養女になりました!


 朗報です。鏡の中には可愛らしいぷにぷに幼女がおりました。

 しかもこの幼女、不思議なことに幼い頃のわたしにそっくりです。試しに身体を動かしてみると幼女も同じように身体を動かしました。

 年齢的には五歳ぐらいだと思われる。わたしが王宮に連れ去られたぐらいの歳だ。

 …………夢、じゃないよね?


「どうしたの? 何か気になることでもある?」

「ううん、大丈夫」


 わたしが頬を引っ張っていると、青年の母親に不審がられた。わたしが咄嗟に返事を返すと母親は気にすることもなく、わたしの手を引いて歩き始めた。

 母親は近くにある扉に手を掛けてその扉を開いた。


「こっちよ」


 扉を潜ると、そこには七匹の猫がお皿に入っている茶色くて四角いモノを食べていたが、わたしを見るなりすぐに群がってきた。

 どうやら神子としての力は無くなってないみたい。

 ちょっ、前が見えない。けど、肉球やわらけぇ……


「コイツらが懐くなんて珍しいな」

「そうね。私たちなんて抱き抱えれば怯えて動かなくなる程度なのに」


 あっ、ちょっ、重い。潰れ――――

 肉球やわらかいからいっか。動物の肉球で死ねるなら本望だ……


「あ~れ~」

「ホント、不思議な子ねー」

「いや、助けろよ。埋もれてるじゃねーか」


 猫ちゃんたちに潰れて逝くぅー………

 そんなことをしていたら猫さんたちが退かされ、無事に救出された。


「大丈夫か?」

「う、うん」


 青年に抱き上げられると、わたしはそのまま椅子に座らされた。

 この椅子もやわらかい……

 見たところ普通の飲食店のように見えるけど、椅子やテーブル、テーブルの上に並べられている食器などを見てみればどれもしっかりしていて、とても高価な素材を使っていることがわかる。

 高級レストラン……には見えないけど、それなりに繁盛してるお店なのかな?


「遠慮しなくていいからね」


 母親からの優しい言葉を授かるとスプーンと、具材を熱で焼いてドロドロに溶かした黄色くて栄養価の高そうな食べ物を渡された。


「今度ウチで出そうと思っててな。是非とも感想を聞かせてほしい」


 青年の父親らしき人物に勧められた。試食のようなものみたい。

 し、試食なら仕方ないよね……?

 貧しい食事しか与えて貰えず、たまに食事を抜かされるようなわたしにとって試食は生命線だった。平民たちからは「王宮でたくさん食べてるだろうに」とか小言を言われたけど、そんな小言に構っていられる程の余裕はなかった。

 おっと、早く食べないと折角の温かい食事が冷めてしまう。


 試しにスプーンを食べ物の中にツッコんで持ち上げると表面にあった黄色い具材がみょーん、って伸びた。

 な、なにこれ、本当に食べて大丈夫なの?


 わたしはチラリと視線を上げて父親の様子を窺うとニヤニヤとした気持ち悪い笑みでわたしのことをジッと見ている。

 色んな意味で食べにくい…………


「そんな気持ち悪い顔で見てたら食べにくいでしょ!」

「いやだって、気になるだろ」

「あとで私が聞いておくからさっさと食べなさいッ!」


 父親は母親に頭を叩かれて怒られていた。その隙にわたしはこのびよーんって伸びた食べ物を口へと運ぶ。


「あちっ!?」


 思わずスプーンを手放してしまい、床に落としてしまった。すると、母親が席を立ってわたしに近寄ってきた。

 ……怒られる!

 わたしは両手で頭を抑え、小さく丸まる。


「熱かったのね。ちょっと待ってて、新しいの持ってくるから」


 わたしに投げ掛けられたのは怒りではなく、優しさだった。母親はわたしの頭をぽんっ、と撫でると新しいスプーンを持ってきてくれた。


「またこぼすといけないから、食べさせてあげるね」


 食べ物をスプーンで掬うとふぅーふぅー、っと息を吹きかけて熱を冷ますとわたしの口へと運んだ。

 ちょっと熱いけど、とても美味しい!


「~~~~~~ッ!!!」

「グラタン、気に入ったみたいね」


 どうやらこの食べ物はグラタンというらしい。これほど美味しくて味のするものを食べたのは初めてだ! 早く次をくれッ!

 わたしは強く頷いて次を求めると、母親は拒むこともなくどんどんわたしに与えてくれた。

 そして、気がついた頃には幸福でお腹がいっぱいになって、そのまま眠りについてしまった。



 ◆



「美味しかったって言ってたわよ」

「……ずいぶん残ってないか?」


 ファムが食べた皿の残りを見て、この店の一人息子の結城颯斗ゆうきはやとは言うと、母親の裕美子ゆみこは首を横に振った。


「あの娘、スプーンを落とした時にスゴく怯えてたの。普通の子供はあんな反応しない。あまり食べさせて貰ってないのかもね」

「そうか……」


 颯斗はソファーの上で何かから身を守るように丸まって眠るファムを見る。


「それで、どうするんだよ。両親の元に帰すのか?」

「長年この街で暮らしてきたけど、私は『ブライド』なんて姓を持つ家は知らないわ。とりあえず警察に連れてって身元を確認して貰いましょう。アナタ、車出して!」


 裕美子は颯斗の父親である俊也しゅんやに車を出すように言って、ファムを抱き上げた。

 颯斗たちは車で警察まで向かった。


「えっ? 戸籍がない?」

「はい、ブライドという姓の家系が近辺にはありませんね。この街は観光地も無ければ宿1つないですから、観光客という可能性もないでしょう。色々面倒なので、孤児として新しく戸籍を用意しましょう」


 颯斗たちは公務員がこんなので良いのかと思ったが、楽に済ませられるならそれに越したことはないと思い、ファムの戸籍を作ることにした。


「では、これより棄児発見調書を作成します」


 まるでオペでも開始するかのように手袋を嵌めた公務員を見て、颯斗たちはどうすれば良いのかわからなかった。

 そのとき、裕美子は感じた。自分の手がやけに生暖かいことに。


「ちょっ!?」


 昼間に颯斗が見つけて以来、一度もトイレに行っていない。子供ならば仕方のない生理現象だった。



 ◆



 …………なんか、おしっこする夢を見た。たぶん漏らしたと思う。パンツがごわごわするモノに変わってたから間違えない。

 まあ、幼女だから仕方ないよね! もう済んでしまったことを気にしてもしょうがないし、気にしないようにしよう! うん!


「おはよう、ファム」


 母親がわたしのことを名前で呼んで挨拶してきた。


「おはようございます……」


 わたしは目を軽く擦り、あくびをしたあとに挨拶を返した。

 ……昨日の、夢じゃなかったんだ。

 すると、扉が開いて父親と青年が部屋に入ってきた。


「今日から私がファムのママよ」


 ぞろぞろと部屋に入ってきた男たちを見て過保護過ぎじゃないかと思っていたときに母親がとんでもない爆弾を落としてきた。


「あっちのおっさん臭いのがパパで、こっちはファムのお兄ちゃんよ」

「え? えっ?」


 母親に頭を撫でられながら説明されるが、現実に脳の処理が追い付かず、しばらく混乱していた。

 どうやらわたし、養女になったみたいです。


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