第24話 誰かの為の強さ

「何だ、来たのか?」


 屋上にいるギヌスが顔を上げずに後ろに立った人物に問いかける。


「アスランの名前を出したのが間違いだった様だ。加勢に行けと言われてしまった」


 フィンはため息を吐くと、罰が悪そうに口を窄めた。


「あはは。当てが外れたな」

「煩い。で、そちらはどうなんだ?」

「んー。特に動きなし。狭い部屋に、騎士二人とひょろい男三人押し込まれるって地獄絵図」

「部屋に三人、か。そこには青い騎士もいるのか?」

「いるけど?」

「……」


 フィンはギヌスに言葉を返さずに一人眼帯を外してメニューを起動し始めた。

 確認するのはマップである。


「二階の渡り廊下……」

「あ?」

「いや。こっちの話だ。特に動いてないのか?」

「三人仲良く何かの資料を見て作戦を立ててるっぽいぞ」

「作戦、ねぇ……。で、お前の仕事はこんな所でのんびり見物か?」

「まさか。夜になる迄待ってんだよ。屋根裏に忍び込むにも夜の方が何かと都合がいいだろ? こんな基本も知らないのか?」

「興味ない。寧ろ、お前が今そこに乗り込んであいつらの強さを計りながら倒された方が私には都合がいいんだよ」

「鉄砲玉かよ」

「それぐらの価値はあると過大評価してやってるけど、違ったか?」


 元婚約者同士の会話とは到底思えないこの会話。


「可愛げないな」

「ああ。どうやら母親の腹の中にでも忘れてきた様だ。それよりも、あの資料がどんなものか分からないか?」

「そう思うならそれが出来る道具を貸してくれよ」

「アスランには?」

「持ってないって」

「じゃあ、無理だな。私にもない。お前が今忍び込めば見えるぞ?」

「お前がしろよ。俺はあの中身は興味ねぇし」

「なんなら興味あるんだよ」

「そりゃ……、ね?」

「は? 何だよ。気持ち悪い」

「男の子なもので。俺は、お前と違って殺し合いって、滅茶苦茶好きだったんだよ」

「はぁ?」


 突然何を言い出す?


「だからさ、強い敵と真剣勝負っての最高に好きなの。だからこそ、最後にお前と戦えたのはある意味俺の本望だったわけ。あの世界で、俺に敵いそうな奴はお前しかいなかったから」

「でも、力で押し負けた」


 女。

 こんな所で性別での不利が出てくる。熟性別とは忌まわしいものだと、フィンは苦虫を噛み潰したような顔でギヌスを見た。


「ぷはっ。何その顔。不細工過ぎだろ」

「煩い」

「お前は分かっちゃいないんだよ。勝負ってのは、力だけでもスピードだけでも、技だけでも、ダメだ。どれが一つなんてクソ程詰まらん。勝負ってのは、全部を賭ける。自分に持てる力量全てを出し切り、それを頭の中で完璧に制御して考えて考えて考え抜いて生き抜くから最高に楽しいんだ」

「快楽殺人か?」

「別に、人を殺すだけなんて楽しくねぇし、興味ないわけ。殺すのが好きなら、そこらへんの生徒を今頃殺しまくってるって。俺が好きなのは、強い奴を殺す事。俺が勝てるか勝てないか微妙なラインを少しずつ積み上げてるのが好きなんだよ。俺が強いって、他のやつとは違うって、証明できるから」

「ふーん。気持ち悪いな、お前」

「人の好みに他人の気持ち悪さなんて関係ないだろ? だから、この世界でお前を見かけた時は血肉が踊ったね。また、あの戦いが出来ると思った」

「……」


 フィンは無言でギヌスの服を掴み上げる。

 言いたい事は、十分分かる。


「期待外れで悪かったなっ」


 もう、あの時の強さはどこにも無い。精々、一般人よりは強い。それだけの女子高生がギヌスの前にいる。


「キレられても。それぐらいなら、あの頃の強さを取り戻してから言ってくれよ」

「っ!」

「無理だって顔してんじゃねぇ。すげぇ、ムカつく。何の努力もしない弱いやつ、嫌いなんだよ。まあ、別にいいけどね。今は違う獲物がいるし」

「……それがあの騎士だと?」


 フィンは鼻で笑いながらギヌスの喉元から手を離す。


「そ。そう思って、首をつくっこんだんだけどね。どうやらまた当てが外れたみたいだ。あの二人、騎士じゃ無いな?」

「……ま、甲冑来てても分かるよな」

「歩き方から言ってな。しかも、一人は剣術の経験すら浅そうだ。これで魔法がしょぼかったら、俺何も楽しくなくない?」

「あはは。それは最高だな。気持ち悪いほど可愛そうだ」


 フィンも知っている。

 あの二人は、騎士では無い。騎士と呼ぶには到底値しない程の弱さしか無いことを。

 だからこそ、あの二人が魔法騎士を名乗っているのが随分と引っ掛かるのだ。

 赤い騎士の方はどうだか知らないが、青い騎士は自分の弱さを理解している。その上で騎士を名乗るメリットとデメリットも知っているはずだ。

 なのに、彼は騎士を名乗っている。

 これは、デメリットよりもメリットの方がでかいと言うことでは無いか?

 それが違うと言うのならば……。


「だが魔法と言うものが、普通の騎士よりも強い要素として、絶対的である可能性も捨てきれないだろ?」

 

 そうだ。

 騎士の名を魔法が守れると言う、絶対的な信頼がある。

 それならば、いくら彼でも名乗る事を許すだろうに。


「勿論。さて、ここで問題だ。魔法騎士って、何だと思う?」

「は? 魔法が使える騎士だろ?」

「フィンはゲームも漫画も読まないの?」

「余り。興味がないね」

「ちっさ」

「はぁ?」


 鼻で笑うギヌスをフィンは睨みつける。


「そこが、お前の弱さだよね。成長が出来ない所以だよ」

「喧嘩の売り方しか脳がないお前に言われたくない」

「でも、俺はお前より強い」

「それが、ゲームや漫画のお陰だと?」

「勿論」


 とんだ戯言だ。

 馬鹿馬鹿しい。


「主人公気取りは様は考え方が違うな」

「主人公気取りだからこそ、わかるんだよ。お前には、発想が足りない。いいか? イマジナリーは大切なんだよ。強さに直結する。想像力が欠如されれば、強い自分の発想がない。発想がなければ、現実化なんて無理だ。しかし、自分だけの発想なんてだかが知れている。じゃあ、どうするか? 他人の発想を奪うんだ。取り入れるんだ。糧にするんだ。空想やら架空やらと馬鹿にしたいのならば、すればいい。だが、その空想と架空が、自分の新しい強さを作る。作れん奴は、精々現実止まり。そう、お前のことだよ、フィン」

「……はぁ!? 最高の自分は自分の中に常にある! あの頃の私は最高に強かった! 最強と謳われたお前を倒した私は、お前よりもっ!」

「本当に? あれが最高? ちっせぇな! そんなもん、刻一刻と変わっていくんだよ! 俺は前の俺よりも強い! お前が最強だと思っていたお前の想像を遥かに凌駕する程強い! 俺には知識と想像力がある! お前みたいに過去に縋って過去を追いかけて、過去より強くなれるつもりが無い奴より、常に先を見据えて強くなる事だけを求めた俺と張りあえると思ってるお前が一番想像力が足りないだろ!」


 ギヌスは、フィンの襟元を掴む。


「死闘なら、誰にも負けない。この世界の奴にも、現実の奴にも。俺は、俺の為に強くなることを諦めない。過去のお前を追うのなら、その強さだけじゃなくて、あの頃の純粋に主人の為に命迄も尽くしたお前の強さのあり方を思い出せよ」

「……」

「もし、あの騎士達が俺より弱かったら、お前が相手をしてくれないと楽しくないだろ? 頼むぞ、フィン。せめて昔の俺ぐらいには強くなってくれよ。あと、あの質問は宿題な。精々、よく考えろよ」


 ギヌスはそれだけ言うと、屋上から降りていく。


「……糞野郎がっ!」


 誰もいない屋上で、フィンが叫ぶ。

 相手はギヌスではない。

 弱い自分にだ。

 情けない、悔しい、恥ずかしい、惨め。今の自分を表す言葉ばかりが頭を駆け巡る。


「……クソっ」


 強くなりたい。

 強くなりたいのに。

 強くなりたいだけなのに。

 あの過去に戻りたいだけなのに。


「……クソ……っ」


 何故、過去はいつも足早に過ぎ去って行くのだろうか。




 矢張り、か。

 私は一通り教室を見て回ると、自室の扉を潜った。


「お姉様……」

「ご機嫌いかが? セーラ」


 私が扉を潜ると、ベッドの上に座るセーラが顔を上げる。

 プログラム相手におかしな話だが、少しだけ顔色が戻ってきたように思う。


「はい……。矢張り良くは、なりませんね」

「無理はダメよ。貴女が潰れてしまっては元の子もないから」

「ありがどうございます。でも、どれだけ考えても、どうしても答えが分からずに立ち止まってしまって……」

「何も考えずに休みなさいと言ったでしょ? お姉様の言う事が聞けない悪い妹ね」


 私は労る様にセーラの背中を優しく撫ぜる。


「お姉様……。お姉様は、あの時代を今も覚えていますか?」

「あの時代の……、過去の、私がローラだった頃の話かしら? ええ。とても覚えてる。忘れられるわけがないわ」


 短い命だった。

 駆け足で過ぎ去った、人生だった。

 忘れられるほど長くもなければ、無かった事に出来るほどの儚さもない。


「それがどうしたの?」

「あの時、お姉様はどして世界を救おうとしたの?」

「別に世界を救った覚えはないわよ」


 随分とおかしな事を言う。

 私が救ったのは、可愛らしい花が一つだけ。


「お姉様、どうして、進めたの?」

「それは……」


 どうして、歩みを止めなかったのか。

 いつ、止めてもおかしく無かった。

 止まりたい時なんて、数える事さえ億劫なぐらい、蹲り怯え泣き叫びたい時だってあった。

 でも、私は歩みを止めなかった。


「そうね……。好きな人達がいたから、かな?」


 顔の事で笑われて、悪い噂を立てられて、誰もいない道を、また歩むのかと思った時には、両親がいた。

 優しくて、愛をくれた、ローラの両親がいてくれた。

 ひとりぼっちでどうしようもない闇を歩まなければならない時、手を取ってくれたのはランティスだった。

 私が蹲り、泣き出しそうな時に抱きしめてくれたのはリュウだった。

 死んでもいいと、崖の先に立った時、背中から抱きしめてくれたのはフィンだった。

 暗闇で何も見えない時に、そっと灯籠に火を灯してくれたのは、タクトだった。

 冷たい湖の中、凍える私を温めてくれたのは、シャーナだった。

 腕を失って、全て失う覚悟を持った私を抱き上げたのはアスランだった。


 そして、この暗闇を、ずっとずっと照らしてくれたのがアリス様だった。


「止まったこともあるけど、背中を必ず皆んなが押してくれたから……」


 皆んなの為に。

 そんな志はどこにも無かったけど、皆んなが笑ってくれるなら。

 身体がどれだけ無くなろうと、心が折れようと、進もうと思えた。


「綺麗事、ね」


 思わず、自分の言葉に自分で笑ってしまう。


「結局は、私は臆病なの。根暗で、怖がりで、クヨクヨしてて。進む進まないすら、自分で決められなかった」


 結局、私は私がどうしたいのかなんて、なかった。

 アリス様の為と塒を巻いていたが、そらすらゲームで決められた事をなぞっていただけだ。


「私ね、皆んなに嫌われたく無かっただけなのかも。好きな人たちに、私を好きでいてくれる人たちに嫌われたくなくて、必死に藻がいて進んで、死んだだけね」


 結局は、そうなのだ。


「自分で進む足も頭もない、でくの棒だった」

「けど、お姉様はっ!」

「だから言ったでしょ? 世界なんて救った覚えはないって。私が守ろうとしたのは、私が愛した箱庭だけよ」


 ま、半分も守れなかったけど。

 それを含めて、私は何もしていないのだ。


「それが、どうしたの?」

「……私は、何で進めないんだろうと思って。何で、こんなにも苦しさで止まってしまうんだろうと、思って……」

「何も、出来ないからじゃない?」


 当たり前の事だ。


「矢張り、今の私は足手まといですよね……」

「違うわよ。何も出来ないってのは、困ってる私達を救えないからって事」


 私はセーラの手を掴む。


「助けて、あげたいと苦しんでるんじゃない?」


 私の顔を見て、セーラが泣き出しそうに頷いた。


「……はい」

「でも、出来なくて、苦しい」


 私は力一杯セーラを抱きしめる。


「有難う、セーラ。貴女がこんなにも私達の事を思ってくれて。私は、嬉しいわ」

「お姉様……」

「でも、それはね。私も同じ」


 私はぎゅっと、手に力を入れる。

 不甲斐ない自分を、責める様な仕草をする。


「私も、苦しい。貴女を、助けられない事が」

「お姉様……」

「私達一緒ね、セーラ」


 鼻が詰まる声。震える様な演出に腹筋を震わせる。

 セーラは今、弱っている。

 私の思い違いでなければ、セーラは、恐らく、ローラではない。

 あの、悪役令嬢ではない。

 しかし、それはセーラ自身も知らない。セーラ自身も、自覚がない。

 問いただした所で、得られる情報は何も無いのは間違い無いだろう。


「だからね、セーラ。そんなに思い詰めないで」


 恐らく、セーラは……。


「一人で何でもしようと思わないで? 私も、フィンも、皆んなも。セーラと力を合わせて助かる方法を探そう」


 アリス様だ。

 バグは恐らく、私があの時代に飛ばされた時から起きている。

 既に、あの時代の、あの時から。

 我々は、騙されていたのだ。


「大丈夫、私が……」


 私は笑う。


「皆んなを絶対に助けるから」


 全てを終わらせるから。

 だから、少しだけ。

 貴女も私に騙されていてくれる?



次回更新は28日(月)の22時ごろ更新予定となります。

お楽しみに!

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