うちの本当の想いを。

 誰にも、自分自身にも伝えるつもりの無い事を。

 本心を見透かすような目を向けないで欲しい。今すぐにやめて欲しい。

 喉の奥が凄く苦しくなってきた。

 このまま何事も無く終わらせて、元の時間に帰るのだから。


 邪魔しないでよ。


 うちが視線から逃れるように俯いていたら、妹が代わりに答えてくれた。


 「つまり、神様はあーちがやりたい事を出来るように過去に連れて来てくれたってことですか?」

 「そうだ」


 神様は視線をうちから決してそらさずに答えた。


 「もしそうだとして、うちの個人的な願いで何でみーちまで連れて来たんですか!?向こうの時間が何ともなくても、#花奏__かなで__#ちゃんと離れ離れなんですよ!?」


 うちは元の時間に戻れる好機と見て、涙の膜が張った両目で神様を睨みながら主張した。事実、妹を巻き込むつもりなんて毛頭無いのだから、嘘ではない。3才の一人娘と離れ離れなんて辛いに決まっている。


 神様はうちを一瞥して妹に向き直り、


 「実々を呼んだのは麻来の事を頼みたいからだ。1人だと暮らしていくのでやっとで、他は何も出来ない。それに気心が知れた双子の方が何かと都合が良い。実々、手伝ってやってくれないか?」


 と、全く望んでもいない事を口にしてきた。


 …やめて!

 やめてよ。みーちを巻き込まないでよ!うちはじっと病気が治るのを待つんだから!


 「その前に、あーちがやりたい事がなにか聞きたいです。……ね、教えて?」


 うちがテーブルの上の両手を爪が食い込むほど握り締めているのを解きながら、みーちが真剣な表情で聞いてきた。

 みーちも神様もじっとうちの答えを待ってくれている。


 うちがしたいことは、姪っ子の花奏ちゃんと思いっきり遊びたい。

 社会復帰して今までにかかった生活費と莫大な医療費を両親に返したい。

 病気になってから疎遠になった友人たちと、またお酒を飲みながら沢山くだらない事を話したい。

 どれも全部本当にやりたいこと。でも違うって分かってる。


 …分かってしまった。


 うちの葛藤なんて意に介さないと言うように、心の隅の隅にずっと追いやってた願望がストンと、たった今胸の真ん中にはまった。


 これがうちの本心。


 …神様のせいかな。

 前を向いてちゃんと正直に話そう。自分にも、もう隠さないって決めた。


 「うちがやりたいことは、日本史を1から勉強し直したいっ!……本当は日本史の先生になりたかった。でも努力も気持ちも全然足りなくてダメだった。それから直ぐ病気になって、記憶障害も出て、前日に覚えた事も次の日には全く覚えてなくて、時間の経過も合わさって、どんどん昔の事も大切な思い出も忘れていっちゃうのがずっと辛かった…。神様がうちの願いを叶えてくれるなら、1年前の世界で頑張ってみたい!でも、みーちには迷惑を掛けたくない!だからっ…だから凄く不安だけど一人で頑張るよ」


 勝手に涙がポタポタ溢れてきた。

 症状や薬の副作用が辛いときだって、『ニート』って嫌味を言われたときだって、ずっと泣かないで来たのに、自分の事で泣くなんて、いつが最後だったんだろう。

 …これも神様のせいかな。顔、絶対ぐしゃぐしゃだ。


 「麻来、よく言ったな」


 神様が紺色の瞳を柔らかく細めながら、初めて優しく笑ってくれた。

 うちの本当の気持ちやっぱり知ってたんだ。


 「実々どうする?元の時間に戻りたいか?ここでの記憶も消すし、麻来が戻るまでそりゃ何も出来ないが、何の負担も無いぞ。」


 …みーちどうするんだろう。

 正直居てくれたら凄く嬉しいし、心強いけど、無理はしないで欲しい。

 当人であるみーちは、不安が全面に出ているうちの顔を一度見て笑ってから神様の方を真っ直ぐ見返して、


 「私は、あーちの手伝いをします!!」


 と、ハッキリ言ってくれた。


 「みーち良いの!?ここだと花奏ちゃんと会えないんだよ!?そりゃ居てくれたらすっごい嬉しいけど…」

 「うーん。心配なら娘の花奏もここに連れてくることも出来ー…」

 「大丈夫です!私はあーちのサポートに全力を尽くします。それが私のここでのやりたい事です!」


 …神様の言葉を遮った!そして格好良すぎるよ、みーち!

 嬉しすぎてまた涙が流れて来た。


 「みーち、ありがとう」


 ありがとうなんて、いつも軽くしか言えなかったけど、すんなり口から溢れてきた。確かに今、自分の中で何かが好転した気がする。


 これも神様のせいなのかしら。


 

 うち 小澤麻来は 妹 一色実々と ここ《知っている過去》で頑張ると決めた。





 


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