第26話 誰かの為の瞳

「お前、本当にあのティール王子か?」

「今更違うとでも?」

「思いたいぐらいだな」


 私は自分の口を隠す。


「お前は、あのクソ野郎がこの世界に来ていると言いたげだな。確信があるのか?」

「ローラ。君の口調はひどく乱暴になる時があるね。普段と何か違いがあるのかい?」

「私の口調なんてどうでもいいだろ?」

「僕は知りたいんだ。君の事をなんでも」

「……はっ。吐き気がする。気持ちが悪い」


 知ってなんになる?

 今更。

 悪魔の様に今更だ。

 だが、こいつは交渉の仕方を心得ている。

 知りたい。そう、王子は言った。

 私も、知りたい事がある。

 つまり、我々二人は同じ土俵の上にいる。

 明らかに、私対する評価とアプローチを変えてきた。

 こいつ、分かってやってるのか?

 だとしたら、随分と悪趣味だ。

 

「随分だな」

「心底気持ちが悪い。私は、お前に拒絶され続けてきた。根も葉もないことをなすりつけられ、お前に軽蔑されて生きてきた。私の顔を見るなり、敵意を向けて。大それた悪役さながらに、お前のくだらんクソみたいな正義とやらの太刀を浴びせられ続けてきた。そんな奴が私の事を知りたい? 気持ち悪い以外の感想など持ち合わせるわけがないだろうが。次は何を企んで私を罰する気だ? 笑い物にする気か? 吐き気がする」

「その事は僕が悪いと思ってる。君の気が済むまで、僕の事を罵倒しても構わないし、信じてくれなくてもいい」

「はぁ? 信じてくれなくてもいいだ? 罵倒しろと? 信じてくれるまで待つと言うのか? 反吐が出るぐらい馬鹿らしい呑気な提案だな」


 この王子のアプローチは最悪だ。

 出来れば、ギリギリまで乗る事を避けたい。

 当たり前だろ。

 こいつは、間違いなく今までの自分の悪事を流そうとしているのだ。

 何度も言うが、私は王子を憎んでいたわけではない。

 確かに、気持ち悪いとは心底思うが、復讐やら何やらの負の感情をぶつけたいとは一度も思った事はない。

 勿論、傷つけられたのは真実だし、何でもかんでも許すつもりかと言われれば、それはノーだ。

 だが、それが復讐心とイコールになることは無い。

 しかし、今この時だけはそれだと話が随分と違って来る。

 憎んでないのならば、今までの蟠りを流してやれば良いじゃないか。そう思う人間も多いかもしれない。

 それはそうだ。相手も謝るし、私も許せない事ばかりではない。しかも、今回は此方側に付くと来ている。

 手を取り合い、認め合い、許し合う。

 実に美しく簡略した関係を健全に築ける切っ掛けだろう。

 しかし、それでは此方が馬鹿を見るのは明白だ。

 奴の要求は、低い。

 本当に取るに足りない、些細な事だ。

 私の口調が変わる。何故か。

 ある程度の予想もつけれる程度の質問だとは思わないか?

 それに引き換え、私の質問はあのクソ野郎の転生具合を聞きたい。これは我々生還への鍵の一つとる可能性まである。

 さてさて、この取引。

 本当に平等か?

 答えは、簡単。私が払い過ぎてしまう可能性がある。

 私の方が負担が大きいのだ。

 何故か。

 それは質問が小さ過ぎるための弊害だ。

 王子の私への質問は、恐らくスタートの為の小石なんだろう。

 例えばだ。

 何で口調が違うの?

 怒っているからよ!

 何で怒っているの?

 お前がクソだからよ!

 何で僕がクソだと思うの?

 私を虐めてきたくせに、生意気な口聞いてるからよ!

 何処ら辺がいじめたと思っているの?

 と、質問が小さければ小さい程自然に次の質問へ移行できるわけだ。

 つまり、私がする質問へのゴールは目の前に用意してあると言うのに。王子が私へする質問のゴールは遥か先の山の頂上と言ったところだ。

 此奴は、素直で善良、一般的な意味だが、善良の分類に入る男である事は間違いない。

 しかし、質問に於ける要求の重ね方には若干その傾向が目立つ。

 しかも、だ。こいつ、自分の都合が悪い事は受け流しやがる。

 どうする事も出来ない事だと高を括ると言うのか、後々善処するので其方で落とし所を決めろと言うのか。

 それが誠意か何かは知らないが、それは先程の対応を見ても明らかだ。

 私としては、前時代の謝礼のつもりで情報が欲しい。

 此方も事情がある。

 欲しいものがあるのならば、簡単に交渉にありつけると思われたくない。


「信用も何も、信用するに事足りる誠意を見せてくれなければ何も変わらないとは思わないのか?」

「勿論。これから築ければ良いと思うよ」

「此れからの話ならば、今ここでだ。まずはお前の誠意からだよ」

「では逆に聞くけども、信用していない人間の情報を、君はどうするつもりだい?」


 この野郎。

 自分がどう他人に認識されているか絶対的な自信がありやがる。

 確かに、私は王子を嫌いっているが、王子の情報の信頼性についてはある程度の信頼を置いている。

 馬鹿正直に正義を愛してる男だ。

 そこだけは前時代の実績もある。

 こいつはそれを分かって発言しているのだ。

 まったくもって意地が悪い。


「……はぁ? お前の情報の信頼性の選別は此方がするんだよ。お前が気にする事じゃないだろ」

「そんな手間を君にかけさせるのはいけない事だ。それはこちらの非なのだから」


 こいつ、綺麗な顔して主導権は絶対離す気ないんだろ?

 意外にサドっ気があるんだな。

 はっ。心底気持ち悪い。


「分かった。もういい。この話は終わろう。私はお前に私の情報を渡す気はないんでな」


 どうせ此方である程度調べる為に動かなきゃならなくなる。初期コストを浮かせる為に情報を聞き出したい所だが、ここまで来ると初期コスト以上にこちらの手札が切れるのが早いだろう。

 ここらで手を引くのが一番賢いのは間違いなさそうだ。


「意地悪かな?」

「何度も言うが、私はお前と馴れ合うつもりは無い。協力は頼むがそれはこの世界からお互いが助かる為にだ。お前が私に向ける好意も、目的も私に取ってはどうでもいいし、絶対に受け取らない。私には、ランティスしか愛さないし、私はランティスしか必要ない。私は、ランティスを愛している。そこにお前の付け入る隙はない」


 嘘じゃない。

 私は、私自身は、ランティスを愛している。

 でも、これ以上の不要な取引の牽制の為に出した言葉に、虚しさを覚えないわけじゃない。


「……それはどうかな?」

「は?」

「君とランティスの間に何があったかは知らないけど、あの子は本当に君を愛しているのかな?」

「お前、何を……」

「そして、君を愛していないランティスを、君は愛する事が出来るのかな?」

「……戯言をっ」


 チクリと胸が痛む。

 その痛みを掻き消すように、腹を立てる真似をする。

 分かっている。分かっているんだ。

 それぐらい。

 私がどんな覚悟を決めた所で、心は簡単に裏切る事を。

 好きならいい。

 愛しているなら良い。

 私だけでもいい。

 まるで少女漫画のような常套句が、何の慰めにもならない事を私はよく知っている。


「君は、以外と普通の女の子なのかもしれない」

「……どう言う意味だ?」

「そのままだよ。だからこそ、何にでもなりたいし、何にでもなれると勘違いしているんだ」


 見透かすような青色の瞳。

 私がもがき溺れる姿を写すような瞳。

 少しだけ、海の底の様な怖さを覚える。

 

「言いたい事があるなら、はっきり言え」

「そうだね」


 王子は私の前に立つと徐に私を抱きしめた。


「僕なら君の望む君にしてあげれるよ」


 なんと甘美な言葉だろうか。


「僕が、君を完璧なローラ・マルティスにしてあげる」


 なんとどれだけ欲した言葉だろうか。

 心の奥底に仕舞い込んだ己の欲望が顔を上げる。

 建前ではない。

 聞こえのいい言葉じゃない。

 本当に、本当の。

 私が必死に隠した願望を。

 ローラじゃない、私を愛してくれる。本当に望むのはそれじゃない。

 私は、ローラ・マルティスになりたいんだ。




「もう戻ってこないつもりか?」


 フィンは腕を組みながら屋上から部屋を見下ろしていた。

 ギヌスと別れてから早二時間ほど。しかし、部屋の様子は変わらずだ。


「……あー。クソっ」


 あの時のギヌスの言葉が頭からこびりついて離れない。

 腹が立つ。

 二度と顔なんて見たくない。


「何で今もまだ、あいつにフリ回らなきゃいけないんだよ……っ」


 もう、それは前世で十分過ぎるほど体験しただろうに。


「……戻る、か」


 何時迄もここに居るわけには行かない。

 ローラにはある程度の話を作って報告するしかないだろう。

 多少の事後報告による修正は頭に入れて、今日は動きがなかった、アスランの突入は止められた。それに時間をかけ過ぎてしまった。

 それぐらいの道筋があれば十分だろうか。

 嘘をつくことに罪悪感はある。

 しかし、こればかりは仕方がない。明日になれば嫌でもギヌスから話を聞くのだ。今日の時点では妥協しかないだろう。


「二回目の人生なのに、上手く行かないな……」


 フィンが頭を掻きながら、屋上の扉に進もうとした瞬間だ。


「っ!?」


 突如、フィンの周りを炎が囲む。

 火事!?

 いや、よく見れば自分の周りしか火の手は上がっていない。

 明らかに不自然。

 として、どうしようもなく唐突に。


「まさか、これが……」

「そうだ、魔法だ」


 自分が答えを発する前に、違う声が答えを提示する。


「……お前」

「剣は抜かないのか?」


 フィンはすぐさま窓を確認するが、幾分前と違わずに、甲冑の騎士達は作戦会議をしている様を映し出している。

 しかし、振り返ればおかしな事が起きているのだ。

 甲冑の、青色の騎士が目の前に立っているのだ。

 部屋の中で作戦会議をしているはずの、騎士が。


「魔法とは、随分と便利だな」


 思わず、嫌味が漏れる。


「剣は抜かないのか?」

「何だよ。抜いて欲しいのか? 私と力比べでもしようってんなら、お前も抜けよ」


 炎も、あの窓に映る景色も、全て魔法。

 魔法の範囲が広い。

 ローラが警戒していた意味がよくわかる。魔法の範囲が分からないならば、範囲が広いだけこちらに対策を打ち出す時間が必要なのだ。


「相変わらず、貴様は可愛げというものがないな」

「クソ相手にいらねぇーだろ。私の全てはローラ様の為にある。馴れ馴れしく話しかけんな。お前は今敵だろ?」

「何を思って? 貴様達の敵だと思うんだ?」

「全てだ。奇しくも、志が同じお前が私達の前に顔を出さない時点で、敵だろ? なあ?」


 フィンの言葉に、青色の甲冑から笑い声が漏れる。


「あの時の姿になっていると思えば、中身は現世のクソガキのままだな」

「おっさんと比べたら、誰でもそうだよ」


 軽口を叩いているが、周りは火の海だ。

 これ程焼けているというのに、下の階には影響がないのだろうか?

 そもそも、問題はそこではない。


「私に剣を抜かせたいなら、お前から攻撃してこいよ。クソみたいな剣術を腹から笑って両手首切り押してやろうか?」


 剣を抜かないかと問いかけるぐらいなのに、向こうからフィンを攻める気配がまるでない。

 この炎もだ。

 確かに、フィンを囲んで燃え盛る炎は囲むだけで彼女を飲み込もうとは決してしない。


「少しは怖気付いておとなしくなるかと思ったんだけどな?」

「火遊びごっこにか? 冗談だろ?」


 何故、攻撃をしてこない? また、ギヌスは一体何処へ行ったんだ?

 何故、こいつは私の目の前に姿を現した?

 瞬時に様々なフィンの頭に疑問が浮かび消えていく。


「殺すつもりなく、生温いことばっかりしやがって。脅したいなら本気でやれよ。いつの時代もお前は私の敵じゃねぇ」


 フィンが中指を立てて舌を出す。

 どう出るのが正解かは知らないが、魔法と言うものの威力はどれぐらいか。何が目的か。そして、此奴にどれほどの記憶があるのか。

 疑問よりも知りたい情報の方が多過ぎる。


「ははは。貴様本当にクソガキだな。大人を舐めるなよ?」

「元二つ年上の奴が偉そうに大人ぶっんじゃねぇよ。私の上にはローラ様しか立たない。お前の席は私の下だろ?」


 剣を抜くタイミングを図らねば。

 魔法と言うものが分からぬ今、一つのミスでゲームオーバーになり得る。

 しかし、こいつが私に仕掛けてこないところを見ると、こいつ自身に決定打がない証拠だ。

 今なら、何もない今なら、勝てる。

 そう思っていたのに。


「おい、おい。子供に優しくするのは大人の義務だと分かりやすく力関係を示してやっていたのに、未だ最強の剣士気取りか?」


 音もなく、青の甲冑がフィンの後ろに立つ。


「っ!?」


 いつの間に?

 いや、これも魔法?


「貴様は何度人生を送っても馬鹿だな?」


 顔を大きな手で捕まえる。


「フィン」

「……」

「剣を抜けと忠告したろ? 何故か教えてやろうか?」

「……っ」

「剣を抜いても貴様は俺に勝てん事を教えてやるためさ」


 甲冑の隙間から顔が見える。

 そこには紛れもない。

 あの時の、顔がある。


「はははっ! おいおい、メガネはどうした? イメチェンかよ、タクト。似合ってねぇな!」


 吐き捨てる様に、フィンが言った。


「貴様よりはマシだろ? フィン」


 甲冑の手がフィンの眼帯に手を伸ばす。

 確かに、確かに。

 あの時代のタクトが、この甲冑の中にいたのだ。





次回更新は20日(水)の22時ごろとなります。お楽しみに〜!

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