げに怪しきは斯くも遊戯

 半ば白目を向きながら行われていた過去の過ちを振り返る旅は圭介の「そういえば」という言葉で、次の目的地へと発車の準備を始めていたバスのタイヤがパンクし、現実に引き戻される事になった。


「東條はなんで俺らのコミュニティはクラッシュせんかったの?」

と煙をモクモクさせながら圭介。


「んー」東條はあざとく人差し指を唇に置き考える素振りを見せる。「しようと思ったんだけど、ちょっともったいないなーって思っちゃってさ」

「もったいない?」

「だってこんな面白いの壊しちゃったらつまんないじゃん。それに壊そうと思っても壊れないでしょ、このコミュニティ」


「確かに。死角が無いからな。各分野のエキスパート達が揃っているからどの角度から責めても誰かがブロックに入る」

 そう言って圭介は灰皿に煙草を押し付け、新しい煙草に火をつけた。こいつは本当に寝ている時間以外全ての時間煙草を口に咥えているのではなかろうか。


「ほいブーロック! ブーロック!」

 言いながら結城が酒瓶片手に身体を左右に動かすという意味不明なアクションを取り出した。それにつられるように恭弥もブロックダンスを始め、いつしか我が家にはブロッカーが溢れていた。皆様もご唱和ください。はい、ブーロック! ブーロック!


 暫しの間ブロックダンスをしていたら、酒とツマミのストックが切れかけている事に結城が気付いた。


「諸君、このままでは飲み物が無くなってしまう!」と結城。

「奇遇だな、俺のヤニも切れそうだ」と圭介。

「それはマズイ」と恭弥。

「大問題じゃん!」と勘九郎君。

「死活問題やんけ」と秀一。

「しかつもんだーい!」と東條。

 僕としては何一つ問題は無かった。


「よし、チョビ富豪をやろう」

 そう言った結城は、いつの間にか我が家に置かれていた勘九郎君の私物である、某戦車と乙女が主題となっているアニメのキャラクターが書かれたトランプを取り出した。


 さて、チョビ富豪とはなんぞやというと、まず、我々が行う大富豪はポイント制である。一位が三ポイント、二位が二ポイント、中間は一ポイント、貧民大貧民はそれぞれマイナス一ポイント、マイナス二ポイントといった具合である。


 そして、先述の通りこのトランプには一枚一枚キャラクターが描かれている。その中の一枚にチョビというキャラクターが描かれたカードがあるのだが、それを持って一位で上がればポイントが二倍、一位以外で上がってしまったら強制的に大貧民、おまけに二倍なので一気にマイナス四ポイントの負債を負ってしまうというまさにハイリスクハイリターンのカードなのだ。


 更に厄介な事に、ローカルルールが採用されているチョビ富豪では、チョビが描かれている5の数字のカードは手順を一個飛ばすという効果を持った役カードなのだ。

ちなみに我々の間で採用されているローカルルールは、イレブンバック、8切り、スペ3、10捨て、7渡し、都落ち、カードの再配布は大貧民、である。


 かくして始まったチョビ富豪だが、どうやら今回は革命待ちになりそうだった。なぜなら、僕の手持ちのカードで一番強いのはキングという致命的な状況だからである。他は4やら9やら、いわゆる役も無く、使えないカードばかりだった。唯一の役カードは5飛びの効果を持っているチョビのみ。おまけに7渡しを持っていないので、僕はどうあがいてもチョビと心中する定めにあった。こうなってしまえば、僕に残された運命は大富豪か大貧民オンリーである。


「チョビだーれだ!」秀一が言った。


 言い忘れていたが、チョビ持ちは手札が配布された時点で絶対に宣言しなければならないのだ。非常に可愛いキャラクターだけにこんな風に形容するのは心苦しいがとんだ貧乏神である。


 僕はさも7渡しを所持しているかのような不敵な笑みを浮かべながら「僕だ」と宣言した。


「オーケー。ハー3誰よ」と圭介。

 それも僕だった。手番はハートの3持ちから時計回りに進む。僕は無言でスッと場にハートの3を出した。

「刻んでこー」

 そう言った恭弥は4を出す。

「はいなー」

 東條は5を出した。

「いやお前それはないわ」


 手番を飛ばされた結城が不平不満を垂れる。一般に、チョビ富豪における「刻んでいこう」は役カードを除いてという意味で使われる。しかしそこは東條。そんな暗黙のルールなど知らんとばかりに役カードを初順から使っていく。


「なんでさー。ちゃんと刻んでるじゃん」

「いやまあそうなんだけどさ」

「ほい次6ね」


 優しい勘九郎君はしっかりと刻み、6を出した。次の秀一も空気を読み、9を出す。続く圭介がAを切り、場の強さを大幅に引き上げた。


「おお、いきなりかよ」と恭弥。

「これはパワープレイの臭いがしますなあ」と秀一。

「もしかして強いカード偏ってる?」と東條。

「さあどうでしょう。なんでもいいからよ、次早く出せよ」

 キングが最強のカードである僕はもちろん出せるはずもなく、パスを宣言する。

「恭弥は?」


 圭介が確認するが首を横に振る。その後も全員がパスを宣言していく。そうして手番が再び圭介に回ってきた事で場のカードが流れた。


「んだよ誰も出さねーのかよ。しゃーねえな。ほい」

 そう言って圭介が出したカードはクイーン。一枚しかないキングをこんな所で切るべきではないと判断した僕は脊髄反射もかくやというスピードでパスを宣言する。

「ほいキング」と僕の左隣に座る恭弥。


 再び刻む流れかと思われた中、魑魅魍魎の首魁東條が仕掛けてきた。


「んーじゃあ2で!」


 全員が見逃さなかった。東條はカードを出した時に僅かだが口の端を釣り上げた。閻魔大王の娘である東條は存外感情が顔に出やすい。とするとこれを契機に何かをやろうとしているのは間違いなかった。


 にわかに沸き立つ室内。彼女以外の人間がここで2を出したとしてもここまでざわつく事はなかっただろう。東條が事を起こす時は大抵面倒な事になるという事を皆知っているからこそざわついたのだ。


「おいダメだ。東條を好きにさせるな! ジョーカー持ってるやつ阻止するんだ!」

 と結城が皆に呼びかける。そこで渋い顔をする圭介と秀一。これでわかった。ジョーカー持ちはこの二人だ。そして恐らくだがジョーカーに唯一勝ち得るカードであるスペ3をこの二人は所持していない。だからこそ渋い顔をしたのだろう。


「いや……馬鹿野郎お前俺はやるぞお前! 喰らえ! ジョーカーだ!」

 ギャンブル好きの秀一が阻止に動き出した。そしてどうだ! と言わんばかりの顔で東條の顔を見た。


 気合の入った秀一の顔が徐々にFXで有り金全部溶かしたみたいな顔になっていく。どうしたのかと思い東條の顔を見ると、世にも恐ろしい、お歯黒べったりすら全力で逃げ出しそうな程に邪悪な笑みを浮かべた東條がそこにいた。


「残念でしたー! スペ3持ちはあたしでしたー!」

「あああああああ……!」


 しゅうりっち……。君は賭けに負けてしまったんだ。ここぞという所で賭けに負ける君は正しく養分ギャンブラーの鑑だ。勘九郎君、そんなにゲラゲラ笑ってやるなよ……。


「あーもうどうせ革命だろ? さっさとやれよ」

 いじけ気味の結城がニッコニコ顔の東條に言った。


 東條は表情そのままに場を流し、10で革命を起こした。10は役カードであり、一枚出す毎に一枚任意のカードを手札から捨てる事が出来る。革命を起こした時点で東條の残り手札は一枚。東條は一位上がりである。これが何を意味するかというと、チョビ持ちである僕はこの後どう頑張ろうとポイント二倍マイナスの大貧民が確定しているのだ。やる気も失せるというものである。


 この瞬間、僕は全力で嫌がらせをする方向に方針をシフトした。役カードが少ないので出来る事等たかが知れているが、革命中であるため、先程までクソ雑魚だった手札は今や強カード揃いとなっている。


「やったー! あたし一位上がりねー。後は男同士ウホウホやりなさい!」

「ウホウホってなんやねん! お前もう絶対許さんからな!」

 怨嗟の篭った目で睨みつけるしゅうりっち。まさに負け犬の遠吠えであった。


「これ流れるべ?」と全員のパスを確認する結城。「ほいじゃ、次俺な、2で」

「今革命中だもんね? したら……そうだなAで」と勘九郎君。

「あーじゃあキング」と秀一。

「ジャックリで」


 ジャックリとはイレブンバックの事である。こうなると僕の出せるカードはキングだけだった。仕方がないのでキングを場に出す。


「んじゃ俺はAを」と恭弥。

「パス」と結城。

「んー俺もパスで」と勘九郎君。

「パシー」と秀一。

「俺も」と圭介。

 もちろん僕もパスである。元より非革命状態ではキングが最強カードだったのだ。


「んじゃ俺な」と恭弥が場のカードを流す。「ジャックリで」

 なぜそこでジャックリを選択する。僕は先程手持ち最強のカードはキングだと言っただろう! 心の中で。非革命状態にされてしまうとカードが出せないんだから困るんですよ。


 次々と場に出されていくカード。しかして僕は手札からカードを出す代わりに口からパスという言葉を出すしかなかった。


 その後も革命状態であれば強いはずの手札なのに、なぜかタイミング悪く圭介が8切りや3等を頻発させるせいで僕はずっとパス宣言をするしかなかった。


 そして気が付けば他の面々は順当に上がっていき、秀一と僕の一騎打ちになっていた。チョビを持って一位上がり出来なかったせいで僕は大貧民が確定し、一回目という事で貧民が確定している秀一との対戦は不毛そのものだった。何をどうやっても順位は変わらないのだ。おまけに何故か僕の手札は五枚なのにも関わらず、秀一の手札は二枚だった。


 残念ながら、というか喜ぶべき事に勝負はあっけなく決まった。秀一が最後まで温存していた3を出して終了したのだ。


 結果的に、東條が三ポイント、勘九郎君が二ポイント、秀一がマイナス一ポイント、僕がマイナス四ポイント、それ以外が一ポイントという散々なスタートを切ってしまった。ここから這い上がるには女神チョビの力を借りて大富豪を連続して取るしかない。

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