おねだりしてもいいよね?




「やだやだやだぁ! おうちかえるぅ!」

「こら暴れないの!」


 わたしは激しく抵抗しているのだが、お義母さんに無理やり抱き上げられて車から降ろされる。

 もうやだの! ここきらい! もういたいのやだもん!


「子供は予防接種を二回受けないと効果がないの。すぐ終わるから我慢して」

「子供じゃないから受けなくていいもん!」

「五歳児は子供なの。ほら、あとでおやつ買ってあげるから」


 なんで二回も受けないといけないの! 大人は一回で良いくせにこんなのおかしい! それに、この前だっておやつ買ってあげるって言ってたのに買ってくれなかったじゃん!


「わたしはもう騙されないんだから!」

「この前は忘れてただけだから、ね? 今回はちゃんと買ってあげるから」

「むぅ……」

「いい子ね。よしよし」


 今日は注射をしなくてもいいっていう僅かな可能性に全てを託す!



 ◆



「やだやだやだぁ! 痛いのイヤぁ!」

「大丈夫だよファムちゃん。痛くないよー」


 順番が呼ばれてお医者さんの元まで連れて来られたわたしは、看護師さんに暴れないように押さえつけられる。

 何度も何度も激しく抵抗していることから、看護師さんにもすっかり覚えられたみたい。お医者さんのおじさんも暴れるわたしにいつ針を刺すか、様子を窺っている。

 お、お前ごとき隙を与えるものか!


「院長!」


 看護師さんに腕を掴まれ、身体をお義母さんに掴まれた。

 あっ、しまった!


「~~~~~~~~~~~っ!!!?」


 針を刺されて妙な液体を体内に入れられると同時に耐え難い痛みがわたしを襲った。

 痛い! 痛いよぉ!


「はい、よくがんばったね」


 針が刺された場所に可愛らしいキャラクターが印刷されている絆創膏を貼られた。

 終わった……?

 ちょっと、疲れちゃった……眠い……


「ファムちゃん、眠そうですね」

「注射の時も寝てて欲しいんですけどね」


 看護師さんとお義母さんのやりとりがうっすらと聞こえてくるけど、目蓋は徐々に重たくなっていき、わたしは意識を深い闇の底へと落とした。




「……んぃ?」


 わたしが目を覚ますと車で運ばれていた。


「どこ行くの?」

「デパートよ。ファムのお菓子を買うついでにいくつか買っておこうと思ってね」


 なにを買うんだろう?

 首を傾げながらもわたしは考えることをやめて何のお菓子を買ってもらうことを考えることにした。


「ドーナツがたべたい!」

「じゃあ先に食べましょうか」

「やったー!」


 一口サイズの丸いドーナツが八個ぐらい入ったセットがおいしくてわたしのお気に入り。それにメロンソーダを足してあげればパーフェクト!


「ファムは欲しいものとかないの?」

「なんで?」

「ほら、もうすぐファムの誕生日でしょ?」

「誕生日って何かするの?」

「え?」


 お義母さんが驚いたような顔をしてわたしのことを見てきた。

 え? わたし、何か変なこと言った?

 わたしの誕生日といえば、新しい年が始まる日で、使用人も王家の人間もみんな家でダラダラと生活する休日の日だ。誰も働かないから食事はない。わたしが最も生命の危機を感じる日でもある。

 そんな日に欲しいものがどうとかって関係あるの?


「ファム。誕生日っていうのは一年に一度、大切な人が成長していることを確認する日なの。だから、誕生日にはその人が成長した証として贈り物をするのよ」

「へー……」


 変わった文化を持ってるんだね。でも一年に一度、大切な人の成長を確認する日か……


「わたしって大切なの?」

「もちろんよ。ファムだって立派な私たちの家族なんだから、とても大切よ」

「そっか。ありがとう……」


 不意に涙が零れてしまった。今までそんなことを言ってくれたのは、わたしのお父さんとお母さんだけだった。王宮の人たちは何も思わずにただゴミのようにわたしを扱ってた。

 だからその懐かしさが、温かさが、嬉しくて堪らなかった。


「ファム、あのね。今すぐとは言わないから、昔のこと話してくれると嬉しいな。そしたらきっと、ファムの助けにもなると思うから」


 ちがう。わたしは助けを求めてるんじゃない――――


「ファムが辛い思いをしないようにしてあげられるから、ね?」


 ちがう。わたしはこわいんだ……。

 せっかく与えられた居場所。わたしが神子であることを言って、みんなと……家族と離ればなれになることが、こわいの――――


「いつでも良いし、話すのが嫌なら話さなくてもいいから、ね?」

「うん……」


 お義母さんは片手でわたしの頭を撫でてくれた。


 それからデパートにたどり着くと、わたしとお義母さんはまずドーナツ屋さんに向かった。


「どれがいいの?」

「コレ!」


 さっき言ってた1つの箱に一口サイズのドーナツが八個ぐらい入ったセット! これしかない!


「けっぷ」

「残りは夕食後にしようね」


 ドーナツ 半分食べたら 満腹です。

 ファム、心の俳句。


 今さらだけど、この俳句って何となく良いよね。語呂が良いから読みやすいし、簡潔で伝えやすい。超便利。これでわたしのことをお義母さんたちに伝えられないかな?


 わたし神子 王宮生活 辛かった。


 う~ん。伝わらなくはないんだろうけど、言葉が足らないような気がする……というかわたしの人生がこんな五七五に纏められてしまって良いものなのだろうか?


「じゃあ行こうか」

「どこに?」

「ファムの勉強道具よ」


 勉強道具? 鉛筆ならもうあるよ?


「来年から通う小学校で使うのよ。ノートとか筆箱も買わないといけないからね」


 ふでばこ?

 わたしはお義母さんに連れられて筆記用具売場までやってきた。


「ノートはこれね」


 お義母さんはお花の写真が大きく貼ってあるノートを三冊手にとると、鉛筆とか消しゴムのある場所に向かった。


「これ、匂いのする消しゴムなのよ。ファムはこういうのが似合うんじゃない?」


 お義母さんにそう言われて匂いを嗅いでみると、甘い香りが漂ってきた。

 確かに良い匂いがするけど、なんかもったいないような気がする。


「普通の消しゴムで……」


 普通の消しゴムで良いや、と言おうとした瞬間にわたしの視界には猫さんのぬいぐるみっぽいのが目に入った。


「なにあれ欲しい!」


 初めてお義母さんにおねだりした。

 お義母さんは喜んで猫さんのぬいぐるみを買ってあげると言ってくれた。


「これがふでばこ?」

「そうよ。この背中から鉛筆とかを入れるの」


 猫さんの背中にはファスナーがついていて、中にはある程度の物が収納できるようになっていた。

 ……猫さんの背中がえぐれた。中身に真っ赤な布が使われてて、そこもまたリアルな感じでグロかった。

 まっ、かわいいからいっか!


「消しゴムは普通のでいいや。匂いが移っちゃうとやだし」

「そっか。じゃあお会計に行きましょうか」

「うん!」


 注射があって最悪な日だって思ってたけど、そうでもなかったみたい。


「猫さんモフモフ……」

「初めてのおねだりが猫ってファムらしいわね」

「えへへ、そうかな?」


 今日はとても良かった日になったと思う。

 またおねだりしてもいいかな?




 「もう二度と注射したくない」っていうおねだりを――――――







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